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僕のモノクロだった世界が君に出会ってから色付き始める  作者: 高橋裕司
第二章 銀狼と呼ばれた少女
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アンタは

 二条と言う地名に降りた僕らはそこから数分西へ歩くと目的の場所……“万丈児童養護施設“に辿り着く。先程まで雲一つない快晴の空だったというのに今は、どんよりと曇り空が広がっていた……。すぐにでも、雨が降り出しそうだ。山というのは、本当に天候が変わりやすい。


「随分……寂れてるわね」 

 と山岸さんがそんな感想を漏らす。


 僕は空から目の前に目を向けた……確かにこれは酷い。この僕等の前に聳え立つ門からしてそうだ。所々に赤錆が見受けられる辺り、きちんと整備を施しているようには見えない。


 国からの支援補助が少ないと聞きはするけど、ここまで酷い物なのか……?


 僕はふとそう思いながら、インターホンへと指を動かし鳴らす。

 暫くしてから、僕等の前に聳え立つ門が物々しい音と共に開け放たれる。


「……何の用でしょうか?」

 そこから出てきたのは、60代くらいの頭髪に白いのが混じった女性だった。女性は僕達4人の姿を訝しげに見つめた後

 


「……なんの用かしら?」 

 と、慇懃無礼な態度で言い放つ。


 その女性の着ている服に目を向ける……。上質な服、きらびやかな装飾に身を包んでいた。とてもじゃないが、児童養護施設の職員には見えないという第一印象を僕は抱いた。それに、この人の奇妙な物を観察するかのような目……何処かで見たような――どこだっけ?


「……すみません、ばん……皐月さんに用があって」

 僕はその謎の既視感を無視し事情を説明しようとそこまで言うと、女性は慇懃無礼な態度から高圧的な態度に変わる。


「皐月……あの、()()()のお友達なの?」

 僕はその言葉に息を呑む――おいおい、何を言ってるんだこの人。いくら万丈皐月が校内1の不良少女で素行が悪いと言っても今ここに居る女性にとって、家族も同然なんじゃないのか?

 女性は、さも面倒だという態度で


「いやね、困ってるのよ……。あの子が万丈児童養護施設(ココ)に来てからというもの苦情が絶えないのよ……。あんな子を引き取ったばかりに」

 僕は女性の言葉を聞き、だんだん苛立ちが積もっていく。


「……私は、赤城涼といいます。失礼ですが、名前をお尋ねしても?」

 いつもの態度からは想像できない懇切丁寧な態度で女性に接する赤城さん……。


「私は、ここの施設長の万丈愛ばんじょうまなだよ……」

 女性……万丈愛は嫌々といった、態度で答える。


 「あの失敗作は来てない……これでいいかい? こんなんでも忙しくてね」

 用は済んだだろと云わんばかりに、僕等に帰るよう露骨なまでに促す万丈愛。いくらなんでもおかしい――万丈皐月はこの施設で育った……。ならここの職員や子どもたちにとって家族同然の筈……。

 

「ちょっと待てよっ!?」 

 と雨宮さんが万丈愛に掴みかかろうとするが、それを肩を掴んで止める赤城さん。そして、再度万丈愛に目を向けて


「では……海斗と渓という二人は?」

 その問を赤城さんが問いかけた瞬間、万丈愛の目が大きく見開かれると


「あの二人の事をなにか知ってるのかいっ!?」 

 と大きく取り乱しながら言い放つ……なんで、万丈と扱いがここまで違うんだろう。僕は万丈愛に苛立ちが募るのを堪えながら万丈愛の顔を眺める。その顔は先程までの傲慢じみたものとは違い、悲痛なものへと変わっていた。何故その顔を万丈皐月に向けてやれないのか。


「何か、有ったみたいっすね」

 雨宮が真剣な顔で言う。


「何が、有ったんですか?」

 今まで黙っていた山岸さんが震えた声で問いかける。



「分からないけど昨日から帰ってきてないの……いつもだったら、連絡してくるはずなのに」 

 そう言って万丈愛は両手で顔を覆う。


「もし、あの子達に何かあったらと思うと……私っ」、

 ヒステリックな声をあげたかと思うと、鼻を啜る音が聞こえる……。

どうやら、泣いているようだ……ふざける、な。


「ふざけるなっ!!」

 突然の怒鳴り声に皆がその声を発した者に視線が集中する。その声を出したのは、他ならぬ僕だ……。


 もう我慢ができなかった。さっきから話を聞いていればこの人は海斗と渓という二人の人間を心配しているように感じない。

 万丈愛は海斗と渓を心配しているのではなく、自分の立場が危うくなるのを心配しているのだ――でなければ



『皐月……あの、()()()のお友達なの?』 

 あんな言葉が出る訳がない!!

