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僕のモノクロだった世界が君に出会ってから色付き始める  作者: 高橋裕司
第三章 結局僕は
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もう答えを言ったじゃないか

 僕達は海辺で遊んでいた本城さん達と合流し、彼女達が着替え終わるのを待った。そして待ちに待った玉泉洞の中へ入る。中は仄暗く少し視界が悪かった。だがすぐに視界が慣れ全体を見渡す事ができた。

 

 当時空爆に耐え敵から身を守る為に主に使わわれていた鍾乳洞……。全体を見回すがそんなに広くはない。それもそうか。広かったら敵から身を隠す意味がない。

 

 外はまだポカポカ陽気で暖かったけどこの中はひんやりとしていた。まるで当時の彼等の魂がこの玉泉洞に未だに残っているみたいだ。一説によると明治時代までここは風葬の場所として使われていたらしい。だからこんなにも冷たいのかもしれない……。と興味深く僕が周りを見ていると


「……っ」


 突然腕に誰かが抱き着いてくる。突然の事に戸惑う僕。この中で僕の腕に抱き着いてくるような人心当たりがないんだけど。……間違えましたっ、そんな人間一人もいませんっ。調子乗ってすいませんでしたっ!!……と、誰に謝ってるのか分からない謝罪の言葉を述べていると


「……?」


 僕の腕に抱き着いてきた誰かの体が震えていた。よほど怖いのか僕の腕にしっかり密着している。そのお陰で誰が僕の腕に抱きついて来てるのか分かった。何故なら僕の腕に大きくて柔らかい胸が押し付けられているからだ。


 僕は視線を前方の鍾乳石から僕に抱き着いている人物へと向ける。思った通り僕に抱き着いているのは本城さんだった。彼女は目をギュッと強く閉じたまま必死に僕の腕にしがみついている。


「ハァハァ……ハッ、ハッ」


 最初荒く聞こえていた息が徐々に断続的になって本城さんが過呼吸のような状態になる……。流石にヤバいかと思い僕は本城さんの身体を腕から引き剥がすと彼女の手を取って入り口の方へ引き返す。幸い皆鍾乳石に夢中で誰もこちらに気付いていない。外へ出ると……


「……っはああぁぁ〜〜っっ」と、本城さんが大きな声と共に息を吐き出す。そして彼女が隣にいる僕の姿を確認すると仏頂面になった。

 いやなんでそうなるの……? 流石に泣いちゃうよ? 心の中でだけどさ。


「なに、勝手にわたしの事外に出してんのよ」


 不機嫌そうに本城さんが言う。僕はその言葉と彼女の態度に溜息を吐いてから


「震えてた癖に何言ってんだよ?」


「……なっ」


 僕の言葉に即座に反論しようと本城さんは口を開くけどなにも思い浮かばなかったのだろう。暫くした後悔しそうな顔を全面に出しながら口を閉じる。


「暗い所苦手だったんだな……」


 僕がそう言うとキッと僕の目を睨みつけてくる本城さん。


「えぇ。そうよっ……。しかも狭い所も苦手よっ……。良かったわね、これで弱みに付け込めるじゃないっ!!」とヒステリックに言う本城さん。


 僕はその言葉に驚く。……僕のイメージってそんなに酷かったのっ!?


「別に……。そんな事しないよ。第一やったって得がない」


「嘘よっ!? わたしの事を脅していかがわしい事をさせるに決まってるっ!!」

 

 はいいいぃぃぃーーーっっっ!!?? 本城さん、アンタそんなキャラだったのっ!? 色んな意味で驚きなんですけど。


「少し落ち着きなよ」


 僕がそう言って本城さんに近付こうとすると


「来ないでよっ!?」と言い放つと本城さんが玉泉洞とは反対方向に駆け出した。……マジかよっ!? 僕は慌てて本城さんの後を追いかける。


 僕の皮膚に冷たい感触が伝わる……。空を見上げると、さっきまで晴れていた空がいつの間にか雲が広がっていた。そこから雨がポツリ、ポツリと水滴を落ちてくる。


 浜辺を抜け僕達は浜辺付近の道路へと出る。最初ポツリ、ポツリといった具合の雨脚が強くなっていき僕と本城さんの身体をこれでもかというほど濡らし続ける。というか、本城さん足早くないっ!? さっきから全然追いつけないんだけどっ。


