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「本の虫」

「こんにちは」


 エリーザたちに挨拶をすると、彼女たちはやっとわたしの存在に気がついた。


「まあっ、アイ様」


 エリーザが言った。彼女の瓶底のメガネの奥で、目が丸くなっている。


「これは、バッハシュタイン公爵令嬢」

「こんにちは、シェーナー伯爵夫妻。お元気そうですね」

「お蔭様で」


 夫妻が警戒しているのを肌で感じる。


 彼らは、わたしになにをされるのかと考えて戦々恐々としているに違いない。


「話がきこえてしまったの。エリーザ。あなた、せっかくのチャンスを逃すつもり?」

「『本の虫』のわたしが皇太子妃に選ばれるわけがありません。ですから……」

「バカね、あなた。ここに来た真の目的を忘れたの? あなた、一番大事なことを忘れているわ。バカで世間知らずで、なにより本の良さを知らない愚か者のせいで大事なことを蔑ろにしてはいけないわ。そこは割り切って真の目的を追求すべきだと思うのだけれど」


 正直なところ、彼女の真の目的など知らない。あくまでも推測をしているにすぎない。


 その瞬間、彼女がハッとした。


「お父様、お母様。ご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありません。やはり、最後までいることにします」

「そうだな。わたしも公爵令嬢の言う通りだと思う」

「そうよ、エリーザ。お役目上、あなたの目的はかけがえのないもの。お父様の跡を継ぐ勉強にもなるわ。思う存分堪能していらっしゃい」


 突如、親子の熱いやり取りが始まった。


 皇宮の図書室や書庫には貴重な本や資料がたくさんある。シェーナー伯爵が管理をしているけれど、そういう貴重な本や資料は皇宮の外に持ち出し不可なのである。


 エリーザが皇太子妃候補に名を連ねているのは、本来の目的の為ではなくそれらの本や資料を読む為なのである。


 そう推測して言ってみたけれど、見事にあたっていた。


「公爵令嬢、娘のことを頼みます」

「公爵令嬢、娘を守ってやってください」


 そして、脇にどいて見守っているわたしに頼んできた。


「荷物をまた運び込んでくれ」

「はやくはやく」


 わたしが口を開くよりもはやく、シェーナー伯爵は自分のところの馭者に命じた。


 慌ただしく馬車へ行ってしまった。


「さあ、アイ様。広間に案内いたします」


 エリーザがわたしの腕をむんずとつかみ、ぐいぐい引っ張って歩き始めた。


 な、なにか思っていたのと違う気がする。


 ひっぱられるままになるしかなかった。




「あらー、ずぶ濡れね。そんなところに突っ立っているから、フローラも通りにくかったのよね? そうでしょう、フローラ?」


 レディたちの笑い声がきこえてくる。


 じつにけたたましい。


 エリーザに腕をひっぱられながら、眉間に皺がよってしまった。


「泣かないでよ。フローラもわざとやったわけじゃないのよ。泣いたりなんかして。そんなにメンタルが弱くて皇太子妃になれると思う?」


 甲高くて甘ったるい声。


 だれの声かすぐにわかる。


「またですよ」


 エリーゼは、こちらを振り向くことなく言った。


「どうせカサンドラがアポロを虐めているんでしょう?」

「ええ。わたしもですが、アポロニアはもっとひどいのです。きっと、彼女自身の美しさのせいですね。わたしなんてこんなですから。その点では、ある意味助かっています」

「そうかもね」

「……」


 エリーゼに同意した。すると、彼女は口を閉ざしてしまった。


 広間の扉は開いたままになっている。


 長テーブル上に花瓶がいくつも置いてあり、皇太子妃候補たちがそれぞれ花を飾っている。


 花瓶に花を飾るなんてこと、皇太子妃や皇妃はしない。百歩譲って貴族の奥様ならするかもしれないけれど、皇太子妃や皇妃はするわけがない。というよりか、させてもらえない。


 それなのに、わざわざ花瓶に花を飾る練習をする必要がある?


 どうせ教養を身につける為なのでしょうけれど、わたしに言わせればムダでしかない。



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