ここからが本番だ
かくして僕達は、万丈児童養護施設へと向かう事になった。
万丈児童養護施設は高校から歩いて数分の所に位置する駅から電車にのり、高校から見える海とは逆の鉄道を走って……5つ先の駅で降りる。
そこから高速バスに乗り換える。電車の移動時間で約一時間半、バスで目的地に着くのが約一時間。計二時間半か……割と遠いな、と僕は揺れるバスの中でぼんやりとそう考えていた……いや、考えないとやっていられない。
「……ンッ、…スゥ、ハァ」
耳元で喘がれると非常に男としては困るな……うん、どうしようか?
只今僕の隣では校内1の美少女で有名の山岸奏が、僕の肩に頭を乗せて無防備な姿を晒し寝息を立てている。
……いくら僕が、背が低くて小柄で男っぽくないからって流石に無防備過ぎないか……山岸さん。
前の座席に座っている赤城さんと雨宮さんが、こちらを振り返りニヤニヤとこちらを見ている。僕は溜息をつく。まさか、こんな状態になるとは思わなかった。周りに目を向けると他の乗客達が山岸さんを見ていた。
どこに行っても、皆同じ反応をするんだな。山岸さんが歩けば、道行く男子は足を止め彼女へと振り返る。最近、一緒に行動するからそんな光景をよく目にする。そんな事って……本当にあるんだな、漫画だけだと思ってた。
でも、それも仕方ないと思える。だって……一緒にいる僕から見ても彼女は綺麗だ。
僕は肩越しに彼女の綺麗な顔を眺める。
整った顔立ちにすっと鼻筋が通っている。目を開けた時の顔も綺麗だが、寝顔もそれはそれで……睫毛、長いなぁ。
「このまま、キスでもするのかしら」
「涼さん……アイツにそんな度胸ないですよ」
前方で、僕の現状を冷やかす二人……僕の気も知らないで。
「見てないで、手を差し伸べたりはしないの?」
僕は恨みをたっぷり含ませた目で二人を見つめる。だが二人は、そんな僕に笑顔で見返すだけだ。仕方がないから僕は、窓から覗く景色に目を向ける。
目の前に広がるのは広大な山々……。山と一言に言っても、形は様々だ。緩やかな曲線を描くもの、荒々しく尖っている山、高い山から低い山まで多種多様に存在する。
そう言えば、日本で一番高い事で有名なのは富士山だが、景色で有名なのは霧ヶ峰と言うところだと前に読んだ雑誌で書いてあった気がする。こんな山々に囲まれる場所で万丈は育ったんだな……。
「あぅ……すぴぃ、すぴぃ」
考えるな、僕っ感じるんだ僕っ!!……いや、どっちも駄目だろ。
意識をするなと言う方が無理な話だ。僕はいつも一人で行動していた。それが、こんな美少女と二人っきり……じゃ、ないか。
とにかくっ、僕の隣でしかも……僕の肩を枕代わりにされたらいくら山岸さんに害がなさそうに見られている僕といえど……無理があるぞ。
肩に山岸さんの温もりが伝わる。女の子ってこんなに柔らかいのか、と一度意識を向けただけでそう感想を抱いてしまう。
一度意識を向けてしまうと止まらないもので、今まで気にしないようにしていたさっきから僕の鼻孔を擽る山岸さんの甘い匂いに思考が飛ぶ。
なんで……ただのシャンプーの匂いだというのに、気になるんだろう? 今まで気にした事もないというのに……あれか、友達の事をもっと知りたいという僕の願望かっ!? 流石に重すぎるだろ、僕……山岸さんにこんな醜い願望を持っている事を知られないようにしようと決意した、その30分後……バスが目的地へと到着する。
「ンぅ、もう……着いた、の?」
山岸さんがゆっくり目を開け、まだ眠たいのか目を擦る。そして、暫くしてから自分が僕の肩を枕代わりにしていた事に気付くと、その整った顔立ちに朱が指す。
「あわわ、ごごっ、ごめんねっ集君!?……」
身振り手振りを使って盛大に謝る山岸さん。
「別に、気にしてない……寧ろ」
めっちゃ幸せでした……ハイ。
「寧ろ?」
山岸さんがキョトンとした顔で聞いてくる。
「な、なんでもない」
僕は彼女から目をそらしそっぽを向く。そのやり取りを見てゲラゲラ笑う赤城さんと雨宮さん。
「ねえ、二人ともっ……私寝てる間に集君に失礼な事してないよねっ!?」
と、山岸さんの鬼気迫るといった声が聞こえる。二人は
「さあ?」
と言ってまともに山岸さんと取り合おうとしていないみたいだ。
さて、ここからが本番だ……山岸さんの今にも泣き出しそうな声を聞きながら僕はこれからの事を改めて決意するのだった。