 だがそれもようやく終わりが訪れる事になる。前を走っている本城さんからハァハァと息があがる声が聞こえた。そこからは簡単だった。彼女が走る事に疲れて足を止める。僕も少し離れた所で足を一旦止めてから本城さんの元に歩み寄る。


「ハァッハァッ……、アンタ意外とっ……、走れる、のねっ」


 本城さんが息も絶え絶えにそう告げてくる。まさかここで、ボッチの十八番……逃げ足の速さで鍛えられた脚力がこんな所で役立つとは……。これはまさに、()()()()()()()()()()()…だなっ!! と、冗談はここまでにして。


「本城さん、戻ろうよ……。天道達が心配すると思うからさ」


 そう告げると僕に背中を向けていた本城さんの肩がピクリと弾かれたように動く。


「確かに……。敦はそうかもねっ、でも他の奴等は違うっ!! 皆わたしの事を陰で悪く言ってるのを何度も聞いたっ……。アンタだって陰でどうせわたしの事……悪く言ってんでしょっ!?」

 

 そう言って振り返った本城さんの顔は見てるこっちまで悲しくなる気持ちになるくらい辛そうな顔だった……。

 そうか。本城さんはずっと耐えていたんだって事に漸く気付く。いくら人脈が広くても全員が全員彼女の事をよく言うとは限らない。学校の中にいれば、いつかはその類の話が否応なく耳に入ってくる。

 僕は本城さんの認識を改める。彼女は人を楽しんで傷つけている訳でも、僕を見下し(下に見)て安心しようとした訳でもない。ただ……。


 ――寂しい気持ちを嫌な人間を演じる事で誤魔化してたんだ。


「……僕は悪くなんて言ってない」


「嘘よっ……。由美子や森本、空条だって言ってたわ。()()()調()()()()()()()()()って!! どうせアンタだってそう思ってるに決まってるっ!! だってあんなに酷い事言いまくったんだからっ!! わたしの事憎いって思ってんでしょっ!?」


