魔法と祝祭
私は、以前に比べてさらに勉強に励むようになった。
それは、ユリアナが驚き、一緒にもっと頑張ろうと言ってくるほどであった。
私がこんなに勉強に励むのは、もちろん夢のためでもあるが、何よりラーツェに胸を張って会えるような人になりたいと思うからだ。
私という人物を両親以外で、本当の意味で認め、信頼し愛してくれる唯一のものにとって誇りでありたい。そう思う。
必死にこの世界の歴史から、常識的なことについて深く学んでいる間に、いつの間にか私は魔力測定を行う10歳になっていた。
その間にハンスは領主様が行う山の調査に付き添い、何度も村に訪れ一緒に遊び、勉強に励んだ。
そのおかげか、ついに村中から、領主様にまで仲の良い3兄弟と思われるようになった。
いつも私が長女で、次男と次女のユリアナとハンスを見守っているという認識になったのだ。
これでいいと私は思った。この立ち位置ならば、物語にも影響せず、2人の恋物語も順調に進んでいくだろう。
私の心の中にできた小さな恋心をなど、意に介さず。
この恋心を最初はただ物語に出てくる憧れの人に会えたという敬愛からくるものだと思っていた。
しかし違った。違うと分かってしまったのだ。
ユリアナとハンスが仲良く、そして距離が近い状態で話しているのを見た時、胸にチクッとした痛みが走ったのだ。
勘違いだと思いたかった。でも、ハンスがユリアナを助ける場面や、仲良くしてるのを見ると何度も胸に痛みが走った。
そこでやっと私はハンスのことが好きなのだと気付いた。
それから私はその恋心を何とか親愛へと昇華しようと奮闘した。
あれは家族だと、兄弟の楽しいじゃれ合いを見ているのだと最初は思おうとした。
だけど、恋心が邪魔をした。
だから、私は物語通りに話を進めなきゃいけないという罰を受けているのだと思いだした。
物語で彼らは結ばれるのだから、私に介入する隙は無い。
そう思い込むことでやっと、私は彼らの姉として一歩引いて接することができるようになった。
10歳になって初めての風の4の月、日本でいう春の4月になった。
今年10歳になる子供たちは全員、大司祭様の巡回による魔力測定が行われる。
測定によって一定以上の数値の魔力を持った子どもは皆、12歳から4年間王都にある国立魔法学園で魔法の扱い方を学ぶこととなる。
学費は無料で、誰でも通うことができるようになっている。
学食や寮については王都に住む場所がない人や、食費を出すのが大変な人のために学生の実家がある領主が負担することとなっている。
貴族の中では、学生をどれだけ輩出するか、どれだけ養えるかが競われている。
そのため、どの貴族たちも領地の経営に力を入れている。
このことから、悪徳経営をするような貴族はいなくなったとも言われている。
大司祭様が訪れる当日、待ちきれなかったのか朝早くからユリアナが家に訪ねてきた。
ちょうどその時家の手伝いをしていた私は、慌てて玄関に向かった。
「エリディカ!おはよう!」
私は、朝早くからユリアナが元気いっぱいなことに驚いた。
いつもは穏やかな挨拶なのに、いつもよりも大きな声であいさつをされたのだ。
「お、おはようユリアナ。今日は早いね。」
「当り前じゃない。今日は待ちに待った魔力測定の日なんだから!」
「そうだけど、朝からその調子だと、測定の時には疲れちゃうよ?いつも通りのユリアナでいいんだよ。」
「そっか。そうだよね!ありがとうエリディカ。」
そう言ってユリアナはいつもの調子に戻った。
元気な彼女も悪くないけど、穏やかで優しい彼女のほうが私はあっていると思った。
それに、魔力の測定に元気さは関係ないうえに、そこで左右されることもないと物語で読んで知っていたため、私は彼女を落ち着かせることができた。
知らなかったら私も、彼女のように待ちきれなくてそわそわしていただろうと思った。
家の手伝いを終え、家族全員で教会へ向かう。
教会の中で待っている間、期待に胸を膨らませ、魔力測定の対象となる子ども皆が学園へ行きたいと夢見ていた。
そして、村に大司祭様御一行がいらっしゃった。
村にある教会と同じ服装を着ている人の中に、一番綺麗な装飾が施されている服を着ている人がいたため、その方が大司祭様だと一目でわかった。
厳かな雰囲気をまとったその人は、想像していたよりも若く、でも威厳のある人でもあった。
