親衛隊の隊長フリードヒ・シーゲル
庭園へとさしかかった。
ここは、子どもの頃いつも遊び場にしていた。
咲いたばかりの花々をちぎったり、出たばかりの芽を踏んづけたり、目につくあらゆるものを抜いたり刈ったりした。
懐かしいわね。
立ち止まり、たくさんの篝火の中に浮かびあがっている東屋とその奥に広がる森を眺めた。
森の中で探検をして行方不明になったり、コルネリウスをかばって大ケガをしたりしたっけ。
しばらくの間、昔を懐かしんだ。
そろそろ行きましょう。ほんとうは、森の中を探検したいけれど。さすがにいまはマズいわね。
踵を返すと東屋に戻ってトランクを持ち、今度こそ宮殿へと急いだ。
宮殿を通り抜け、そのまま客殿へ行くことにした。
皇太子妃候補たちは、客殿に部屋を与えられているに違いない。
奥の宮殿は、皇族に認められた者しか入ることを許されない。つまり、皇族の一員でないと入ることが出来ない。
もっとも、皇太子コルネリウスとは乳兄妹であるわたしは、暗黙の了解で出入りしていたけれど。
奥の宮殿に行ったときには、コルネリウスの自室だけでなく図書室や書斎や食堂や居間など、ありとあらゆる部屋に落書きをしたわよね。
それをコルネリウスのせいにした気がするのは、きっと記憶違いね。
そんなことを思い出しながら宮殿へと続く石段を上がって宮殿に入った途端、衛兵たちに通せんぼをされてしまった。
まったくもう。鬱陶しいったらないわね。
「これはこれは、『孤高の悪女』じゃないか。ははん。シュナイト侯爵夫人がプンスカ怒っていたのは、きみのせいだな?」
「わかっているなら、いちいち尋ねるまでもないでしょう?」
わざとわたしの前に立って威圧してきたのは、コルネリウスといっしょに育てられたフリードリヒ・シーゲル。バッハシュタイン公爵家同様四大公爵家の次男である。彼は、親衛隊の隊長を務めている。
彼は、ストレートに言えばデリカシーもマナーも常識もなんにもない、脳筋バカというわけ。うんざりすぎるほど体が大きくて、態度はさらにデカい。
それなのに、わたしが「孤高の悪女」と呼ばれて嫌われているのとは違い、彼は「大きな聖人」と呼ばれてみんなから好かれている。
彼はコルネリウスと同年齢で、乳飲み子のときに成り行きで皇弟夫妻の養子になったけれど、皇弟夫妻が事故死してから生家に戻った。
だから、子どもの頃は皇宮ですごしていたので、コルネリウスと一緒に育ったようなもの。
ちなみに、わたしとフリードリヒは、控えめに表現してもまーったく合わない。
合わなさすぎて笑ってしまうほど、あらゆる意味で合わない。