お前ってさ
「……っ」
頭部に衝撃が走って僕は目を見開く。
そこは、窓際の座席で前後右の3方向座席で囲まれ
ている。左の窓を覗きこめば澄みきった青い空と
所々白い雲に眩しい太陽の日差しが差し込んでい
るのが見えた。
そうか、僕はどうやら寝ていたらしい。
理由は簡単。話せるような相手がいなくて暇だか
らいつもならそういう理由なのだが今回は違う。
「おっ、やっと起きたな」
僕が起きた事に天道が喜ぶ。
朝からずっと僕に構ってくる天道。
一体何が目的なんだろう? 少し考えてみる。
天道と2回喧嘩して分かった事がある。
コイツは間違った事が大嫌いな人間だ。
正義こそが全て……そういう考えの持ち主なんだと
思う。だからコイツの行動全てに悪意を感じな
い……だが
「お前ってさ、山岸さんの事になると熱くなるよ
な」
「……なっ」
そう声を上げた天道の顔を見ると朱が差し込んで
いた……ああ、そういう事か。
それもそうか……考えてみればあの時
「校内1の山岸奏がっ、テメェみてぇな……底辺と、肩
並べて仲良くして良い訳ねえんだよっ!?」
あれ、よくよく考えれば山岸さんの事が好きって
ことじゃないか……。
「安心しろよ……僕は別に山岸さんの事なんとも思っ
てないから」
僕がそう口にすると天道の表情が真剣なものへと
変わっていき、首を横に振る。
「違うんだ……。
山岸の事を俺はそんな風に見てない。
寧ろ……アイツが幸せになってくれる事を
俺は望むよ」
そう述べた天道の顔は哀愁が漂っていて
なにか後悔しているように感じた。
「…………」
それが何なのか知りたくないと言ったら嘘にな
る。でも
「……聞いてこないんだな」
天道が僕の瞳を覗き込む。
きっと試されているんだろう。
僕がどういう人間なのか……。
「お前が、聞いてほしいと言うなら聞く。
でも僕からは立ち入る気はない」
誰にだって言いたくない事の1つや2つはある。
それを無理矢理聞き出すのは僕は好きじゃない。
「なるほどな……。山岸が本当の意味でお前に心を開
く訳だな」
笑顔でそう呟く天道。
「少しだけ昔話に付き合ってくれないか?」
天道のその言葉に僕は少し考えたあとその言葉に
頷く。どうせ、大阪に着くまでまだまだ時間があ
る。暇を潰すには丁度いい。
「実はさ……俺と山岸
小学校からの付き合いなんだ」
その言葉に僕は驚く。
そんな事山岸さんは一言も口にしていなかったか
らだ。
驚いている僕を余所に天道は続ける。
「昔はさ山岸……もっと明るい感じの子だったんだ」
僕はその言葉に首を傾げる、
もっとって……今でも十分明るいと思うけど。
だけど考えて一つの推測に僕は行き着く。
「つまり、人に嫌われないように立ち振る舞う子じゃ
なかった?」
「間違ってないけど、もう少し言い方ってものがある
だろ?」
僕の言葉に酷くウンザリとした
表情を浮かべる天道。
だけどすぐに続きを話し始める。
「だけどある事を切っ掛けに変わっちゃったんだ。
その出来事については僕の口から直接は言うこと
は出来ない」
僕は頷く。
他人の闇に容易に触れるべきじゃないと思うし
ましてやそれを本人ではなく
他者から聞くのは以ての外だ。
「言えないけど、当時彼女がどんな様子だったか
は言える。山岸はね……ずっと孤独
だったんだ」
僕はその言葉に耳を疑う。
孤独……山岸さんが? そんな時期があっただなん
て、とてもじゃないけど信じられない。
「その事件のせいでかなり塞ぎ込み、イジメも受け
てた……。中学になってからだよ。
無理に明るく振る舞って他人の顔を伺うようにな
ったのは」
最初に出会った時、確かにそんな感じはあった。
中学の頃からずっと
あの生き方を続けてたのか……なんか
「悲しいな……それって」
天道が僕の顔を凝視する。
あれ……もしかして、口に出してた?
「なんでそう思うんだ?」
真顔で詰め寄ってくる天道……近い近い。
僕は詰め寄ってくる天道を押し返しながら
「だって、他人の顔を
気にしたってしょうがないだろ」
どんなに良く見せようと、陰でなんて言われてる
かまでは分からない。
それだったらいっそ、自分のやりたい様にやるべ
きだって思う。
「他人の顔なんて気にせず好きにやればいい。
結果さえ出せていれば周りは何も言わない」
僕の場合は結果を出せていないから色々と美紗ね
えに言われてるけど。
「多分そんなお前だから山岸の心を動かせたんだろ
うな」
「は?」
何を言い出してるんだ……。山岸さんの心を僕が動
かした?
「なんの冗談だよ? 笑えない」
「冗談なんかじゃない。山岸は変わった……いや
元に戻った……小学校の正直で優しい山岸に」
そう言った天道の顔は悔しさを感じさせるものだ
った。
つまり、天道は自分が山岸さんを変えたかったっ
て事か。
「別に僕のお陰でもなんでもない」
僕は天道の言葉に首を振る。
「なら……なんだよ?」
弱々しい声で尋ねてくる天道。
僕はひと呼吸おいてから
「変わったのは山岸さんの意思で
僕は何もしてない」
僕がそう告げると天道は驚いた顔をしていた。
僕はズボンのポケットからスマホに繋がれたイヤ
ホンを取り出し耳に入れ音楽を流して座席に深々
と腰掛け目を瞑る。
天道……僕に人を変える力なんてない。
勿論お前にも……。全部山岸さんが決めたことなん
だ。切っ掛けはあったかも知れない。
でもそんなのは過程であって結果は山岸さんが自
分で決めたって事に変わりはない。
山岸さんや万丈……楽しんでるのかな。
なんて事を考えながら僕は再び眠りにつくのだっ
た。




