成すべきこと
「眠い……フワァーア」
時刻は朝の8時。あれから結局別々の部屋で寝る事になった僕は、万丈の部屋で寝る事にしたんだけど中々寝付けずあまり眠れなかった。
「はよっ集……ん、どうした?」
満面の笑みで挨拶した後、コテンと首を傾げて聞いてくる。……良いか、黒崎集。ここは我慢だっ。
僕はお前のせいだという気持ちを懸命にこらえる。
「おはよう。集君、それから皐月も」
山岸さんが、僕と万丈に気付いて挨拶の言葉を述べながら近付いてくる。
「あぁっもしかして……昨日一緒に寝れなかったのを残念がってたのかっ!?」
という爆弾発言を山岸さんの目の前で投下する。
山岸さんはその言葉を聞いてこちらに向けて歩いていた足を止め
る。山岸さんの顔を見る……表情が何故か青ざめて見えた。
「いや、あの……これは違うんだっ」
僕は慌てて取り繕うけど、山岸さんは僕に対して冷たい目線を向ける……うっ、凄い気まずい。というか、なんで僕こんなに焦ってるんだ?
「集君なんてもう知らないっ」
以前と同じように山岸さんはそっぽを向いて言う……。
僕はそんな彼女を見て心が暖かくなるのを感じた。このやり取りをそんなに時が経っていないのに何故か懐かしく感じてしまう。
「ふーん、集君……ね」
万丈がニヤニヤしながらそっぽを向く山岸さんの前方に立って顔を覗き込んだ。山岸さんは何故か顔を逸す。逸した先で僕と目が合う。
その時の山岸さんの顔は顔が上気して赤く、恥ずかしさからか若干涙目になっていた……可愛い。
「な、何笑ってるのよ。この変態っ!!」
へ、変態? ちょっと山岸さんその言葉……流石に傷付くよ。
僕は顔に出さないように笑顔を保ちながら
「まぁ、茶番はここまでにして」
と、僕はそう言って丁度奥の廊下から歩いてくる赤城さんと雨宮さんに目を向けてから
「これからどうするか……その話をしよう」
と緊張感を滲ませながら言い放つ。
「と言ってもよ〜、情報がねえよ」
議論開始早々からお手上げという感じの万丈。
「確かに情報が全くないっすね」
便乗する雨宮さん……少しは頑張れよスケバン刑事。
「んー、一応情報源はあるにはあるわよね」
赤城さんが控えめに言ってから僕の顔を見る。
「黒崎……貴方もそれは考え付いてるんでしょ?」
と、問いかけてくる。
確かに赤城さんが言っているであろう線は考えついていた。
「だけど、本人が言ってくれるとは限らない」
僕が首を左右に振りながら答える。
「どういう事?」
僕と赤城さんのやり取りを見ていた山岸さんが口を挟む。
「今この建物の中にはゼロと繋がってるものがいる」
僕は右手の人差し指をピンと立てて告げる。それを聞いた万丈と雨宮さんが最初困惑した表情を浮かべた後、その顔を笑顔に変えた。
「「なるほど〜っ」」
二人が両手で手を叩く……その数秒後
「で、誰がゼロと繋がってんだ?」
と、万丈が言ったのと同時に雨宮さんが鋭い眼光を周囲に向ける。
僕達三人は盛大にコケる……。
こんな、漫才みたいな事本当にあるんだな。
「渓だよ、渓」
そう伝えると今度こそ納得したように二人は深々と頷く……少し疲れるな、コイツ等。
□□□□□
という訳で、僕達は渓が寝ている部屋の前へと行く。扉を開けると身体の至る所に包帯を巻かれている渓がベッドに横たわっていた。横になっているというのに、苦悶の表情を浮かべていて見てるこっちまで辛くなってくる。
「うぅ……何だ?」
やっとの様子で声を絞り出す渓。
「司の居場所を教えろ」
万丈渓に詰め寄りながら言う。
「…………」
渓は無言になる……くっ、やっぱりだめか。そう思った時
「二条第一……高校の近くに……使われなくなったコンテナ置き場がある」
と息も絶え絶えに、そう告げる渓。僕達は渓の言葉に固まる。僕達の固まった様子を見た渓は顔を横に背けてから
「最初は止めたんだ……ゼロに入るのはヤバいって」
悔しそうに顔を歪める渓。
「けど……アイツは自分にしかないモノが欲しかったんだろうな」
そう言って目を瞑った渓の頬に涙が伝う。
「こんな事……言えた義理じゃない事は分かってる。お前の妹に酷いことをしたんだ……憎い相手だろう……だがっ」
「……なっ」
渓は目を見開くと痛む身体を無理やり起こしてベッドから降りると万丈の前で土下座をする。僕達はその光景に言葉を失う。
「確かに……俺と海斗は、クズだっ!! 否定はしない……けどなっ」
涙を流しながら懸命に声を張り上げる渓。
「あんな奴でも……俺にとっては親友なんだっ」
そう言った渓は傷に障ったのだろう。腹を抑えている。
僕は痛みに苦しむ渓を眺める。
この人は本当に海斗という人物を慕っているんだなと感じた。
でなければ、他人の為に涙を流す事はできない。
渓と海斗という人の関係性は、今この場にいる赤城さんと雨宮さん、そして万丈のようなモノなんだと思う。
だからこそ大事な仲間を守る為ならプライドを捨てて、土下座をするんだ。
万丈は土下座の姿勢のままでいる渓を眺めていた。いくら土下座をされても万丈としては許すことはできないんじゃないか?
