盗まれた「オッドアイの泪」
やはり騒動は起こった。
皇太子妃候補の為の修行が終ったその夜に。
客殿付きの侍女のリーゼが知らせに来てくれたとき、乗馬服のまま寝台の上に寝転んで待っていた。
そろそろ起こるのではないかと、待ち構えていたのである。
彼女に案内されたのは、客殿の玄関ホールだった。
皇太子妃候補たちだけでなく、客殿付きの侍女や執事たちもいる。もちろん、シュナイト侯爵夫人も。
リーゼによると、アポロニアが侍女を使ってカサンドラの部屋からヴァレンシュタイン公爵家に伝わる宝石「オッドアイの泪」を盗み出させたという。
カサンドラは、そのことでアポロニアを責め立てているらしい。
このくだらない茶番を茶番だと思っていないのは、ここに集まった中ではカサンドラ一人に違いない。
彼女の取り巻きたちでさえ、めちゃくちゃひいている。
「どういうことなの? どうしてくれるの?」
「ごめんなさい。そんな宝石の存在を知らなくて。ほんとうにごめんなさい」
わたしのヒロインであるアポロニアは、カサンドラに責められてすっかり委縮している。しかも、相変わらずズレた解釈をした上で謝罪をしている。
「そんなわけはないわ。知っているからこそ、客殿付きの侍女と結託して盗んだのよ。侍女にいくら渡したの? いくらで買収したの?」
そして、カサンドラもまたズレすぎている。
いまやこの場にいる人たちは、このくだらなさすぎる断罪劇をシラーッと見ている。シュナイト侯爵夫人ですら、冷めた目で見つめている。
なんというか、それらしい小細工を弄せなかったのかしら?
まあ、残念なカサンドラも一生懸命に知恵を働かせたのでしょう。
「何事だ」
そのとき、コルネリウスがフリードリヒを従えて玄関ホールに入って来た。
ははん。カサンドラが直接訴える為に呼びに行かせたのね。
案の定、カサンドラはコルネリウスに涙ながらに訴えた。
そして、こんな盗人が皇太子妃候補であっていいわけがない。即刻ここから追いだして欲しい。
そのように。
彼女もまた、コルネリウスの想い人がだれなのか、勘付いていたのね。だからこそ、アポロニアを虐めていたというわけね。
「すでに皇太子妃候補ではない。それに、この場に大切な家宝を持ってくること自体非常識だ」
「そ、それは、殿下……。殿下の隣で映えるように……」
「バカバカしい」
コルネリウス。いくらなんでもひどくない?
あまりの彼のすっきりはっきりくっきりの態度に、集まっている人たちのニヤニヤ笑いがとまらない。
「殿下がなにもしてくださらないというのでしたら、お父様に頼みます。ヴァレンシュタイン公爵家は、このことを正式に訴えます。そして、シュレンドルフ伯爵家と客殿付きの侍女を処分していただきます」
彼女は、アポロニアと彼女に寄り添っている侍女を指さした。
さて、そろそろ「孤高の悪女」の出番かしら?
乗馬ズボンのポケットに手を突っ込むと、それを握りしめた。
「カサンドラ。あなたが盗まれたという宝石ってこれでしょう?」
全員の注目を浴びるのっていつでも気恥ずかしいわよね。
全員の目が見守る中、ポケットから手を出すとそれを閃かせた。
握っていたものがすごい勢いで飛んでいき、カサンドラの自慢の顔にあたった。
「痛いっ」
「それはそうよ」
痛がった彼女を、冷静に肯定してあげた。
大理石の床上に、彼女の自慢の顔にあたったものが転がっている。安物の宝石箱である。落下した衝撃でふたが開き、中身が飛び出している。
玄関ホール上のシャンデリアの灯りを受け、二つのガラス玉が安っぽい光を発している。
「『オッドアイの泪』って、たしか金貨には換算出来ない貴重な宝石よね」
本物は、その名のごとく二色のアメジストときいている。
こんなガラス玉などではなく。
「ど、どうして? どうしてアイが持っているのよ」
カサンドラは金切り声を上げた。
「決まっているわ。『孤高の悪女』だからよ」
それがさも正論だというように応じた。
彼女は、「部屋に埃がたまっているので至急掃除をして欲しい」、とアポロニア専属の侍女を呼びつけ命じた。そして、侍女が掃除をしている間に、侍女の掃除用具の中に宝石箱を忍ばせたのである。
じつは、カサンドラがなにかしでかすことを見越していた。だから、侍女や執事たちに言いつけたのである。
カサンドラに関わることはすべて教えて、と。
彼女の部屋に掃除に行った侍女は、その足でわたしのところに来た。そして、彼女の掃除用具の中の宝石箱を見つけたのだ。
それにしても、もうちょっとマシな方法はなかったの?
ガラス玉を目の当たりにした全員が、彼女にそう尋ねたくなっているに違いない。
そのとき、玄関ホールにまただれか入って来た。