【最終話】死なずに皇太子妃になるわけ?
「アイ、言ってなかったかしら? 皇太子妃候補の修行が始まってからフリッツに告白されたの。もちろん、答えは『イエス』よ。修業に関しては、わたしなんてどうせ数合わせだし、殿下にも祝福してもらったからそのまま残っていたの。カサンドラに虐められるのも刺激的で面白かったし。だけど、殿下同様フリッツも告白が遅いわよね? わたしたち、両想いになって十年以上よ。やっとという感じだわ。でも、殿下も無事すませたことですし、ダブル結婚ってことで終わりよければそれでいいわよね?」
「なんですって? アポロ。あなた、コルネイのことを好きじゃなかったの? コルネイはあなたを好きなのよ」
「ちょっと待て。おれがアポロを? それだけはないない」
「ええええっ? どうしてわたしが殿下を? 全然好みじゃないわ。皇太子殿下で未来の皇帝というだけで、他にこれといってなにもないし。その点、フリッツは文武両道。強いし頭はきれるし、ちょっとデリカシーに欠けるところはあるけれど、やさしくて思いやりがあるし。断然フリッツでしょう?」
なんてことなの……。
やはり、わたしの大いなる勘違いなわけ?
「婚約者にというのなら殿下でも充分だけど、夫にするには物足りなさすぎる。公私ともに、いろいろ大変すぎるし」
アポロニアは、まだ毒舌を吐き続けている。
彼女、こういう空気を読めなかったりするのよね。というか、空気以前に本人の前でそこまで言う?
「アポロ、そんなことはないわ。コルネイだって、通り一遍のことはちゃんと出来るし、男らしいところもある。フリッツに負けてはいない。コルネイは、フリッツ以上に出来る男よ。わたしが一番よく知っている」
思わずコルネリウスを擁護してしまった。そんなつもりはなかったのに。
その瞬間、アポロニアがニヤッと笑った。そうと認識した瞬間、「もうっ! 『孤高の悪女』は素直じゃないし、面倒くさいわね」と言うなり、両手でわたしの肩を押した。
彼女らしくない力の強さに負け、二、三歩よろめいてしまった。
「おっと」
なんとか転ばずにすんだのは、コルネリウスが抱きとめてくれたからだった。
「うれしいよ。きみがそんなふうに評価していてくれていたなんて。『イエス』ってことでいいよな? 後悔はさせない。それと、胸やけになるほどふかし芋のバター添えを食わせてやるから」
そのささやき声とともに、彼の唇が迫って来た。まだ体勢を整え直していないその不意打ちに、なんの抵抗も反応も出来なかった。
不覚にも唇を彼のそれにふさがれてしまった。
わたしの初めての口づけ……。
さらに不覚にも、いつ終わるとも知れないその口づけにうっとりしてしまった。
うっとりしながら、アポロニアにひっかけられたと悟った。
彼女は、わざとコルネリウスを悪く言い、わたしに擁護させたのだということを。
アポロニアは、わたしよりよほど「悪女」だわ。
敗北を認めざるを得ない。
やっとコルネリウスの唇が離れた。だけど、彼はまだわたしを抱きしめている。
「おめでとう、アイ。自慢の娘の結婚は複雑だがね」
「あなた、婚儀で『やはり嫁にはやらん』と反対しだしたり、手が付けられないくらい号泣なさらないでくださいね。ですが、ほんとうにうれしいですわ。わたしの自慢の娘でもあるのですから」
「父上、母上。可愛い妹をよその男にやるのは複雑ですが、彼女のしあわせを考えたら涙を呑むしかないのですね」
お父様と継母と異父兄は、やっとわたしを屋敷から追いだせるからよろこんでいる。
「フリッツ、ダブル婚儀が楽しみよね」
「うーん。おれは、両陛下に剣技を披露する程度でいいんだがな」
「ちょっと、そんなことで終わらせないでよ」
アポロニアとフリードリヒがケンカをし始めた。
アポロニアにいたっては、ヒロイン像が崩れまくってしまった。
「さて、両陛下に挨拶に行こう。じつは、まだ寝ずに待ってくれているんだ」
「『イエス』とは言っていないわ。早合点しないでよね」
「なんだって? きみは、どこまで頑固なんだ。嫌がらせのつもりか?」
「ええ、そうよ。だって『孤高の悪女』なんですもの。他人が嫌がることをすることが、わたしのライフワークなんだから」
と言いながらも、彼に抱かれたままになっている自分がいる。
「孤高の悪女」は、皇太子妃になっても続けられるわよね?
生きてさえいたら……。
(了)