大司祭様が中央の通路を通り、祭壇の前へ着き神様への祈りをささげる。
そのあとこちらを振り返り、ついに魔力測定が始まった。
強そうな騎士たちが両手で持てるほどの、きれいな装飾のついた木箱を持って大司祭様の前へその木箱を置いた。
大司祭様のそばにいた神官が、その木箱の鍵を開け、中から水晶玉を取り出した。
木箱の中から台座を取り出し、その上に水晶玉を置く。
ただの水晶玉にしか見えないが、それが魔力の測定ができる魔道具だというのだから不思議なものだ。
水晶玉が設置されるまで動きがすべてゆっくりだったため、少しぼーっとしていた。
ぼーっとしていたことに気付いたのか、お母さんが肩をたたいてきた。
「エリディカ、もうすぐ測定が始まるからボーっとしてないで、しっかりしなさい。」
「うん。ごめんなさい。教えてくれてありがとう、お母さん。」
「いいから、ほら前を向いて。」
私は前を向き、もう一度祭壇のほうへ集中した。
祭壇では、大司教様が巻物を広げていた。
そして、村の子どもの名前を呼んだ。
あの巻物には、子どもたちの名前が記されているのだろう。
どんどん名前が呼ばれ、子どもたちが水晶に手をかざしていく。
しかし、誰一人として水晶が光ることはなかった。
私は、誰が水晶を光らせることができるか知っていた。
物語でこのシーンが描かれていたからだ。
光るのはユリアナだけ。
そして、光の魔法を使えるという稀有な存在ということが分かるのだ。
その時がやってきた。
ユリアナの名前が呼ばれた。
ユリアナが祭壇の前へ行き、水晶の前へ立つ。
私は緊張に包まれていた。
物語の通りに今まで進んできたから、心配する必要はないと分かっているけれど、どうしても逸れてしまわないかという考えがよぎってしまう。
水晶にユリアナが手をかざした瞬間、水晶が白い光を放った。
学園に通えるほどの魔力を持ち、光の魔法を使えるという証だ。
それを見た瞬間周りから歓声が上がった。
村から今年初めて魔力が一定以上ある者が生まれたのだ、そのことに村のみんなが喜んだ。
私も光を見た瞬間歓声を上げたが、村のみんなとは意味が違った。
物語の通りに進んだことに喜んだのだ。
大司祭様がユリアナに、魔力が一定以上あり学園へ通えること、そして光の魔法が使えるということを説明した。
説明が終わると、ユリアナがこちらに向かって走ってきた。
「次はエリディカの番だね。大丈夫、絶対エリディカも魔力を持ってるよ!一緒に学園へ行こうね!」
そう言って、ユリアナは私の手をぎゅっと握った。
「うん。ありがとう、ユリアナ。少し緊張がほぐれた気がするよ。」
「どういたしまして。ふふっ、エリディカが緊張してるからびっくりしちゃった。それに、私は聖女様みたいな人になるんだから、エリディカの支えになりたかったの。緊張がほぐれたならよかった。」
私は、無意識にまだ緊張していたのだということに気が付いた。
もう物語のシーンは終わったが、わたしという予定外の存在がいるため、今回はどうしても物語から話がズレてしまう。
なぜなら、私も水晶を光らせることができると分かっているからだ。
なぜ、私が水晶を光らせるほどの魔力を持っているか知っている理由は、ラーツェに教えてもらったからだ。
ラーツェと鍛錬をしていたころ、突然後ろから猪が現れた。
私は猪に気づかなかったが、ラーツェは気づいていたようですぐさま魔法で倒してしまった。
私はその時、なぜ猪がいたことが分かったのかラーツェに尋ねた。
ラーツェは、魔力の反応が背後にあったから何者かがいるということに気づきすぐさま反応できたのだという。
「ラーツェは、魔力があるかどうかが分かるの!?」
「ああ、というかすべてのものには微力ながらも魔力が宿っている。生き物は植物やモノより多く宿っているからわかりやすいのだ。」
「じゃ、じゃあ、私に魔力があるかどうかわかる?」
「もちろん。そなたにも魔力がある。むしろ多いくらいだ。多すぎていつもならもっと早く猪程度気づけたはずが、そなたの魔力が邪魔をして気づくのが遅くなったくらいだ。」
「そんなに!?そんなに私は魔力を持ってるの!?」
「私から見た限りでは、大量の魔力と多くの属性を持っているな。」
「ちなみに、どんな属性を持ってるか教えてくれる?」
「いいぞ。そなたは、光以外の属性をすべて持っている。火、水、風、地、闇だな。」
