気がつく
エリディカは、ある日の朝、高熱を出し寝込んでしまった。
今まで健康で、風邪もひいたこともあまりないエリディカが熱を出したことに、両親も親友のユリアナも心配した。
高熱は3日間続き、エリディカは熱にうなされ続けた。
高熱が出てから4日目の朝、エリディカは目を覚まし、両親を安心させた。
医者からは、季節外れの風邪をひいてこじらせたのだと言われていたが、それでも心配だったのだ。
エリディカが起きたその日、ユリアナは熱が出てから毎日行っていたお見舞いに行くと、エリディカが起きていて、ユリアナはとても驚き、喜びのまま抱き着いた。
ベットで起きていたエリディカは、またベットに倒れてしまった。
今までの高熱が嘘だったかのように下がり、元気にご飯を食べる姿にユリアナの目には安どの涙が浮かんだ。
「すっっごく心配したんだから!めったに風なんてひかないエリディカが高熱何て出して寝込むから!!二度と心配させないでよね!」
「ごめんねユリアナ。心配してくれてありがとう。今度からはもっと気を付けるから許して?」
「……しょうがないな、今回だけだからね!でも、次は許さないから!これからはちゃんと気を付けること、いい?」
「うん、わかった。」
そうしてエリディカは、ユリアナからエリディカが寝込んでいる間に何があったのかを聞いた。
両親が心配してお医者様を呼んでくれたこと、ユリアナの両親も心配し、薬の用意をしてくれていたこと。
それをお見舞いと一緒にユリアナが毎日持ってきて、様子を見てくれていたこと。
エリディカは、心配して世話をしてくれたみんなに感謝の言葉を告げた。
目が覚めた次の日、いつものようにエリディカの家にユリアナはやってきたが、その日はいつもとエリディカの様子が違った。
「どうしたの?何かあった。」
「ユリアナ、今日は一緒に遊べないの。」
「どうして?」
「寝てる間に体力がなくなっちゃって、鍛え直さないといけないの!」
「……え?そんなこと??」
「そんなことじゃないよ!これじゃあ騎士になるのが遠のいちゃう!だから、今日は体調に気を付けながら鍛錬をする日にしたいの。遊んで、一緒に勉強するのはまた明日でもいい?」
「そっか、そんなこと気にしなくてもいいと思うけど、エリディカがそう言うなら、また明日遊ぼうね。絶対だよ?」
「うん。絶対ね!ただ、これからも週に一回はこうやって鍛錬だけする日を作ってもいいかな?」
「いいけど、どうして?」
「騎士になるには、体が強くなくちゃと思って。この間熱を出しちゃったから、今後はそんなことないように体づくりをするの!応援してくれる?」
「もちろん、応援する!遊んで勉強を一緒にする日が減るのは寂しいけど、一緒に夢をかなえるって決めてるんだもん。」
「ありがとう!じゃあ行ってくるね。また明日!!」
「また明日ね!」
エリディカはユリアナに手を振りながら走り出した。
前を向き、村の中を走るエリディカ。
ユリアナがエリディカが見えなくなったくらいの距離から、だんだんとエリディカは走るスピードを上げていく。
病み上がりの体など関係ないかのように、どんどんスピードを上げ、村を抜け、森の中まで走っていった。
村の人が気づかないところまでつくと、エリディカは足を止めた。
息を荒げ、自分の息遣いを聞きながら、エリディカは、歩は、私は、大声で叫んだ。
「なんで物語の中心にいるんだよーーーーーー!!!!!」
私は、寝込んでいる間に、今までのことすべてを思い出していた。
だからこそ、訳が分からなくなっている気持ちを吐き出したかった。
私は喉を少し傷めつつも、そのまま叫び続けた。
「普通、物語の通りに進めたいなら中心にいなかった人物がいたらおかしいでしょうが!というか、罪ってなんだよ!何もした記憶もないのに勝手に変なこと言いやがって!!元の場所に返してよ!!!」
