落ち着ける場所
教室から出た僕は、階段を駆け下りながらどこに向かうかを考える。それこそ普段使っていない頭を総動員して、だ。
まず、教室を抜け出したのが授業中……よって他の教室も只今絶賛大出血サービスで授業が行われている。
このまま帰るというのも手だったが、生憎カバンを教室に置きっぱなしにしてしまった。だとしたら考えられる行き先は、一つだけだ。
僕は一階に辿り着いたと同時にその行き先へと歩みを進める。
「ん? 珍しいわね、集ちゃんが来るなんて」
引き戸を開けると白の丸椅子に座っている白衣を着た女性が僕に話しかけてくる。
「集ちゃんって呼ぶなよ――美紗ねえ」
「コ〜ラッ……教師に対してそんな呼び方をするんじゃない」
貴方から先に仕掛けて来ましたよね〜、大人は本当に狡くて理不尽だなと改めて思う。清かった頃の美紗ねえはどこへ行ったのやら……。
僕はそんな事を思いながら白衣のお姉さん……もとい黒崎美紗を若干の恨みを込めて睨みつける。
「そんな目をしても、私は何とも思わないわよ」
そう言いながら彼女は、椅子から立ち上がり僕の前まで来て
「アンタが生まれてから、ずっとの付き合いなんだから」と言いながら僕の頭を撫でてくる……。小さい頃は嬉しいと感じたが、流石に高校生になると気恥ずかしいな……コレ。
そう、彼女……黒崎美紗は、僕の12歳年上の姉にあたる。
ここ……保健室の先生をしている。今は実家を出て学校からそんなに離れてない場所のアパートで、一人暮らしをしている。
「それにしても」
美紗ねえが僕の頭から手を離すと僕の足先から頭の天辺まで見やってから
「あんまり身長伸びてないみたいね」とニコニコしながら人が気にしてる事を言ってくる。
そう、僕の身長は平均の男性身長より8cmも足りない160cmなのだ。背が低い僕に引き換え美紗ねえは170cmの高身長……理不尽だっ!! 今でも欠かさず牛乳を飲んでいるというのにっ!!
オマケに僕は、中学は部活も入らずに過ごしていたから身体が細い……中肉中背の体型だ。
もし、身長が伸びる遺伝子があるとしたらそれは全部美紗ねえが持っていたとしか思えない。
「ふん、いいんだよ。これから背が伸びるんだからさ」と、僕は彼女から視線を逸らし不貞腐れたようにそんな事を言ってみる。言い終わった瞬間、美紗ねえは僕の身体を思い切り抱きしめる。
「いやぁ、その小憎たらしさ……相変わらず可愛いなっ!!」
僕は冷めた表情を美紗ねえに向ける……実のところ、この人は相当なブラコン気質の持ち主だ。
誰がどう見ても可愛い顔、ましてやカッコいい顔をしてる訳でもない……所謂中の下位の顔の持ち主の僕を、今日まで美紗ねえは溺愛してくれている。
まぁ、ここまでブラコン気質になったのか……思い当たるフシはあるけど。何にしても僕の学校生活において、ここまで心を許せる教師はいないと思う……姉弟だしね。
そして僕のボッチ生活においてこんなに心休まる場所は無いなと僕は美紗ねえの抱擁を受けながらそう思うのであった。
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