唯一の肉親と言ってもいい司さんをこの二人は傷付けた。万丈にとって渓はおろか海斗が傷付く事に罪悪感なんか微塵もないんじゃ?
「顔を上げろ」
静かに告げる万丈……その声には怒りの感情が見え隠れしていた。
万丈の声に従いゆっくりと顔をあげる渓。
「まず、お前らを許す気はねえ」
万丈がゆっくりと、しかしハッキリと言葉にする。当然だ……万丈の中では一生許す事が出来ない事の筈だ。万丈の言葉に顔を俯かせる渓……しかし
「でも、オレもこの施設で育った人間だからな」
笑顔でそう告げると渓の元へ歩み寄って渓の手を取る。
「海斗……連れ戻してやんよ」
その言葉に渓は、わんわんと声を上げて泣く。
「男のクセに……泣いてんじゃねぇよっ」
その姿を見た万丈が苦笑する。
「良かったのか……あれで」
僕は万丈の俯いていた顔を覗き込む。その顔は酷く暗くて浮かないものだった。
「さぁな……だけど」
万丈は顔を上げ僕等の顔を一人ずつ見ながら
「いつまでも拘んのは違うかなってそう思ったんだよ」
そう言った万丈の顔は、まるで憑き物が落ちたような晴れた表情だった。
そうか……万丈は過去と向き合って自分なりに答えを出したんだ。
凄いな……万丈は。僕はまだウジウジ悩んでいるというのに。
「よし、じゃあ……」
「待ちなさい」
外に出ようと入り口に向かおうとする万丈だったがある人物の声を聞いて足を止める。
「なんだよ……施設長」
万丈は施設長……万丈愛を睨みつける。
「……傷は、大丈夫なの?」
「あ? あ、あぁ」
突然の質問に戸惑う万丈。
「そう、良かった……」
安堵の表情を浮かべる万丈愛……その姿を見て益々戸惑う万丈。
「無事に……と言う訳にはいかないでしょうけど、今回の事が終わったら司と一緒に家に来なさい……皐月」
万丈はその言葉にビクンと体を揺らす。
言いたい事を言い終えた万丈愛は万丈の返事を待たずに元きた道を戻っていく。
呆けた様子で去っていく万丈愛を眺める万丈。そうか……彼女は漸く向き合おうとしているんだ。
万丈皐月と万丈司に……。彼女たちを前にして何を言うのかは分からない。でももう大丈夫だと思った。
「変わろうとしてるんだね」
もう万丈愛の姿が見えなくなった廊下を眺めながら山岸さんは言う。
そう……人間最初の一歩を踏み出すのは非常に勇気のいる事だ。それは歳をとって大人になるほど難しくなる。
でも、万丈愛は万丈皐月に声を掛け今回の事が終わったら家に司さんと二人で来るようにと言った。それが出来たのならもう大丈夫だ。
後は時間が解決してくれる……。さてと
「行こう……全てを終わらせにっ」
僕達は成すべきことを果たす為に足を踏み出す――。