帰ってくるのは、痛いほどの静寂ばかりだった。
大きく深呼吸をして、息を整えた後も私は愚痴を言い続けた。
「どうしてそもそも物語通り進めろなんて言われたんだろう。私の前世が関係してるとは言われたけど、そんなもの覚えてるはずないのにいい迷惑な話。それに、まさかあんなに優しくしてくれたのに、史帆が私に嘘をついて裏切っていたなんて…。信じたくないけど、私がここにいるってことは、本当なんだよね。」
私は、疲れた体を休めるために、地面に座った。
ため息をつきながら、愚痴を続ける。
「それに、言われたことをやるとしても、物語の中心にエリディカなんて名前の登場人物いなかったのに、現時点で物語から離れちゃってるじゃない。なんでもっとかかわりない立ち位置に生まれさせてくれなかったのよ。陰からこっそり物語の修正を行う方がやりやすそうな気がするのに。」
そういった私は、座っても疲れが取れないから、横になり空を見上げた。
木々の隙間から見える青空を見つめながら、なおも私は愚痴る。
「それに、最後に見えた映像あれは一体何だったんだろう。それに、寝ている間に見たあの女の子の夢も意味が分からないし。私に何か関係があるのかな…。」
自身が気を失う直前に見えた走馬灯の一部と、熱を出している間に見た夢のことを考えつつ、空を眺めていると、頭上からガサッという草木をかき分けるような音がした。
私は、驚き飛び起きた。
足音を立てないように、物音がした方へ近付くと、一匹の狼が傷だらけで倒れていた。
「なんでこんな山のふもとの方に狼がいるんだろう。しかもあんなに傷だらけなんて、珍しい。」
私がいる山の狼は、魔獣で一定の強さを持っているため傷ついた姿で見つかることなどそうそうなかった。
だからこそ、こんなにも傷だらけの狼を見つけたことに私は驚きを隠せなかった。
狼は気絶しており、目を覚ます様子がないことが分かると、私はすぐに薬草を集め始めた。
ユリアナの家で、ユリアナと一緒に薬草について学び、採取にもユリアナとユリアナの両親と行っていたためどの草が傷薬になるのかすぐに分かった。
近場にあった大きな石の上に薬草を置き、小さな石で薬草をすりつぶし簡易的な傷薬を作った。
そして、狼の傷口にそっと塗っていった。
塗っている間に狼が起きるかと思っていたが、相当な疲労をしていたらしく目が覚める様子はなかった。
傷に薬を塗り終わった後、私はなぜこんなに狼が傷だらけだったのかを考え、あることが思いついた。
人間でもよくあることだ。
周りと違っていたら、迫害される。のけ者にされるのだ。
この山にいる狼は基本的に、漆黒の毛並みに黄金の瞳をしているのである。
しかし、この狼はいわゆるアルビノと呼ばれる、純白の毛並みだったのである。
瞳は閉じている状態でしか見ていないが、きっと赤色だろう。
その色の違いで迫害を受け、こんなに傷だらけになったのだと私は考えた。
「つまらない理由でこんなに傷だらけにするなんて、森の守り神と言われていても考え方は人間に似てるのね。」
そう呟いていたら、狼が目を覚まし、初めはぼうっとしていたが、私のことを認識した瞬間、飛び起き後ずさった。
急に現れた人間を警戒し、唸り声を上げ始めたため、私は必至で身振り手振りをしながら敵ではないことを伝えた。
「待って!私はあなたの傷の手当てをしただけなの!!それ以外は何もしてないし、危害を加える気もないわ!」
言ってる言葉は伝わらないと分かっていたけど、それでも必死に伝えるために声に出していた。
すると突然、頭の中に声が聞こえた。
綺麗な男性の声だった。
