こういう存在も時には必要だよね
――葬式会場かよ、ここは。
窓から覗く透き通った青空を眺めながら僕は心の中で、毒づく。
教室全体を見渡すと誰も口を開かずにじっとしている。僕は教卓に目を向ける。すると体格の良い40代くらいの男が腕組みをした状態で座っている。
なんでこんな状況になったんだっけ? あぁ思い出した。あれは今朝の事……。
いつも通りに僕が山龍高校に登校して、自分の教室に向かった……んだけど。教室に着くと、いつもと違う光景に僕は驚く。
普段綺麗に並べられている机や椅子が全て倒されている。これは喧嘩かと思い僕は周りを見回す。だけどその場にいた全員の顔を見ても皆一様に戸惑ったような表情を浮かべている。
なるほど、つまりあれか。ここにいる全員教室に入ったらこんな状況でどうしたらいいか分からなくて佇んでいるのか……。
取り敢えず机や椅子直せば良いのにと思う。が、それを口にする気もないし……ましてや行動を移す気もない。
理由は簡単……目立ちたくないからだ。ここでそんな行動を取ったら周りから『コイツ変な奴だな、空気読めよッ!!』……と思われてしまう。
そんな事はないのかもしれないけど単純にそれをやるのが面倒くさい……多分ここに呆けてる皆はそういう考えなのだろう。
それに、やった事で変な風に受け取られたくない……郷に入れば郷に従え……。誰もやらないのなら僕も合わせる……。それが波風を立てない一番の選択。
僕はとある時期から人と接触しないように努めている。そのお陰で小、中とずっと一人ぼっちだった。
だがその事について悔いや羨望などといった想いは一切ない。
何故ならそれは周りの環境なども多少あったと思うけどそれは全て自分で選択したことだから。
それに誰にも干渉されない、そもそも存在を認識されていないから命令されることもあまりない。ボッチ最高っ!! と思わずにはいられない。と話を元に戻そう。
僕が教室の惨状を発見してから10分後ようやくチャイムが鳴り担任の中山先生が教室に入ってくる。先生は教室の中を見て暫く目を瞬いた後
「まずは倒れた机や椅子を皆で直そっか?」と皆に呼びかける。
僕は内心、ですよねー。と思いながら机や椅子を直す作業に入る。
そして今に至るという訳だ……。それで僕のクラス、1年2組の1、2時限がホームルームだからこそ今この状況が生まれてしまった。
今、全国民に問いたい……。今僕達が過ごしている時間は何なのかと。
おいおい……なんだよ、この空気は。犯人探しに付き合ってる暇なんてないんだぞコッチは……。
かれこれ授業が始まってからこの静寂が1時間も続いている。1時間だぞ。いつもの昼休みや授業と授業の合間なら読書してればいいけど、流石に授業中な上にこんな空気の中本を読んだら非常に目立つので僕は何も出来ない……まぁ、それはここにいる全員同じなんだけど。
どうやらこの担任中山武蔵先生は、犯人が名乗りを上げるまでこの状況を続けるつもりらしい……。
この先生は曲がった事が大嫌いな性分で今回みたいな事があった場合犯人が名乗り上げるまで相当粘るタイプの人間……僕としてはこの空気が面倒だからさっさと終わってほしいなって思う。
僕は元来こういう空気が苦手だ。叱られているのならこの状況も仕方ないと受け止めよう……。だけどこれは違う。
この状況は犯人が見つかるまで延々終わらない。かと言ってこの場でその犯人が名乗りを上げるかというとそうでもない。
この場で名乗りを上げたら教師はおろかクラスメートから手厚いバッシングがくる上、翌日からその犯人はクラスメートからハブられる事だろう。
そんなの誰だって受けたくない。それに多分、こんな事をしでかしてしまった自分を恥ずかしく思うことだろう。
結論から言うと僕はこんな事無意味だと思うんですよ。
正義感がある事は悪いことじゃないけど何処かのメガネかけて赤い蝶ネクタイした奴が言ってるみたいな真実はいつも1つッッ!! じゃないと思うんですよ僕は、ハイ。
大体こんな空気になったら周りの人間は疑心暗鬼に陥って周りの人間を見回してしまうことだろう……ほら一番前の席にいる金髪君……名前、何だっけ?
