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「余命三か月」

「なんですと? 三か月しか生きられない?」

「ええ、間違いありません。お気の毒なことではありますが」


 お父様の執務室の前で扉に右耳をくっつけ、盗み聞きしている。


 そうなんだ。三か月しか生きられないのね。


 それを冷静に受け止めている自分に自分でも驚いてしまった。


「し、しかし、まったくそのようには見えませんが……」

「公爵閣下、それがこの病の特徴でしてね。ちょっと調子が悪いのかなと思っていると、すぐにまたいつものように見えます。そのときにはもう手遅れというわけです。その時点で余命三か月。しかも、発病してから三か月後に死ぬまで、なんと一花咲かせるのです。しかも大輪の花を。これでもかというほどに。最期の力を振り絞るのでしょう」


 主治医のヘンリック・シュターベルクは、今日も絶好調ね。


 彼は、わたしを診察するときには愛想がないのになにかしら語らせると舌がまわりっぱなしになる。


「人々は、その大輪の花にだまされるわけです。まさか死病にかかっているとは予想も推測も出来ませんからな。そうして、しばらく花を咲かせ続けていると、ほんとうに唐突に死ぬのです。花が散ってしまうわけです。あまりにも潔すぎる死に方でしょう?」

「それはそれは……。そんな病があるなどとは……」

「では、やはり治す手立てはないのですか? 薬草や呪いや、現実的だろうと非現実的だろうとどんな手段でも構いません。父上、そうですよね?」


 まぁ……。


 義兄のエリーアスったら、主治医の前だからってこれみよがしに「母親の違う異母妹を心から案じる異母兄」をそこまで熱く演じる必要などないのに。


 異母兄のいまの問いは、あきらかに「他人様の前だから一応案じている」を装っていた。それほどわざとらしかった。


「無理です。死を待つしかありません」


 そして、主治医の返答がすっきりきっぱりくっきりすぎて面白かった。


 ここまできいたらもう充分よね。


 まとめると、わたしことアイ・バッハシュタインは、「不治の病にかかっていて余命三か月」というわけ。


 それにしても、胸のあたりがちょっとムカムカしただけで死んでしまうだなんて、人間の寿命ってわからないわよね。


 それとも、「孤高の悪女」だから? 家族も含めた多くの人々を困らせ、傷つけ、不快にさせまくって悪のかぎりを尽くしているから?


 たぶんその全部ね。


 死ぬことが怖くないと言えば、それは嘘になる。だけど、死ぬ運命にあるものを無理矢理変えるような力は、いくら「孤高の悪女」のわたしでもあるわけがない。


 ということは、余命三か月。思い残すことなくすごそう。


 これまで以上に自由気まま、スリリングでミステリアスでワイルドなときをすごすのよ。


 そうだわ。三か月。ちょうどいい目標が出来たじゃない。


 われながらいい考えだわ。


「アイ? そんなところでなにをしているの?」


 せっかくいい気分でいるのに、水をさされてしまった。


 振り向くと、継母のイルザが胸に盆を抱えて立っている。


 彼女は、お父様がお母様がまだ生きていたときから公然と付き合っていた愛人である。お父様とお母様は政略結婚で、愛も信頼もなにもなかったらしい。だから、お父様は最初にお母様に宣言したらという。


「おれには愛するレディがいる。そのレディは、いま身籠っている。そのレディと別れるつもりはない。もしも産まれてくる子が男児であったら、体の弱いきみに子どもが出来なければその男児を跡取りにする」


 そんなふうに。


 お父様を非難するつもりはないけれど、わたしがお母様だったら「なめないで」と平手打ちでも食らわせてさっさと離縁したはず。そして、出来るだけ慰謝料をふんだくってどこか静かなところで暮らしたはずよ。


 わたしの夢はともかく、とにかく愛人のイルザが産んだのは男児だった。お母様も子をなすことは出来たけれど、あいにくこのわたし、つまり女児だった。


 しかもお母様は、病が治らないまま亡くなってしまった。


 そうして、イルザとその息子のエリーアスが堂々とこのバッハシュタイン公爵家に乗り込んでき、後妻と跡継ぎの座におさまった。


 だからこそ、イルザはこのわたしを忌み嫌っている。


 当然、その息子のエリーアスもまたわたしを憎悪している。


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