 ぽつり、ぽつりと雨が降り出し僕等の身体を濡らしていく。

 

「あはっ、あはははっ」 

 僕は狂ったように笑う。その光景は、山岸さん達から見たら歪な光景だろう。

 そんなの……分かってる。だけど――僕はこのやり方しか知らない。


「さっきから、アンタはなんだ……ヒステリックに声を荒げてっ悲劇のヒロインのつもりか? 笑わせるなっ!?」

 僕の内の中で、自分では制御出来ない怒りに満ちた自分が体中を支配しようとする……。()()のままに叫べと――


「わたっ……私は、そんなつもりっ」

 万丈愛は、僕に怯えた態度でそれでも弁明しようとする。


「そうだろうがっ、じゃなければ……万丈を()()()なんて呼ぶわけないだろっ!?」

 僕の怒声に肩をビクンと震わせ息を呑む万丈愛。


「どうせ、その海斗と渓を心配しているのも……自分の、体裁を守るためだろっ!!」

 小雨だった雨が、次第に強くなっていく。優しく撫でる様に僕の身体に降っていた雨は気付けば、僕の身体に強く打ち付けくるように降っていた。


 初めてだ……他人の為に誰かを糾弾するのは。心地よくはない。だが、間違った事をしてるとはこれぽっちも思っていない。


 そうだ……思い出したっ!! あの目っ、僕は最近まで()()()に――晒されていたじゃないかっ!?


 周りが勝手にレッテルを貼り、煙たがれる。個人同士でやるなら大した問題はない――だけど、相手が集団なら別だ。


 陰で息を潜めて、その対象の悪口を口にする……それだけならまだ良い。問題は日向でも、平気で悪口を対象に聞こえるように言う事だ。おそらく、万丈皐月はこのケースだったのだろう。


 ――万丈も僕と……ある意味、同じだったんだ。


 レッテルを貼られ、僕は全てを諦めた……。でも、アイツは……必死で抗おうとした。その結果が、赤城さんや雨宮さんなのだろう――だからこそ


「大体、アンタやここの職員がしっかりしてればっ」

 万丈や妹さんが……この施設内で報われないのはおかしいっ!!


「……っ」 

 ――気付いたら、右掌を柔らかい物が包み込んでいた。驚いて僕は右に顔を向ける……。そこには、涙を浮かべた山岸さんがいた……なんで、そんな――今にも泣き出しそうな顔、してんだよ……。


「もう、大丈夫……集君の言いたい事、分かってるから」

 そう言って山岸さんは僕の首に手を回し、抱きしめる。彼女の頬から涙が伝い、僕の肩を濡らす。


 「だから……泣かないで、集君」


 僕はそう言われて頬に手を当てる。生暖かい液体が僕の頬を濡らしている事にそこで初めて気付いた。僕が泣いてること……そして、知らず知らずの内に右掌を強く握り締めていたことを。


 なんで僕……こんな事をしたんだ? 気付いたら叫んでいた。どうして? 理由は決まってる。万丈皐月が僕よりずっと不憫に感じたから。


 でも、今ここで万丈愛を糾弾しても何も変わらない。山岸さんのお陰で少し落ち着いた僕は、周りに目を向ける。


 そこには、ひどく怯えた顔で僕を見つめる万丈愛……。物珍しいものを見る顔で眺めてくる赤城涼と雨宮紗季がいた。


 また僕は、やってしまった――。


 僕は少し万丈愛に対して罪悪感を感じる。今この場で彼女を糾弾して何になる……なんの意味もないだろう。先程までの自分を打ち消すために僕は頭を振る……それと同時に


「ハァハァ」

 と荒い呼吸をしながら僕等の元へ歩いてくる男が一人。その男は、身体の至るところから血が吹き出していた。


 こちらへと歩いてくる姿も片足を引き摺っている……。しかも、引き摺っている足を動かそうとする度に顔を歪めている。足の骨を折ったのかもしれない。


「渓君っ!?」 

 と、万丈愛がこちらへと歩いてくる男にそう叫ぶのであった。

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