「孤高の悪女」はやります
「せっかく時間と費用をかけて授業をしてくださっているのです。まともな内容にしていただけます? すくなくとも、正しい情報を述べるべきです」
「な、なんだと? まともだとか正しい情報だとか、どういう意味……」
「わたしがだれだかご存知ですか? わたしってイヤーな女なのです。だから、授業を邪魔して先生を侮辱することになんの抵抗もありません。ですが、あなたはそれ以前の問題のようです。わたしたちがこの帝国の歴史を知らないと思っていらっしゃるのか、それともあなた自身に知識がないのかはわかりませんが、あなたが機嫌よく囀っている内容のほとんどが間違っています。せめて人物の名前と何年に起こったのか、という基本的なことだけでも覚えておきましょうよ。今日、これまでの先生の間違いはこれだけありました」
彼の間違っていたところを指摘し、そのつど正した。
「嘘だ」
「嘘ですって?」
逆にキレられてしまった。
「いいえ、先生。すべてアイ様の言う通りです」
エリーザが歴史の教科書を見ながら冷静に告げた。
「不愉快だっ」
彼は、おおいに怒った。
「もう二度と教えてやるものか」
そして、子どもみたいに地団駄踏んでから広間を出て行ってしまった。
ほんっとわたしってばイヤな女よね。
危ない思想の持ち主の彼の背を見ながら、ほくそ笑んでしまった。
こんな調子でカサンドラに味方し、アポロニアを虐めたりひどいことをしたりする先生たちをことごとく侮辱した挙句に追いだしてしまった。
生徒たちの前で論破したり、ぜったいに答えられないような質問攻めにしたり、とにかく大恥をかかしたのである。
もっとも、全員が全員ではない。一人か二人はまともな人がいて、本来の意味での指導を行っている。
そういう先生の授業にはおとなしくしている。
というわけで、教えてくれる先生がどんどん減っていく。しまいには、授業するのが、困難になった。
皇太子妃候補の為の修行を続けることが難しくなってきたみたい。
「バッハシュタイン公爵令嬢のせいです。彼女は、ことごとく理不尽な言いがかりをして先生たちに恥をかかせ、追いだしてしまったのです」
コルネリウスが様子を見に来たとき、シュナイト侯爵夫人は声高に訴えた。
「このままでは、伝統ある皇太子妃育成の機会が失われてしまいます」
侯爵夫人は、メガネの下の目をハンカチで拭いつつ切実に訴え続けている。
「他の候補から、先生方の指導が悪かったときいていますが?」
コルネリウスは、すまし顔で言った。
彼がだれからそれをきいたのか?
愛するアポロニアからきいたに違いない。
「常識的なことさえ知っていれば問題はないはずです。皇太子妃に歴史や経済や政治の助言を受けるほど、おれは無能ではありませんので」
「し、しかし、殿下」
「シュナイト侯爵夫人、皇帝もおれと同意見です。しきたりや伝統を守ることは大切かもしれません。しかし、いま生きている者が主役です。そういった古き良き時代に縛られるのではなく、もっと柔軟にいきましょう」
コルネリウスは、シュナイト侯爵夫人になにも言わせなかった。
「最初から、おれがはっきりすればよかったのです。そうすれば、これだけのレディや関係者たちをふりまわさずにすんだのに……」
彼は、広間内にいるすべての人たちを順番に見ていった。
アポロニアのときだけ、彼の目が長くとどまったのを見逃さない。