「…なんですって?」
「ん?だから光以外すべてだ。闇を持っている人間は珍しいがな。」
「なんですって!?」
「いや、だから…。」
「違うの!何でそんなに持ってるのよ、私は主人公じゃないんだから、一つとかでよかったのに!!」
「そんなことを私に言われても困る。それほどの属性を持てるほど魂に適正と余裕があったということだな。」
「魂の適正と余裕?」
「魔法とは、魂の適正によって決まり、その魂の大きさによって使える魔法の種類や量が違うと我々の中では伝わっている。」
「そうなんだ。なんか複雑だけど、まあ嬉しいからいいかな、今のところは。」
その経緯もあり、私が魔力を持っていることは分かっているのだ。
しかし、あの水晶玉がどれくらいの魔力を測り、属性が分かるのか物語の中には書かれていなかった。
そのことが不安となり、私の体を緊張させていたのである。
しかし、ユリアナに励まされたことで、どうなったとしてもきっとこの子は変わらず私といてくれるということが確信に変わったのだ。
やっと私の番が来た。
イレギュラーな人間だから、私は最後に呼ばれたんだと思う。
私は水晶の前まで歩く。
手をかざすとき、少し手が震えてしまった。
私の魔力の大きさが知られたらどうしよう、使える属性の多さが知られたら…。
そう思ったが、先ほどのユリアナの言葉を思い出し勇気をもって水晶に手を伸ばした。
水晶が光る。
・・・青色と緑色だ。
後ろから、村の人たちの歓声が上がった。
光ったこともそうだが、2つの属性を持っているということが珍しく驚かれたからだ。
そう、2つの属性しか表示されなかった。
私は目の前に大司祭様がいることも忘れ、大きな安堵のため息をついた。
「ふふっ、ずいぶん緊張していたようだね。おめでとう。君も学園へ12歳になれば通えるよ。君は水と風の属性の魔法が使える。2つも使えるということは珍しいことだ、誇っていいよ。これからもたゆまぬ努力を積むんだよ。そうすれば、神は答えてくれるからね。」
「はっ、はいっ!ありがとうございます!」
私は話しかけられたことに驚き、少し声が裏返ってしまった。
それから、神と言われたことに少し変な気持ちになった。
“神”と言われると、あの時の審判の時を思い出してしまうからだ。
でも、大司祭様が言われたことに変な顔をするのも抵抗があり、笑顔でお辞儀をし、両親のもとへ走っていった。
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「大司祭様、どうされましたか?」
そばにいた神官が大司祭に尋ねた。
尋ねるほど、綺麗なほほえみをたたえていたからだ。
「いえ、彼女たちが今まで努力してきたことが見てわかりました。そして、これからもたゆまぬ努力を続けることも。彼女たちの未来が素敵なもの出るよう祈っていたのです。」
「そうなのですか。さすが大司祭様ですね。」
「いいえ、私は何もすごくありません。すごいのは彼女たちですよ。……もし、使用した魔道具が簡易的な魔力測定器でなければ、最後に測定した彼女はもっとすごい結果を残していたかもしれませんね。」
「大司祭様?何かおっしゃられましたか?」
「いいえ、なんでもありません。」
そういい、大司祭は儀式の終了を告げ、村を立ち去って行った。
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「お父さん!お母さん!私やったよ、学園へ行けるんだ!」
「おめでとうエリディカ。よかったな。」
「おめでとうエリディカ。水と風なんて私とジャッドの血をちゃんと受け継いでいることの証明のようで、私も嬉しく思ってるわ。」
2人は私をやさしく抱きしめ、祝福の言葉をかけてくれた。
そばにいたユリアナも走って私に抱き着いてきた。
「おめでとうエリディカ!これで一緒に学園で勉強して、夢に近づけるね!!」
「ありがとうユリアナ、一緒に頑張ろうね。」
その日は、村のみんなでお祝いをした。
2人も学園へ行けること、2人とも珍しく光の魔法や2つの魔法を使えるということで普段行われているお祭りよりも盛大に行われた。
これで、物語の重要な1ページ目がめくられたのだ。
これからも、私は物語から異なることが起こらないか注意しながら活動しなければならないが、今だけは全てを忘れて楽しく過ごした。