さっそく暴れに、ではなく授業に行きましょう
迷ったけれど、乗馬服で授業に出ることにした。
当然、授業の中に乗馬もある。
乗馬は、貴族の社交に欠かせない。とはいえ、それはひと昔前のこと。現在は、ほとんど馬に乗ることはない。
それでも、頭が固くて融通の利かない人たちは乗馬は必須だと譲らない。
今日、乗馬の授業があるかどうかはわからない。
シュナイト夫人がなにも知らせてこないから。
つまり、知らせるつもりがないのである。
だから、こちらも万全の準備をしておくしかない。
だから、乗馬服を着用しておこうというわけ。
そして、わざと遅れて行くことにした。
開始時間も知らせてくれていない。だれかに知らせにこさせることもない。
だから、適当に行くしかない。
というわけで、もう間もなくランチタイムというタイミングで参加することにした。
常識では考えられない時間帯に、である。
授業が行われているであろう主殿の広間に向っていると、客殿の玄関ホールの下に二頭立ての馬車が停まっていることに気がついた。
馭者がトランクを積み込んでいる。
ちょうど階段上に正装姿の男女と若いレディが立っている。
すぐ近くで立ち止まって眺めていると、若いレディは泣いていてハンカチで鼻をかんだり涙を拭ったりしている。
その彼女は、赤毛のおさげ髪で瓶底のようなメガネをかけている。だから、彼女がだれだかすぐにわかった。
エリーザ・シェーナー。シューナー伯爵家のご令嬢である。
シェーナー伯爵家は、代々本や資料の管理を任されている家系である。皇宮内の図書や資料室や書斎の本などだけではなく、帝都内外の多くの公共の図書館や資料館などの監修も手掛けている。
エリーザもその血を濃く受け継いでいるのか、物心ついたときから本に囲まれて生活している。
その為、視力が最悪らしい。
瓶底のようなメガネは、いまや彼女のアイデンティティと言っても過言ではない。
「エリーザ、もう気にするな」
「そうよ、エリーザ。あなたには本があるでしょう?」
シェーナー伯爵夫妻は、彼女を間にはさんで慰めている。しかし、彼女は泣き止みそうにない。
「許せないのです」
彼女のくぐもった声がきこえてきた。
「わたしのことを皇太子妃にふさわしくないだとか、あるいは力量不足だと誹謗中傷されるのならまだ納得出来ます。しかし、あの名著『果てしなき大陸の果て』や『永遠の教え』をバカにしたのですよ。焚書にすればいいだなんて、焚書の意味も知らない人にそんなひどいことを言われる筋合いはありません」
なるほど。
どうやら彼女は、自分のことではなく本のことで怒ったり悲しんだりしているみたい。さすがは「本の虫」、と呼ばれているだけあるわね。
俯いて笑ってしまった。
だけど、彼女にしてみれば真剣よね。
たしかに、焚書というのは政治権力によって思想や言論を統制する策の一つ。彼女があげたタイトルの書物は、ただの小説。若いレディたちを統制するつもりならいざ知らず、思想や言論に関わるものではない。
彼女にそんなバカなことを言ったのがだれなのか、想像に難くない。