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ドライブ×ドライバ -蒸気妖精物語-  作者: 長月東葭
第一章 -荒野と鉄と歯車と-
3/55

1-3 : モグラとヘビ




 ◆




 サイハとヨシューが〈霊石〉の採掘も忘れて、わいわいと弁当の中身を取り合っているときだった。



「――で? 進捗はどこまでいってる?」



蟻塚ありづか〉の分厚い扉が蒸気機関のうなりを上げてせり上がり、その奥から声が漏れ聞こえた。



(「わひゃっ!? サ、サイハさん! 誰か来ちゃいましたよ!」)



(「やっべ……! 見つかったら出禁喰らっちまう! ヨシュー、こっち来い、こっち!!」)



 幸いにも扉の死角にいたサイハとヨシューは、咄嗟とっさにビルの壁にぴたりと背をつけ息を潜めた。


 聞こえてくるのは男性の声。それも二名分。


 先ほど進捗云々(うんぬん)と発していた一人目の声は、どすの利いた低い声だった。

 それに続いて、りんと鋭い二人目の男の声が応じる。



「は。全体の八割まで掘り出したと報告を受けております、社長」



 その会話の内容から、サイハはどす声のほうが〈PDマテリアル〉の社長、鋭い声のほうがその秘書か何かだろうと当たりをつける。



「〝社長〟じゃあない。俺のことは〝最高経営責任者(CEO)〟と呼べ。前から何度もそう言っているわけだが?」



 聞くだけで秘書をにらみつけたとわかる、〈PDマテリアル〉経営者を名乗る男の声音は刺々(とげとげ)しい。



「ご無礼を。以後気をつけます、CEO」



 まるで研ぎ上がったナイフを首元に突きつけられるような緊張にさらされながら、しかし秘書の男はただ淡々と応じる。こちらもCEOに負けず劣らず、随分と肝が据わっているらしかった。



「んん。まそんなこたぁどうでもいいんだ……報告の続きを聞かせろ」



 ガシュッとガスライターの音がして、CEOが葉巻をいぶす香りが漂う。


 からみを感じる獣臭。CEOの刃物のような物言いと相まって、それは何とも近寄りがたい香りだった。


 何度か煙草(たばこ)を吸ったことのあるサイハですら眉根を寄せるその強烈な煙と臭いである。ヨシューがたまらずくしゃみしそうになるのを押さえつけながら、サイハは盗み聞きを続ける。



「申し上げましたとおり、全容はほぼ地中から露出しています。ただ、いまだ埋まっている残り二割の部分が岩盤に食い込んでいるようで。作業に手間取っているとのことです」



「聞いていないぞ、まさかあんなデカブツだとは」



「同感です」



「同意ではなく提案がほしいわけだが? 掘削機を何台潰しても構わん、三日以内に作業を完了させろ」



「それでは、増員をかけますか。その分、〈霊石〉の月産計画を見直さねばならなくなりますが」



「構わんと言った。現場の稼働率を落としてでもやれ、最優先だ。手段は任すが、〝アレ〟を刺激させるなよ」



「心得ております、勿論もちろん。どのみち、トリガーが何なのか見当もついておりませんので」



 パッ、パッ……フゥー。

 紫煙をくゆらす間を挟み、CEOがどこか遠くを見るように言う。



「……あとたった二週間だ。これまで散々探し回っても出てこなかったというのに、こんな大事な時期に出土しやがって。それならいっそ永遠に地の底で眠っていればよかったものを」



 サイハとヨシューの前を流れてゆく煙が、意思を持った生物のようにゆらゆら揺れる。



「俺には、力がある……誰にもこの俺の邪魔はさせん。誰にもな……」



 狡猾こうかつで執念深い、それはまるで毒ヘビのようだった。


 ――プァァーン!

 レスローの街の方角、〈汽笛台〉が昼時の終わりを告げる。



「……さて、仕事だ仕事。〈PDマテリアル〉のトップも、ラクじゃあない」



「全くそれには同感です、CEO」



 吸いかけの葉巻が放り捨てられ、〈蟻塚ありづか〉の重い扉の閉ざされる振動が足元を伝う。


 CEOと秘書の男が姿を消し、鉱床に立っているのは再びサイハとヨシューだけとなった。



「おい、なぁ……聞いてたか、ヨシュー」

 ヨシューの口を手で塞いだまま、サイハが言う。

「何だ何だ? 〝アレ〟って何だよ?? いちいち気になる言い方だったなぁ……!」



「……ぷはっ! ちょ、サイハさん! もうすぐ鉱夫(みんな)戻ってきちゃいますよ?! ぼくは大丈夫ですけど、サイハさんは見つかっちゃったら――わ、何ですかその笑顔!? ま、まさか……」



 サイハの手から解放されて息を吸い吸い、不法侵入者たる兄貴分を見上げてヨシューは顔を青くした。



「にっひっひ……そのまさかだよぉ、ヨシューくぅん……こぉんな思わせぶりにされちゃ、一目(ひとめ)その〝デカブツ〟とやらを拝んで帰らにゃ、俺は気になって夜しかぐっすり眠れない」



「え……別にいいじゃないですか、それならぁ……」



「いいやよかぁない! オレは〝ロマン〟とつくものが何でも好きなんだ、好きで(たま)んないんだ! こんなにロマン香ったのは久々だ。なら、徹底的にやるまでよ!」

 鼻の穴を膨らませ、興奮気味にサイハはのたまう。フンスフンスと。

「は、は……はぶっしゃおらぁ!」



 そしていまだ滞留していた紫煙を鼻に吸い込み、サイハが大きなくしゃみをかまして飛び上がった。



「っにしてもあの偉そうな声してた野郎……ひっでぇ臭いの葉巻吸ってやがる……」




 ◆




「――ところで、だ」



蟻塚ありづか〉内部、エレベーター。

 上昇してゆく密室の中、CEOがぼそりと口を開いた。



「……俺の土地(シマ)に、モグラが入り込んでいたわけだが?」



「は。どうやらそのようです」



 二人居並ぶCEOと秘書の男は、互いに正面を向いたまま目も合わせず言葉を交わす。



「……〈クチナワ鉱業〉か?」



 め息を吐いたCEOの声音は、そこだけ生気を欠いていた。



「いえ、一人は後ろ姿だけでしたが、見ない顔です。もう一人は我が社の見習い鉱夫だったかと」



「あぁそぉ」



 スーツのポケットをごそごそとやり、CEOが新たな葉巻を取りだす。

 慣れた手つきで冷たい色のナイフを振り、先端をカットし、ガシュ……とガスライターの火であぶる。


 薄暗がりに浮かび上がったその顔は、何の感情もない無表情だった。



「ふぅー……。………………見ない顔のモグラのほう。〝アレ〟に近づくようなら潰せ。ガキのほうは……まぁ、巻き添えになるようなら自分(てめぇ)の運が悪いというだけの話だ。そういうのが得意な番犬がいたろう。というか昼休憩に合わせて番犬も休むなよ意味ないだろが……」



 どこかふざけるような物言いで、しかしその眼光だけは冷酷に、CEOが言い捨てる。



「かしこまりました。ではそのように、速やかに手配します」



 まるでゴミ処理でも請け負うように、秘書の男がうなずく。


 エレベーターの中で、ふぅーとヘビの形に似た紫煙が踊った。



「それにしても……やはり葉巻は、岩と砂だけの空の下で吸うに限る……」


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