嫌われたくて嫌われたはずなのに
それから1週間、山岸奏さんはめげずに毎日僕に声を掛けてくる。
初日は挨拶だけで終わったのに、翌日から授業が終わるたびに話しかけてくる……凄く迷惑だ。
確かに美少女に話しかけられて嬉しく思わない男子はいないだろう。しかし僕は他人と関わらずに来た人間だ。だから山岸さんが僕にずっと話しかけられるという状況は非常にまずい。
だって、僕は目立ちたくないのに。山岸さんは学校1の美少女……。
そんな人が一人の男に無視されているというのに話しかけ続けるなんて……目立つ事この上ない。
それが、イケメンなら誰も文句を言わないだろうよ……。なのになんでよりによって僕なのっ!?……何かこれからラブコメでも始まるんですか?
冗談はさておき本当に困るんですよ。周りの男子から羨望と憎しみが入り混じった殺意やら怨念やらが籠められた視線が僕に突き刺さるんですっ!?
僕の思ってた以上に、面倒くさい状況。はぁ……こんな事ならあの時名乗り出るという目立って当然の行動を取るんじゃなかったなと、今もなお男子達から殺意や怨念が籠められた視線を受け止めながら思う僕なのであった。
翌日、僕は余りにしつこい彼女の声掛けに応対することにした。勘違いしないで欲しい……僕は別にこの1週間無視を決め込んでる僕にめげずに話し掛け続ける山岸さんに観念した訳じゃない。
僕が彼女と話した結果嫌われればそれで良いと考えたからだ。しかし困った……普段人と喋らないからどういうことを言えば、嫌われるのか分からない。
そこで、僕はこれまでの彼女を思い出すことにした。この1週間、山岸さんがずっと僕に話し掛け続けるものだから、気づけば僕は暇さえあれば山岸さんの事を目で追っていた。
我ながらストーカーめいてるなとは思うが、敢えて弁明するのなら人間観察が趣味なのだ。
小、中学と人の事を観察して誰が中心人物なのかそれをずっと見定めてきた……思わぬ所で、彼等の邪魔をして目立つ様なことがないよう、細心の注意を払うためだ。
ボッチも色々と気を遣わなければならないのだ……はぁ。
彼女を見続けて分かったことがある。それは他人と話してる時の彼女の笑顔が若干硬いということだ。
ここから、推測出来ることがあるとすれば彼女はおそらく極度の寂しがりやなのではないだろうか?
人間誰しも一人になるのは、嫌なことだ――僕は例外として。
だからこそ人の会話に合わせなくてはいけない。
こんな事を言ったら嫌われるかなと考え気を遣わなければならない。人付合いって……面倒くさいねっ♪
まぁ、僕みたいなのは絶対人と上手く友好関係を築く事は不可能だが山岸さんの場合は多少の無理をしながらも、これまでやって来たのではないだろうか?
自分の気持ちを必死に押し殺して……。
言いたくない事も作り笑顔で言い続けて……。
別にそれが悪いとは言わない――ただ友達のいない僕が言うのもアレだがそこに果たして友情はあるのだろうか?
――といけない。それは今僕が考えることじゃない。
僕が考えることは、山岸さんに嫌われることであって。山岸さんの交流関係について考えることではないのだから。
だが嫌われるなら、今の事を皆が見てる前でぶつけるのがいいかも知れない。そんな事を思っていると丁度、山岸さんが僕の前まで来て
「……おはようっ」と声を掛けてくる。
よし、取り敢えず挨拶を返してからにしよう。
「おはよう」
僕は少し不貞腐れたように山岸さんに挨拶を返す。
すると山岸さんの瞳が大きく見開かれたかと思うと、すぐさまその表情を明るい笑顔に変える。うわぁ、何この人可愛い……じゃなくてっ
「やっと返してくれた」と心から嬉しそうに呟く――うわぁ、スゴイやりにくい。少し躊躇いそうになるが僕は意を決した。
「そろそろ、やめてくれないかな」
僕は、普段よりワントーン低い声で告げる。
「――えっ?」
山岸さんは言われた意味が分からないらしくそう告げて固まってしまう。
「もう、良いだろう。大体なんで僕なんかに構うんだ……
僕みたいな嫌われ者に。関わったって碌なことなんてないだろ?」
山岸さんは言われた意味を理解したのかそのまま目線を足元に向けると顔ごと俯かせてしまう。
よし、あと一息だっ!! 僕はさっき考えていた事を口にする。
「大体さ……アンタ、無理してない?」
彼女が僕のその言葉に自身の足元に向けられていた顔を上げる――その瞳は微かに濡れていた。
「僕に笑顔を向けてた時も思ったけど作り物っぽいよね……」
彼女はその言葉にビクッと大きく身体を震わせる。
「いつも、人のご機嫌ばかり伺ってさ――うッ!!」
瞬間、僕の視界が揺れる。それと同時に周りから悲鳴が上がる。
気づいた時には、僕は床に仰向けになっていた。慌てて上体を起こすとそこには、この前の金髪君が拳を前に突き出した状態でその場にいるではないか?
「お前……いい加減にしろっ!?」
すごい形相で彼は怒鳴ってくる……なるほど、正義のナイト様のお出ましか。僕は待ってましたとばかりに顔をこれ以上ないほどに歪ませる。
それがまた気に食わなかったのだろう……。再度僕を殴る為に詰寄ろうとする金髪君。
良いだろう、僕は山岸さんを傷付けておそらく泣かせているんだ。
よって、その位の罰を受ける義務はあるだろう。僕はそう思い、目を閉じようとした瞬間――。
「待ってッ!?」と大きな声が教室に響き渡る。声のした先に目を向けるとそこには、涙を流している山岸さん。どうやら今の声は山岸さんが出したようだ。
「天道君――わたっ……グスッ……しは大、丈夫だから」
山岸さんは所々嗚咽を交えながら告げる。
そんな姿を見て僕は、やり切れなくなり出入り口の方に向かい出す。
「おい、待てよっ!?……山岸さんに詫びくらい入れたらどうだっ!?」
天道と呼ばれた男がそんな事を僕に怒鳴ってくるが、僕はその言葉を無視して教室を後にする。
階段まで辿り着くと僕はそこに腰をおろした。なんだろ……嫌われたくて嫌われたはずなのに、余り気分が良くない。嫌われるためにやった事なのだから、当たり前なことだが。
きっと、これで彼女は僕に話しかけることはないだろう。これから益々、あの教室に居づらくなってしまった。まだ1限の授業が始まる前だというのに……。
左側の口端が痛いので、そちらに左手を這わせる。そして、左手の手のひらを見てみると血がついていた。
どうやら、あの時切ったらしい……あんな思いっ切り殴られたのは久しぶりだ。だが、殴られて当然だ――僕は山岸さんに酷いことを言って泣かせたのだから。
さて、これから僕はどこに向かおうか――。
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