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【第五回】地の文コンテスト 〜すき焼きが食べたい〜

【すき焼きが食べたい】三から四に変わるまで

作者: 朏 天音

 静まり返った真夜中の一刻、丑三つ時。

 誰もいないはずの学校から、小さく話し声が聞こえてくる。

 場所は立ち入り禁止の屋上。

 話しているのは、制服姿の二人の男子だ。


「ねぇ……」

「どうした? 今更怖くなった?」


 フェンスに寄り掛かり、笑いながら悪戯に言う姿は、平均より低い身長と相俟って無邪気な子供のように見える。

 夏も終わり、秋も近い寒い夜というのに半袖カッターシャツでいるのは、高校二年の、月下つきした麗人れいとだ。


「かもね」


 壁にもたれながら夜空を見ていた生徒が、苦笑いを浮かべて頼りなく答えた。

 同じく一年、天雅あめのわかはる

 こちらは麗人と違って、長袖カッターシャツにブレザーを羽織っている。


「誰にだって恐怖を感じる瞬間くらいあるよ。怖いならやめたっていい」


 大事そうな言葉なのに、麗人は軽く言う。

 まるで気に留めないで欲しいかのように。


「でも……やらなくちゃ、ね?」


 時間ないし……と華がうつむいて悲しそうに小声で呟いたのち、笑顔を麗人に向けるが少し苦しそうにも見える。


「そうか……」


 星空を眺めて言った麗人を月は、さながらステージのスポットライトように照らしていた。

 くるりときびすを返し華に背を向けると、麗人はあかりがイルミネーションのようになっている街を見つめる。


「ねえ、もし過去に戻ってやり直せるとしたら、君はどうしたい?」


 寂しげに見えた背は再びくるりと回り、無邪気な笑顔を見せる。


「過去に?」

「そ、過去に。色々あるじゃん? あの時ああしといたらなあとか、そういうの」


 突拍子とっぴょうしもない質問に驚く華に、サラリと解説する麗人。

 華は少し悩んで、有り過ぎる……と呟いた。


「そだね。ボクにもいろいろある」


 クスクスと小さく笑って言う麗人は、とても楽しそうだ。

 そうだなあ……と言って、華は答えを出し始める。


「ウチもさ、もうちょっと遊んでたらよかったなーとか、親孝行してあげればよかったなーとか……」

「結構遊んでたけどね」


 妹ちゃんでしょ? と聞いてくる麗人は、フェンスの近くにいたはずがいつの間にか華のと隣に座っている。

 去年両親が離婚し、今はもう居ない妹と母親。

 その二人のことを考えた後悔だったが、麗人お陰でわからなくなって来てしまう。


「それはそうだけど……もー調子狂うな〜」


 華は少し苛ついた様子で頭をガシガシと激しく掻いた。

 その横で麗人は、アハハハハと可笑おかしいと言って笑っている。


「まあそんなわけで、ちょっと気になっただけ〜。いろいろ後悔したことはあるけど、それでも今の自分をちゃんと褒めてあげたいし」


 ね? と言って立ち上がった麗人は華に笑いかける。

 いつ見ても楽しそうな笑顔。


「先輩らしいな」


 変わらないなあと微笑んで、華は麗人を見つめた。

 悲しげな眼を向けながら。


「はい、この話おしまい。それじゃあ───」

「ボクは……ボクはすき焼きが食べたいな!」


 話を切り上げようとした華を止めるように、麗人が元気よく声を張って言った。

 唐突な大きな声に少し驚き、ラグが有りながらも華はツッコむ。


「……ん? どうか、した? というか、なしてすき焼き?」


 先輩の好きな食い物ってすき焼きだったけ? と首を傾げる華。

 その様子をまたクスクスと笑って見ていた麗人が、笑いながら理由を話し始めた。


「いや、過去に戻って何がしたいかって。ボクはすき焼きが食べたい! 君と一緒にハフハフ言いながらすき焼きが食べたいなって」


 嬉しそうに想像を膨らませる麗人は、目を閉じて食べる動作をしており、まるで夢を見ているようだ。

 そんな麗人を見ていた華だが、心がざわついてときの終わりが近いことを感じてしまう。

 悲しさを堪える華の横にそっと座り、麗人は話を続ける。


「油がのった肉をとろっとろの卵に絡めて食べるの。とってもあまじょっぱくておいしいのを、一緒に食べておいしいねっていうんだ」

「……いいね、それ」


 少し泣いてしまったのか、華から鼻をすすった音が聞こえた。

 麗人は何も言わず、少し困った笑顔で見守って話を続ける。


「デザートはゆずと抹茶のアイス。口の中ちょっとやけどしたところにしみるんだ。そして、そしてさ」

「うん。うん……。わかるよ、それ」


 話はまだまだ続くかと思ったが、華の予想に反して麗人の口は止まってしまう。


「なんか……ごめんね? あと、ありがと。そう言ってくれて……」


 麗人には珍しい湿っぽい言葉に少し戸惑う華。


 まるで別れみたいに─────


 そう思った時、麗人の体が透けていくのが目に入った。

 華が持って来ていた札を麗人が勝手に触れたのが原因で、麗人は今も右手に札を持ち続けている。


「先輩!」

「あはは」


 消えて行く姿を見て焦る華を余所に、麗人は呑気のんきに笑っているだけ。

 離れたくないと華は掴もうと手を伸ばすが、その手は麗人をすり抜けて掴むことができない。

 大丈夫と言って麗人は華に微笑み掛け、満面の笑みで言った。


「そんじゃあね!」


 涙を堪える華の目の前で麗人は消えて行き、持っていた札も麗人の手からすり抜けて地面に落ちた。

 月に照らされ、麗人は君なら大丈夫だよと語り掛けるような笑みを浮かべている。


「さよなら」


 麗人の体が光の粒となって消えた瞬間、麗人から小さく発された言葉。

 悲しさや後悔を含みつつも、嬉しかった、楽しかったと言うような思い出も込められた言葉だった。





 月下つきした麗人れいと

 三年前の夏に事故で亡くなった二年の生徒で、学校の屋上に住み着いていた地縛霊だ。

 二週間前に恋人に振られた華が屋上にやって来て、慰めてやろうと出てきた麗人と出会い、約一ヶ月。

 幽霊が現世に留まるには制限があって、それを過ぎてしまうと悪霊と化してしまうことを華は本で知った。

 その猶予ゆうよが今日の丑三つ時だけと迫ったこの日に、華が助けたいと調べて作った浄霊府で成仏させると約束したのだった。

 ときはもう直ぐ丑四つ時。

 しかし華は別れを嫌がって一向に札を使おうとしないのに気付き、麗人が痺れを切らしたという訳である。

 丑三つ時の三十分。

 たった三十分だけでも、消える前に再び会えたことが華にはとても嬉しかった。

 華自身で麗人を祓ってやれなかったことや、もっと楽しく笑って最後を過ごせばよかったとか、後悔を挙げるとキリがない。

 その中でも一生心に残りになるであろうこと、言わなくて良かったとも思えるもの。

 華がずっと言いたかった言葉を、告げられなかったことだけだろう。


──── 君が好きだったと ────






 誰も居ない屋上に一人佇む華は、効果を失い白紙の紙となった一枚の浄霊府を抱き抱え、溢れ出る涙を拭って去って行った。

 前を向いて自分が生きる道を歩む為に。

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