「なぜ人間が我々と同じ会話手段を使えるのだ。人間で使えるものがいるなど、いまだかつて聞いたことなどないぞ。」
「だ、誰っ!誰か近くにいるの!?」
私は驚き辺りを見回したが、いるのは目の前の狼だけだった。
私は恐る恐る狼に尋ねた。
「あなたがしゃべっているの?」
「そうだ。私がしゃべっているというよりは、言葉を相手の頭に直接伝えているというのが正しい。」
「それって、いわゆる念話ってやつ!?」
「念話というものが何かは知らないが、人間の言葉ではそう言うのか?」
「頭の中で考えた言葉を相手に伝えて話をするって意味だから、そうだよ!」
「それならば、我々の会話手段は念話というのだな。」
「そういえば、私のこともう警戒してないの?」
気が付けば何事もなかったように話していたことを思い出し、私は狼に尋ねた。
「我々の言葉を使えることに驚き、悠々と話してる様子を見て敵ではないと分かったし、警戒する気も失せたのだ。」
「そっか!それなら嬉しいな!」
私は、傷の手当てをした相手にずっと警戒されるのは嫌だと思っていたため、警戒を解いてくれて本当にうれしく思った。
笑顔を浮かべてじっと狼を見つめていると、気恥ずかしくなったのか目をそらしながら狼が訪ねてきた。
「そ、それはそうと私のからだ中に塗られている草はお前がやったのか?なんでこんなことをした?」
私は、傷薬を塗ったことについてもう一度説明をした。
「その草は、怪我に塗ると治りを助けてくれる効果があるの!私があなたを見つけた時、傷だらけだったのが気になって、私にできる最低限の手当てをしたの。ごめんね、それしかできなくて。もっと布とかがあれば、綺麗に手当てしてあげられたのに。」
「そうか、これは傷を治す効果があるのか。…感謝する。人間。」
「どういたしまして。それと、人間じゃなくてエリディカっていうのよろしくね!ねえ、どうしてそんなに怪我をしているの。この山の狼がそんなにけがをすることってないと思ってたんだけど。」
「……。」
狼にその話を振ると、うつむき黙り込んでしまった。
やはり、私が予想していた体の色による迫害を受けたのだろう。
気まずい雰囲気をなくしたくて、私は別の話を振った。
「そういえば、私は名乗ったけど、貴方の名前は何て言うの?教えてよ。」
急に話を変えた私に驚き、とっさに顔を上げた狼は私に問いかけた。
「なぜ傷だらけだったのかはもう聞かなくていいのか?無理やりにでも言わされるかと思っていたが…。」
「だって、あなたは話したくないんでしょ?ならいいよ、何となく予想はつくし、話したいことは話さなくたっていいんだから。」
「そうか。…予想がついているだろうが、私は他の者たちと違い、色が白いため皆からのけ者にされていたのだ。前の群れの長は、それを黙認するが群れから追い出すこともなかった。しかし、群れの長が変わってからは、わたしを追い出すように仕向けられたのだ。はみ出し者はいらぬと、我々と同じ力を使えるものはいらぬとな。」
「そうだったんだ。私なんかに話してよかったの?」
「何の関係もなく、怪我の手当てもしてくれたそなただから話したのだ。」
「そっか。ありがとう、話してくれて。でも、そんな色や力だけでしか見ない奴らなんて気にしなくていいよ!私たち人間なんて、姿も形もそれぞれ違うし、使える力だって人それぞれだけど、うまくやっていけてるんだから。その程度のことで仲間はずれにしてくる奴らなんて気にしない、気にしない!」
「それもそうだな。ありがとう。エリディカ。」
感謝の言葉を聞けて嬉しくなった私は、先ほどした質問をもう一度した。
「それで、あなたの名前は何て言うの?教えて?」
「まだ名前を知りたがっていたのか。話を切り替えるだけの話題かと思っていたのに。」