イケないイケない、もうこのクラスになって2ヶ月経つのにクラスメートの名前も覚えてないなんて……しかも確かこのクラスの中心人物だったはずだぞ。どんだけ人に興味がないんだ、僕は。
まぁでもその中心人物の金髪君でさえも、ああなるんだ。早いとここの状況を終わらせたい。ボッチな僕でも精神衛生上好ましくないからね。
と、そこでずっと黙って目を瞑っていた中山先生がその厳つい目をゆっくりと開けながら
「誰も名乗りを上げないのか。お前達恥ずかしくないのかっ!!」とバカでかい声で、正義感溢れるお言葉がその大きい口から発される。
ええ〜〜ッッ!!……1時間も黙っといて、何開口一番怒鳴りつけてんの。流石の僕でもドン引きのレベルだよ……そんな空気じゃないでしょ。
周りの連中も、その怒鳴り声に戸惑いの表情を顕にする。そりゃそうだよね。僕だって戸惑うもん、この状況にした張本人がいきなりブチギレてきたら。
僕はもう我慢が出来なくなって静かにその場で。瞬間周りが僕の方を凝視する……あぁ、ヤダというより面倒くさい。人から注目されるのは昔から面倒な事でしかない……。
なら、なんでやるかって? さっきも言ったとおり、この空気が嫌いだから……それに、悪者が発覚するまで終わらないなら……別に、それが本当の犯人じゃなくたっていい。
――だったら、この空気を終わらせる為に……犠牲になってやるよ。
だって今の今まで誰とも関わらずまた認識されずに来たんだ。だからそんな僕が名乗り上げたところで、気にするのは長くて3日くらいだろう。
「えーと……すまん、誰だったかな?」
ですよねー。だってこの2ヶ月一言も喋らず空気のように振る舞っていたのだから……まさか、生徒だけじゃなく担任にまで僕の存在を認識されてないとは思わなかったけど。
どっちにしてもこんな行動をとって目立っているし、名前も呼ばれていただろうから余り関係ないけどね。
「黒崎集です」
僕は久々に学校内で声を発する。前喋ったのは入学した初日の自己紹介でだったっけな……久々に喋った内容が自分の名前とか皮肉なものだ。
「お、お前が今朝のをやったのか……?」
中山先生は若干戸惑ったように聞いてくる……何その反応? いくら今まで認識してなかったからってそんな対応されちゃうと泣きたくなるんだけど。
「僕がやりました……。理由はむしゃくしゃしたからです」と、僕は適当な理由を口にする。むしゃくしゃしたからって……。どんだけ情緒不安定な人間なんだよ……。
クラス全員の目が僕の事を見つめる。ただし、先程とは違う種類の目だ……さっきは突然の名乗りに戸惑って皆呆然と僕の事を見ていた。
だが今はようやく見つけた敵に今にも飛びかかりそうな血走った目を各々している――おう、怖っっ!!
身の危険を感じ僕はその席から立ち窓とは反対側の出入り口に歩き出す。
「おい、待て話はまだ終わってない」
中山先生が顔を怒りで真っ赤にしながら注意してくる……この人、感情コントロールが上手くできないのかなあ。
僕はその言葉を無視して教室を出た瞬間に階段に向けて全力ダッシュする。ボッチ舐めんなよ、こういう時の逃げ足だけは速いんだから……それこそ、世界で金メダル取れるレベルだっ!!……言ってて悲しいな。
さてと、これで教室の空気はさっきより良くなるだろう。最初の3日間くらいは僕への風当たりが強いかもしれないけど、それさえ凌げば風化するだけだ。最初から無かったことのように扱われるに違いない。
それにあの状況じゃ犯人は名乗り辛いだろう。さっきも言った通り相当なバッシング、それから翌日からハブられる事間違いなし……それは先程のクラスメートの血走った目が証明される事だ……怖かったよ、ママ。
なら、いつまでも沈黙状態を維持するより明確な意識を持った状態にしたほうがいい。アイツらは犯人が見つかったら糾弾したいだけの連中なのだから。
別に本当の犯人じゃなくて構わない……要は糾弾できる相手がいれば良いのだ。但しこれがクラスの人気者だったりしたらそのクラスは一生その重たい空気をこの高校を卒業するまで抱え続けることになる……考えるだけで面倒くさい事このうえない。
その上で言うなら、僕は今まで空気同然の人間、担任の教師にまで認識されていなかった人間だ。これ程糾弾する相手にうってつけなのはいないんじゃないか?
暫くは絡まれるんだろうな〜〜、人と関わりたくないのに。まぁでも仕方ないか、こういう存在も時には必要だよね。
僕はそんな事を思いながら階段を駆け下りていく……。
これが後にまさか、僕の日常が大きく崩れ去るとも知らずに。
続きが気になった方ブックマーク並びに感想ご指摘など宜しくお願いします^_^