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例えそうだとしても

「…………」


 私の前をずんずんと歩いていく集君の後ろ姿をじっと見つめる。周りにはきっと呆けた表情で眺めているように見えているかもしれない。だってそれほどまでに――。

 私はすぐさまその場にしゃがみ込み顔を地面へと向ける。なぜそうしたのかは決まってる。急に恥ずかしい気持ちが込み上げてきたから。


『いつもありがとう……これからも宜しく』


 ずるいよ集君……。いきなりそんな事言うなんて。それじゃますます集君の事好きになっちゃうじゃん。

 いつも私が集君に対して一方通行だった。初めて出会った時私は集君に嫌われていたし、私も集君の事をクラスが一緒だというのに彼がクラスにいる事をその日まで全く気付かなかった。


 いてもいなくてもいい存在……。集君はあのクラスの中でモノクロだったんだ。その場にいるのに目立たないそんな存在。それは周りが勝手にそう思ってるんじゃなくて集君自身もそれを望んでいた。誰とも関わらず静かに過ごしたいと。それが彼の日常だったんだ。

 でもそれは私の起こしたある事を切っ掛けに変わった。私が教室の机や椅子を全部倒したことによって。あの時の私はその日まで溜まったストレスが抑えきれなくてそんな行動を起こした。全てを終えてから私は怖くなってその場から立ち去った。逃げ出すくらいなら最初からしなければよかったのに。


 多分……ううん、確実に心が壊れたんだ。本当の自分が分からなくなってそれでそんな事をした。翌日担当の教師……今はもういない中山が犯人探しをHRの時間に始めた。クラスメイト達は興味ないという人、誰が犯人か訝しんでいる人、その状況にどうしたらいいか分からず戸惑っている人と色んな反応を見せていた。

 私はその状況に怖くて手を挙げられなかった。自分がやったことなのに私は自分の保身に走った。私がやったというその事実を皆に知られて、それで私の評価や信頼がなくなったら……そんな事を考えてしまったから。でもそんな時に――あの子が手を上げてくれたんだ。

 最初見た時は誰この人って思った。こんな人うちにいたっけ? って。その証拠に中山も彼のことを知らなかった。教師が覚えてないというのもどうかと思うけど。でも私はそれを機に黒崎集という人間をもっと知りたいと思ったんだ。元々知らなかったっていうのもある。でも見ず知らずの人の為に自分がやった訳でもない罪を被った彼に興味を持つのは当然だと思う。

 今はそれなりに仲良くなってると思うけど最初の頃は大分警戒されてたな。話し掛けても無視されてたし。


「本当……変わったよね」


 私はその場から立ち上がり彼が歩いていった道を辿るように歩く。

 初めの頃は全く笑いもしない、可愛げのない男の子だなと思った。女の子にも遠慮なくズバズバ言う……そんなだから友達が1人もいないんだって。

 でもそんな彼に私は憧れていたのかもしれない。私はずっと自分を隠して生きてきた。自分の本当の思いから目を逸らして。でも黒崎集は違う。人嫌いな面も確かにある。でも完全に人が嫌いなわけじゃない。彼は多分臆病なだけだ。そうさせたのは、彼の過去であり環境なんだ。

 もう集君と関わるようになってから1年と半年が経とうとしている。最初の頃と違ってよく笑うようになったと思う。それも自分が本当に笑いたいと思った時に笑うから、よく言えば素直なんだと思う。それを理解できない人には無愛想に映るんだろうな。でもそれでも良い。集君の良さを私や彼と仲のいい皐月達が理解していれば。

 最近集君は私の事を好きなんじゃないかって思う時がある。それはこの前東堂君の件で仲違いしててギクシャクしてた時に謝りに来たことだ。あの時の集君はどこか焦ってるような感じだった。まるで私との関係が壊れるのを恐れてるような――。

 それがどういう気持ちであんな顔をしていたのかは分からない。あんな……今すぐにでも泣き崩れてしまうような顔を。


「……たとえ」


 私は短くそう口にしてから慌てて首を左右に振る。

 もし集君が私の事を好きだったとしても私は……その想いに答えてあげられない。私も集君の事が好きだけど……。だって私には――。



 ――婚約者がいるんだから。


 私は少し気まずい思いを引きずりながら、廊下を歩くのだった――。

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