銀狼と呼ばれたオレ 上
暗い夜道をオレは歩く。体中が擦り傷や痣だらけで、身体が悲鳴を上げる。痛い……けど、これはいつもの事だ。今に始まった事じゃねぇ。こういう道に進んだのは、いつの頃からだっけなぁ……と、オレは当時の事を振り返る。
◇◇◇◇◇
オレの家族は父、母、妹……司の四人家族だ……いや――だった、だな。当時、父と母は仲が良くなかった。
というのも、父も母も碌でもねぇ人間だったからだ。父は、毎日のように酒を飲んでは娘であるオレと司に対して暴行を加えていた。
母は母で毎日、ホストクラブに通っては父がいない時を見計らって……そのホストクラブで見つけた男を家に連れ込んでいた。
オレと司はその光景を見ていた……ある時司がこう言った。
「……お姉ちゃんだけは、私の味方だよね?」
と。その顔は不安で満ちていた。その不安を軽くしてあげたくてオレはその言葉に力強く頷いた……そうだ、オレがこの子を――司を守らなきゃ……そう思うようになっていた。
それから一週間くらいが経った頃……母がクラブでデキた男と一緒に駆け落ち同然で家から忽然と消えた。
家には、父とオレと妹……3人だけになった。そしてあまり記憶に残ってねぇけど、家族全員で食事を取る卓袱台には
「探さないでくだい」
と書かれた一枚の紙が置かれただけだった。
「クソッ」
暫くしてから父が突然部屋の中で暴れだす。部屋中の物を手当たり次第に投げ飛ばす。そしてあら方投げ飛ばすと、オレと司に暴行を加えようとした。オレは司を守る為に何度殴られ吹っ飛ばされても立ち上がりその度に殴られ続けた。司を、妹を守る為に……お陰でオレは顔は血だらけ、体中のあちこちに痣ができちまった。
父は殴り疲れたのか、放心しきった顔でオレを見つめ
「……その銀髪を見ると、また俺は殴りたくなる」
と今にも泣き出しそうな声で言った。
オレと司の両親は、父が日本人。そして母はロシア人。オレと司は日本人とロシア人の間に生まれたハーフだ。司は父譲りの綺麗な黒髪をしている……対してオレは、母譲りの銀髪だ……。
父は、この先オレの銀髪を見る度に今日の事を思い出し、またオレを殴るのではないか……そんな不安が頭を擡げる。
オレは……痛みで軋む身体を無理矢理動かし、司を連れて自分達の寝室へと向かった。あの場所にいては、いつまた殴られるか分からないからだ。
部屋に着くと、司がオレに思いっきり抱きつき泣き出す。身体が震えていた。司はいつも、父に殴られた日には……こうして身体を震わせて泣く。オレは司の背中に手を回して、そっと背中に手を置く。
「大丈夫……怖くない、"私"が守るから」
この時のオレはまだ自分の事を私と呼んでいた。まだ理解していなかったのだ……弱い事は罪だと言うことに。
父に殴られるかも知れないという恐怖を抱えながら迎えた朝……。だが、予想していた通りにはならず……オレと司はその日、児童相談所に連れて行かれることになった。
どうやら、近所の人が昨日の騒動が聞こえたらしい。それで朝、察にチクり……家に察が来て家の状況、オレと司の状態を見て父は察に連行された。
そして、オレ達は警察署での事情聴取の後……施設へと入れられた。
施設に入れられてオレは地獄を見た……どうやら施設には、ルールがある。と言ってもそんなに難しいものじゃねぇ。皆で協力して取り組もう、助け合おう……そんな感じの事だ。
だけど、施設に入った初日……オレ達は職員にここでの決まり事そして一日の簡単な流れを聞き、寝室へと案内される。
ここの施設は、中学を終えるまでは集団部屋……雑居で寝なくてはならない。雑居は一部屋4人まで。オレと司は姉妹だということもあり、同じ部屋にされた。そして、部屋に入ると――
「新しい人?」 と人懐っこい笑みを浮かべる男の子とオレ達を見ても一言も喋らずにジッと観察する男の子……計2名が部屋にいた。
確か、6畳一間の部屋……4人で寝るには狭すぎるが、この施設では二段ベッドが両壁際にそれぞれ置かれている。そして、右側の下段ベッドで横になった状態でこちらを凝視する少年に目を向け、再度こちらに走り寄ってきそうな活発な少年を見る。
「はい。海斗君も渓くんも、挨拶して」
職員にそう言われると海斗と呼ばれた人懐っこい笑みを浮かべた少年が、オレ達の元まで走り寄り……司の両肩に手をおいて独居、雑居関係なくベッドが置かれている。そして、雑居では両壁際に2段ベットがそれぞれ置かれている。右の二段ベッドの下の段にいる男の子を見る。
「俺は、海斗。宜しくね」
と、オレと司を交互に見ながら言う。
「私は司、宜しくね。海斗君」
司は海斗に笑顔で答える。
「皐月……宜しく」
オレは、海斗の顔を見ずにいう。
そんなオレを不思議そうな顔を浮かべて見た後、後ろを振り向き
「……ほら、渓君も挨拶する」
と、満面の笑みを浮かべ海斗はさっきから一言も喋らずに、オレ達をジロジロ見ている少年……渓を促す。
渓は横になったまま暫く海斗を見つめた後、オレと司に目を向ける……
「渓……万丈渓」
感情の一切を捨てた無機質な声にオレと司は肩をビクンと震わせる……なんだ、コイツ。
オレ達を映し出すその瞳は、光を感じさせない冷たい瞳をしていた。無表情のその顔からは生気を感じ取れない……まるで、生きた屍みたいだった。渓は、それだけ伝えると私達に背を向け……そのままピクリとも動かなくなる。
「さて、と。今日から皐月ちゃんも司ちゃんもこの"万丈児童養護施設"の家族の一員よっ」
と明るく告げる職員。今日からオレと司はこの万丈児童養護施設で過ごすのだ。
だが、このときのオレは分かっていなかった。父の暴力から解放されたことにより、これで全てが終わったと勝手に思い込んでいた。
後数日したら、オレは理解する……この場所は
天国じゃなく、地獄だということを――。
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