「余命三か月」
夜遅くにもかかわらず、お父様と継母と異父兄、それから主治医のヘンリック・シュターベルクは皇宮に呼び出され、本殿の客間にいる。
お父様たちは、一応は公爵家一家ということもあり、緊急の呼び出しにもかかわらずきちんと身なりを整えている。主治医は、そうはいかない。呼び出されてクローゼットの奥から慌てて引っ張り出して着用したような、ヨレヨレしわしわの正装姿で立っている。
四人が呼び出されたのは、わたしの余命について。
コルネリウスのまさかの告白に驚きすぎて、というよりかびびってしまい、「お断りします。余命三か月、残りの日々は静かにのんびりすごすのです」と全力で拒否してしまったのである。
大騒ぎになった。とくにコルネリウスは、「そんな大事なことを黙っているなんてひどすぎる」と大激怒した。そして、質問された。どんな病なのか。病の名前は。いまはどうなのか。その病は、みんな死んでしまうのか。などなど。
ほとんど答えられなかった。それどころか、自分の病の名すら知らないことに、そのときになって初めて気がついた。
コルネリウスは、わたしより短気なところがある。すぐに参上するようお父様と主治医のもとへ使いをやった。
そうして、お父様たちがやって来た。
コルネリウスは問う。
「アイの余命三か月とは、ほんとうに間違いはないのか。だとすれば、どういう病なのか。ほんとうに治療方法はないのか」
そのように。
「余命三か月、だれが?」
お父様たちは、わけがわからないという感じでおたがいの顔を見合わせた。
「わたし、きいたのよ。わたしの診察の後、書斎で話をしていたでしょう?」
思い出させてあげた。
「もしかして、花の話では?」
主治医がおずおずと答えた。
彼とお父様は、宰相でありカサンドラのお父様のファビアン・ヴァレンシュタイン公爵が財産の半分以上を投じて入手した「奇蹟の花」の病のことを話していたらしい。その名にふさわしい花らしいけれど、かかってしまった病もまた「奇蹟」的な死病だとか。
助かる方法はなく、ただ死を待つのみ。死を目前にした「奇蹟の花」は、最後の力を振り絞って大輪の花を咲かせるらしい。
その辺りは、わたしが立ちぎきした内容に相違ない。
「だったら? わたしの胸のムカつきはいったいなに?」
「ただの胸やけです。ふかしたイモのバター添えの食いすぎです」
主治医は、視線を合わせてから自信をもって答えた。
「ニ十個以上の大きなふかしイモを大量のバターとともに食ったら、胸がムカつくのは当然です。お嬢様なら放っておいても胸やけは治りますが、念のため薬を処方しておいただけです。あれ以降、なんともないですよね?」
そう言われてみれば、あれ以降なんともない。
胸が痛むことはあるけれど、それはちょっと違う気がする。
こんなところまで「孤高の悪女」っぷりを発揮してしまったけれど、自分でも驚きだわ。
だけど、ひとこと言わせて。
たかだか花の話をそんなに大げさにしないでよ、と。
しかし、ヴァレンシュタイン公爵にとっては、家名をかけてのことらしい。金銭的なことに加え、その花を政治的に利用しようとしていたとか。
「奇蹟の花」は、ヴァレンシュタイン公爵家にさらなる栄華をもたらせたかもしれないらしい。
そしてこの後、わたしたちは「奇蹟の花」が三か月を持たずして死んだことをきかされた。
カサンドラの宝石盗難事件でっちあげの騒ぎのとき、まさに瀕死状態だったという。
ヴァレンシュタイン公爵家の執事が「お嬢様のことなんてどうでもいい」と言いにきたのは、まさしく「奇蹟の花」の一大事だったというわけ。
そのことを翌日のランチタイムにきかされ、さらに驚いたのはいうまでもない。