希空ちゃんは1人なんかじゃない
「はぁはぁ……っ……やっと……着いたっ」
僕は山龍小学校から少し離れた場所にある希望ヶ丘公園に辿り着く。くそ、最近走ったりとかしてなかったから。少し走っただけで疲れる。完璧なスタミナ不足だな。
僕は公園内に目を向ける。そこには泣き出しそうな顔をしている希空ちゃんとこちらに背を向けたままでいる奏さんの姿。
僕はゆっくりと彼女達の元へ歩いていく。歩いてすぐに希空ちゃんが僕の存在を認識する。希空ちゃんが僕に向けた顔は凄く怯えたものだった。
「お待たせっ」
僕はそう言って奏さんの隣に立つ。そして目線を奏さんに向ける。でも僕は奏さんの顔を見て息を呑む。
「どう、したの?」
だって彼女が……泣いていたから。奏さんは僕を一瞥した後、目を伏せながら言う。
「希空ちゃんの事について聞いていたの……」
「希空ちゃんの事……?」
僕は希空ちゃんに目を向ける。希空ちゃんは依然として黙ったままだ。
「希空ちゃんのお母さんね、病気なんだって……。助かる見込みはない。今日死ぬかもしれないし、10年先かもしれない状態なんだって……」
奏さんの瞳は切なげで儚かった。
「それ海外にいるときから?」
僕は視線を希空ちゃんに移しながら尋ねる。希空ちゃんは静かに頷く。
「ならどうして日本に?」
「ママが……パパの生まれ育った、場所が見たいって」
顔を俯かせながら希空ちゃんは言う。
「だから、あの子達に虐められても家族には言ってないみたい」
奏さんの言葉に僕は胸が辛くなる。
「そうか。だから……」
だから希空ちゃんは、1人でここまで頑張ってきたんだ。
普通辛い事があれば、家族に相談する。それが1番心身を落ち着けるから。でも僕や奏さんは、家族と呼べる人……頼れる人が1人もいなかったから。だから1人で全てを背負い込んで生きてきた。でも希空ちゃんの場合は……。
「……優しいんだな」
僕は、止めていた足を1歩1歩希空ちゃんの元へ歩いていく。僕が1歩1歩踏み出す度に彼女の肩が小刻みに震える。
「苦しかったね。辛かったよね……」
僕は希空ちゃんの少し手前で止まる。
そう、希空ちゃんは頼れる存在が……家族がいる。だけど今聞いた通りお母さんがそんな状態で、日本に来たいといったその思いを優先させてあげたかったんだと思う。いつ死ぬかもしれないのに、自分が虐められてるなどと言ったら、きっと心配をかけてしまう。
だからこそ言えなかった……。この子はいつ死ぬともしれない母親の為に自分を犠牲にしてる。なんていい子なんだ……。
「わたし……一人ぼっちになんてなりたくないよ〜っ」
少女はそう言って目から大粒の涙を幾つも作り頬に零させていく。少女の持つ金髪と相まってどこか神々しさまで感じさせるその光景に僕は息を呑むと同時に考える。
誰だって望んで1人になりたい人なんていない。皆周りが……環境がそうさせてる事の方が多いよな、と。
僕は少女の前まで歩み寄り彼女と目線を合わす為地面に膝を着く。そして少女の綺麗な金髪に触れながら
「大丈夫だよ。君は……希空のあちゃんは1人なんかじゃない」
少女は不安そうに僕を見る。僕はそれだけで彼女の言いたい事を理解する。
「今は1人でもいつになるか分かんないけど、きっと希空ちゃんの事を理解してくれる素敵なお友達が出来るさ」
――僕がそうだったように。
「うわあーーーんっ!!」
希空ちゃんの泣き声が周りに響き渡る。僕はそんな彼女を強く抱き締める。
「もういいんだ……。1人で頑張らなくて……」
願う事ならどんなに掛かってもいい。坂巻希空という女の子に理解者が現れてくれと強く願いながら。僕は彼女が泣き止むまで抱き締め続けた――。




