頑張ったな 下
「……ふぅ」
俺はパンダ(パトカー)を振り切って、近くにあった公園の駐輪場にバイクを止める。メットを外し後ろを振り向く。
「……楽しかったな」
後ろでは万丈が楽しそうに笑っていた。
「やっと笑ったな」
「……え?」
俺の言葉に目を丸くする万丈。
「旅行が終わってからずっとお前に会ってなかったからっていうのもあるけど、久しく笑顔見てなかったからさ。さっき駅で会った時なんて様子がおかしかったしよ?」
それを聞いて万丈は顔を俯かせてしまう。
「だからお前がバイク乗ってる時の笑い声聞けて……」
俺はそこで言いかけてた言葉を飲み干す。『嬉しかった』って『安心した』って言おうとした。は? それじゃまるで俺がコイツに会えなくて寂しがってたみてえじゃねえか?
「……オレさ」
万丈が徐に喋り出す。彼女に目を向けると俯かせていた顔はもうすでに上がっていた。目に薄っすらと涙を溜めながら。
「……初恋、だったんだ」
俺は黙って万丈の言葉を聞く。彼女の肩が小刻みに震える。
「オレの事を受け入れてくれる素敵な王子様……だったんだよ」
そうか。万丈は本当に集の事が好きだったんだな。アイツは本来誰にでも優しい人間だ。だからきちんと集を見る人間が惚れない訳がない。でもなんだ? その言葉を聞いてチクリと胸が痛んだような気がする。それと同時にどこかホッとしている自分もいる。ホッとするって何にだよ? コイツが振られて、ホッとしてんのか?
俺は奥歯をギリッと音が立つほど強く噛みしめる。
もし、万丈が集に振られてホッとしてるんなら俺はとんだクソ野郎だな。俺の好きな女が目の前で泣いてるってのに。ホッとするなんて最低だろ……ん?
「……っ」
俺は驚いて口を手で覆う。
おい待てっ!? 好きな女? それって誰だ? まさか……俺は万丈皐月に恋でもしてるってのか? だとしても俺は……。コイツに何もしてやれない。コイツは振られて傷付いてる。そこに俺の気持ちをぶつける事なんて出来ない。
「……歩?」
キョトンとした顔で俺を見つめる万丈。なんだ……意識したらなんかすげぇ可愛く見えてきて困るわ。なんかさっきより、銀髪が綺麗に見えるし、顔も顔で男らしいように見えてたけど、女らしいなって思えてきた。いきなり色々変わりすぎだろっ!?
……と、とにかくっ!! 今の俺に出来る事があるとすればこれだけだ。俺は万丈の前まで歩き、彼女の前髪に軽く触れながら
「……頑張ったな」
と耳元で囁くように言う。そして空に目を向ける。パンダ(パトカー)を振り切るのに結構時間を使ったせいか空は朱に染まっていた。
俺は万丈から離れバイクの元へ歩き出す。
「帰るぞ」
という言葉を後ろにいる万丈に発しながら。
「歩」
小声で俺を呼ぶ万丈の声に足を止め、顔だけ振り向かせる。すると少し赤く染まった顔で
「有り難う」
と言われた。
「ば~かっ。とっとと帰るぞ」
俺はそれだけ告げると前を見て再び歩く。後ろからカツカツと足音が聞こえる。万丈が付いてきてる事が分かった。
俺も今回を機に自分の気持ちに向き合う必要があるなと実感した。帰ったら、もう1度振り返ろう。俺が万丈の事をどう思っているのかを――。