「そんなことないよ。話せるってことは群れの中で呼び合う名前があるでしょ?おしえてよ。」
「……名前などない。他の者たちは親から名を与えられていたが、私の親は色の違う私を忌み嫌い、名をつけられなかったのだ。他の者たちは闇の魔法を使うが、私は闇ではなく、光の魔法を使えるのだ。」
その話を聞き、私は余計なことを聞いてしまったと思った。
色で迫害を受け追い出されたのに、名前何て付けられているはずないのに、ひどいことを聞いてしまった。
私はあわてて、悪い空気を払しょくするために、ある提案をした。
「ねえ、それならさ、私が名前を付けてもいい?」
「そなたが?私に??」
「うん。ダメかな?」
私はとっさに振った話だが、悪い提案ではないと思った。
緊張しながら、狼の返事を待っていると、狼が少ししてから私に顔を向け話し始めた。
「そなたが名をつけてくれるのは、なぜだろうな、あって間もないというのに嬉しいと思ってしまった。」
「っじゃあ!」
「ああ、私に名前を付けてくれ、エリディカ。」
「うんっ。絶対にいい名前を付けてあげる!」
私は、少し目に涙を浮かべながら返事をした。
泣くわけにはいかないと、我慢し、しっかりと狼のことを見た。
綺麗な純白の毛並みに、まるで夕日の光を表すような赤色。
瞳の色を見て、私はある言葉を思いついた。
「そうね、あなたの名前は“ラーツェ”。“ラーツェ”よ!」
「ラーツェ?それは一体どういう意味のある言葉なんだ?」
私は、そう聞かれ空にある太陽を指さしながら答えた。
「夕日みたいにきれいな目の色をしているから、太陽って意味の“ラーツェ”だよ。光の魔法を扱う太陽さん!素敵でしょ?」
そう言うと、狼は一度目を閉じ、名前を受け入れるように静かに頭を下げ、ゆっくりと頭を持ち上げ眼を開けた。
「安直だが、素敵な名をありがとう。気に入ったよ。」
「本当?よかった!」
冷静な言葉とは裏腹に揺れているしっぽに、本当に喜んでくれていることが分かり、私も嬉しくなった。
それもそのはず、名づけとは、魂の繋がりを作ることなのだ。
名を呼ぶことは、縁を深めることだからである。
そのつながりが全くと言ってなかったラーツェは、繋がりができ内心とても嬉しかったのだ。
名づけの親とは、それほどにつながりが深く、大切なものなのである。
自分を確立させるものがなかったのが、しっかりやっと地に足がついた状態になったのである。
そのことについて私はよく知らなかったが、繋がりができたことで、ラーツェの感情がよく伝わってくるようになったのを何となく感じていた。
私は、繋がりの深くなったラーツェの今後のことが不安になり、自分にとってもいい提案をした。
「ねえ、来週のおんなじ日に一緒にここで鍛錬をしない?強くなって、群れの長に決闘を申し込んで、勝って追い出したことを群れの者たちに後悔させてやるのよ!」
「来週とは、いつのことだ?」
私は、狼にとって日付の間隔が異なることを忘れていた。
そのため、太陽を指さしもう一度説明しなおした。
「太陽が7回上った後の日に、またここに来て、一緒に強くなるの!魔法について勉強してるから、きっとラーツェの力になれると思うの。」
ラーツェは少し悩む様子を見せたが、すぐに返事をくれた。
「太陽が7回上った後だな。分かった。また7日後に会おう。」
そう言って、ラーツェは立ち去って行った。
私はさっさと立ち去る様子を見て、薄情だと少し思ったが、来週がまた楽しみになった。
家に帰りつくころには夕方になってしまい、両親となぜか私の家の前にいたユリアナに怒られてしまった。
私は誤り、そして来週からも同じ曜日に山のふもとで鍛錬をすることを話し、何とか両親とユリアナを説得し、その日はやっとの思いで夕飯にありつけたのだった。