 そうやって泣き叫ぶ本城さん……。その姿は親が側にいなくて泣き叫ぶ子供のよう……。


「確かに憎くないなんて言ったら……嘘になる」


 僕は目を閉じて本城さんが僕にしてきた事を思い返す。確かに酷い事を沢山された。――でも。


「でも僕は……。言われて当然の人間だって思うから。それと、聞きたいことなんだけど」


「グスッ……。何よ?」


 くしゃくしゃの顔をこちらに向けて問いかける本城さん。恐らく、泣いているのだろうけど、雨が彼女の涙を包み隠してくれている。


「なんで皆に暗くて狭いとこが苦手な事黙ってるの?」


 僕は彼女から目を逸らし周りに目を向ける。年中暖かい沖縄でも流石に日本の季節たる紅葉はあるみたいだ。近くに見事な赤みを付けた複数の木々が立っていた。


「決まってるじゃない……。弱みを見せたらまたウザがられる……。拒絶されるのも面倒くさがられるのも嫌なのっ!!」


 つまり、本城さんも孤独に耐え切れなかったってことなのか? でもそんな事……。僕は再度本城さんへと視線を向ける。


「天道だったら分かってくれたんじゃないの?」


 天道は人当たりも良いし、そんな事で面倒くさがったりしない人間だって思う。


「それでも分からないじゃない……。人の思ってる事なんていつでも簡単に隠せるんだからっ!!」


 確かにそのとおりだ。人間の心は簡単に隠し通せる。だから本城さんの様に疑心暗鬼になる気持ちも理解出来る。


「信じてみないか?」


 僕は気付くと彼女にそう言っていた。自分に驚く。一体何を口走ってるんだ僕は……。


「何を信じるのよっ!!」


 荒々しい語気で問いかけてくる本城さん。


「僕も最初はそうだった……。人なんて建前ばかりで本音は一切口にしない。陰でコソコソ言ってるような奴ばかりだって……。でも」


 頭の中で山岸さんと万丈の顔が思い浮かぶ。彼女達と会って僕は……。もう一度人を信じてみようと思ったんだ。


「山岸さんや万丈と出会って知ったんだっ!! ちゃんと……、本音で言ってくれる人間がいるって事をっ!!」


 僕がそう言うと本城さんが呆然と僕の顔を見る。


「わたしにはそんな人間一人もいない。理解してくれる人なんてっ」


「これからだっ!! これから……。見つかる可能性があるっ!!」


 僕が山岸さんと万丈に出会ったように。だから――。


「僕達じゃだめか?」


 僕の言葉に本城さんが目を見開く。


「はっきり言って僕は君を誤解してたっ。嫌な人間だって思ってた。……だけどそうじゃないっ。君も同じなんだっ!! 何かを抱えながら必死に生きてる人間だっ!!」


 僕の言葉を呆然とした顔で聞く本城さん。


「わたし……あんな事したのに許してくれるの?」


 そう言って歩み寄ってきた瞬間……。


「亜希子っ!!」 「本城っ!!」 「本城さんっ!!」


 後ろから本城さんを呼ぶ声が聞こえる。振り返ると天道達がこちらへ駆け寄ってくる。僕達の元に天道達が辿り着くと榊さんが本城さんの前へ行って彼女の顔を見て慌てだす。


「どうしたのっ!? そんな顔をしてっ!?」


 彼女が泣いてることに気付いたのだろう。榊さんが問い質している。本城さんが僕の顔をチラチラと困ったように見ていた。それだけで本城さんの気持ちを理解する。

 

 彼女はここまで僕の事を罵倒してきた。そんな彼女が今僕と一緒にいる……しかも泣いた状態で。そこを榊さんに突かれてなんて答えたらいいか分からない……。ここで素直に言えば彼女達の不興を買う事になり、益々陰で悪口を言われるか……最悪の場合孤立させられるだろう。


 僕は榊さんの前に出る。榊さんが訝しむような目で僕を見る。


「あ~ぁ、後もう少しで本城さんをどうにか出来たのにな〜」

 

 僕が軽い調子で言うと榊さんの瞳がカッと見開かれる。


「どういう事?」


「実はさ、鍾乳洞の中で僕彼女に迫ったんだよ……そしたら逃げられちゃって。とうとう追い詰めてこれだからって時に。ハァ、運がないな。ホントに」


 僕は周りを見ながら軽薄そうに言う。榊さんや森本、空条が僕の言葉を聞いて怒りの形相を浮かべる。こういう時、ボッチは有り難い。簡単に他人の気持ちをマイナスの方向に簡単に持っていく事が出来るから。

 だが、天道だけは違った。後ろにいる本城さんに目を向けた後僕に視線を即座に向けた。もしかすると何か感づいたのかもしれない。それでも僕はダメ押しにまだ続ける。


「あ~ぁ、本城さんの巨乳揉んでみ」


 言ってる途中でバシンッと僕の頬を榊さんが叩く事によって遮られる。榊さんは暫く僕を蔑むような目で見たあと本城さんの手を取って本城さんが走っていた方向へ歩いていく。森本や空条もその後についていく。去っていく本城さん達の後ろ姿を眺めていると


「どうしてあんなことを言ったんだっ!? 亜希子を庇ったのか……何故だっ!? お前の事を散々罵倒した人間なのにっ」と天道が僕に問い詰めてくる。


「さあな」

 

 僕は素っ気ない返事をしながら海の方へと歩き出す。


「おいっ待てっ!」




 燃えるように綺麗な紅葉を付けてる木々の中……。天道の声が響き渡る。僕は足を止める。


「なんで……なんでこんなやり方しか出来ないんだよっ!!」


 僕は後ろを振り返りそう言い放った男の顔を見る。天道の顔は悲しみに満ちていて、僕はその顔を見て切なくなる……。だけど僕は男の顔を見てほくそ笑む。


「なんで……か。もう答えを言ったじゃないか」


 ――だって僕は、そのやり方しか知らないのだから



 僕は歩きだしながら、今も僕の体を濡らす雨を降らしてくる空を眺める。11月の時期にこの雨は体に堪える。


 結局僕は……。変われないのかな? と、今も僕の身体を激しく打つ雨を降らせる空を見上げながらそう思っていた――。


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