いつかこの恋心が
1限の授業を受けている間、私はさっきの黒崎君と万丈さんを交えたやり取りを思い返す。
主に万丈さんが黒崎くんの事を下の名前で呼んでいたことを。私だって……黒崎君のことをそう、呼んでみたいのに。
彼とはまだ同じクラスとはいえ関わり始めたのはつい二週間ほど前……流石に下の名前で呼び合える程の仲ではない。
にも関わらず……つい昨日知り合ったばかりだというのに、黒崎君のことを下の名前で呼んでいる。
羨ましいけど黒崎君も黒崎くんだよね。なんか、私の時と大分反応が違うんだもの。私は目を閉じ、周りに気づかれぬよう小さく溜息をつく。
◇◇◇◇◇
午前中の終わりを告げるチャイムが、鳴り響くと私は黒崎君に話しかける為に、彼の座る席に向かおうとすると
「ちょっと、奏」と後ろから声を掛けられる。
振り返ると小学校からずっと一緒の、冴島凜が立っていた。
私は黒崎くんのいる席に目を向けた後、目の前にいる凜に目を移す。黒崎君と話したいけど、しょうがないよね……。
「凜……何?」
私は黒崎君に話しかけれない事を少し、残念に思いながら凜に返事をする。凜は無表情のまま
「貴方、最近変よ」と唐突にそんな事を言ってくる。
「変ってどこら辺が?」
「私達の前では普通……だけど」と言ってから、凜は黒崎君に視線を向ける。
「彼の前では、明らかに態度が違う」
「確かに、そうね」
私は、凜の言葉に頷く。
確かに2週間前の私だったら、黒崎君に対しても凜達と同じ態度を取っていた……いえ、それ以前にあの一件がなかったら卒業まで、私と黒崎君は平行線だったかも知れない。でも一昨日、中山に襲われる寸前の所で来てくれた黒崎君に私は
―――初めての恋をした。
こんな感情を抱いたのは初めて……。
黒崎君のことをもっと知りたい。
黒崎くんをずっと見ていたい。
黒崎君に私の事をもっと知って欲しい。
黒崎君に、私の事を見てもらいたい。
私ってこんな単純だったのかと自分でも呆れる……でもそれだけじゃない。彼は上辺だけ取り繕ってる私ではなく、本当の私を見てくれた。だから私は黒崎君の前では、気を遣わずに本来の自分を出せる。
たまにウザがられてないかなと少し心配だけど……2日前と大分キャラ違うし。でもそんな私を、黒崎君は変わらずに受け入れてくれる。
初めてあった時は人間嫌いなのかなと思ったけど、何かと優しい……
そんな所も好きなんだけど。
「彼に関わるのをやめた方が良いわ」
凜のロボットのような抑揚のない無機質な声により黒崎君のことを考えていた思考が止まる。
「凜、ごめん今なんて言ったの?」
私は再度凜に確認を取る。
「何度でも言うわ……黒崎集に関わるなと言ってるの」
さっきより冷たい印象を受ける声音で告げてくる凜。
―――どうして、そんな事を言うの?
「……理由は?」
私は怒り出しそうな自分を、必死にに抑えて問いかける。
「奏……周りが貴方のことをなんて言ってるか知ってる?』
凜は辛そうな表情を浮かべる。
「節穴女……周りからそう呼ばれてるのよ」
節穴女……どういう意味?
「黒崎集というクラスの中で浮いてる人間にばかり、構うから皆貴方には人を見る目がないと馬鹿にしてる」
「そんなことないっ!!」
私はその言葉に反発する……もう我慢の限界だった。人を見る目がない? それは私ではなく皆のほうじゃないの。
気付けば、周りが私達の方を見ていた……勿論黒崎君も。だけどそんなことを気にせず私は言う。
「黒崎君は良い人よ。彼を悪く言う事は私が許さないっ」
襲われそうになっていた私を助け、私に本当の意味での居場所をくれた……そんな優しい黒崎君を悪く言われて良いはずがない―――例え相手が、幼馴染の凜でも。凜は私の傍に来て耳元に、顔を近付けて
「奏……貴方がもし、黒崎集に淡い恋心を抱いているのなら早くそれは捨てなさい。それは一生叶うことはないのだから」
と私にだけ聞こえる声で言う凜。私はそれを聞き終えてから数秒、凜を睨みつけたあと黙って教室をあとにする。
どうしよう…! 黒崎君に、この事なんて言い訳したら。明らかに目立ってしまった凛とのやり取りを黒崎君に、どう誤魔化そうか悩む。
『奏……貴方がもし、黒崎集に淡い恋心を抱いているのなら
早くそれは捨てなさい。それは一生叶うことはないのだから』
凜に言われた言葉が私の胸にチクリと苦い痛みを与えてくる。そんなの凜……言われなくたって分かってるわよ。そう、この恋は決して実ることはない。
それは黒崎集に恋心を抱いた瞬間に……理解していた。だからこそ私は、黒崎君にあんな態度を取っている…、付き合う事ができないからウザがらるのを承知で、甘えた様な事をしている。
私は、窓から覗く空を見た……朝は、青空が見えていたのに今は曇りがかっている……そう言えば、午後に雨が降るんだっけ?
傘を持ってくるのを忘れちゃったけどたまには雨に打たれて帰るのも良いかもしれないなと思う。
私は、これからも変わらずに黒崎集を想い続けよう。例えいつかこの恋心が儚く消え去るものだと分かっていても。
それでも……私が最初に恋心を抱いた相手なのだから。
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