私のもう1人の親友 下
◆◆◆◆
12歳の夏の事。
私達はいつもと変わらず屋敷内で遊んでいた。もうこの頃には私は学校では虐めを受けて、完全に孤立している状態だった。両親を亡くした当初は凜とも距離を暫く取っていたけど、今では昔のように遊ぶ事が増えていた。
いつものように缶蹴りでもして遊んでいると
「……ウゥッ」
急に美玖がお腹を押さえて呻きながらその場で蹲ったのだ。いきなりの事に私と凜は呆然となる。そして尚も呻く美玖を見て私は緊急事態だと認識する。
「凜っ、早く誰かを呼んできてっ」
私がそう言うと凜はすぐさま走り出す。
私は美玖の傍へ駆け寄り声を掛ける。
「美玖っ大丈夫っ!!」
「大丈夫じゃない、かもっ」
美玖は額から大粒の汗をいくつも吹き出させながら答える。表情は苦痛で歪んでいる。
早く誰か来てよっ!? 私は内心そう思いながら尚も美玖に声を掛け続ける。
「美玖っ!?」
的場さんの声がして顔を上げる。慌てた様子でこちらに全力で走ってくる的場さん。
「的場さんっ……美玖は、美玖は大丈夫だよねっ!?」
私が問い掛けると的場さんは真剣な顔で
「あぁ、大丈夫……。今救急車を手配したから」
「うああぁぁ、あぁっ!!」
そこで一際大きな声で喚く美玖。
「美玖っ。大丈夫、大丈夫だぞっ!!」
そう言う的場さんの顔は必死さが感じられて声もどこか縋るように、自分を安心させるかのように聞こえた。
程なくして救急車が来て、美玖は搬送される。救急車には的場さんが同乗して付いていくことになった。私も付いて行きたかったけど、叔父さんがそれを許してくれなかった。仕方なく私と凜は屋敷内で美玖と的場さんの帰りを待つ事にしたけど、その日は2人とも帰ってこなかった。
その翌日、私達の前に的場さんが現れる。だけど、その表情はひどく暗く沈んでいた。私は的場さんが目の前まで来ると
「ねえ的場さん。美玖は……美玖はどうなったのっ!?」
私が問い掛けると
「っ……ぐふっ、うああぁぁっ!!」
的場さんが急に泣き崩れる。
それを見た私は凜へと視線を向ける。彼女も的場さんの様子を見て泣き出す。私はその光景を見て悟る。
そうか。また私は失ったんだ……。大切な存在を。
あれ? なんで……。泣きたいのに涙が出ない。美玖を失って辛いはずなのに1滴も流れない。私は泣いている的場さんと凜を交互に見る。2人とも目から大粒の涙が流れていた。なのになんで……。なんで私は涙が出ないのっ。的場さんや凜と同じように辛いはずなのにっ!?
その後、的場さんは泣き止みこの事を叔父さんに報告する。叔父さんは表情1つ変えずに淡々と聞くと1言。
「どうだ。神奈川に別荘があるんだが、娘さんの葬儀が終わったらそこの管理人でもやってみたらどうだ?」
「叔父さんっ!!」
私は叔父さんのその言葉に怒りを抱く。的場さんにとって大切な1人娘である美玖が死んだのに、淡々と聞いた挙げ句普通に仕事の話をするなんて……。
「なんだ? 子供が出しゃばるんじゃないっ!!」
そう言って私に詰め寄ると腕を振り上げる。私は叩かれると思って目をギュッと瞑る。
「な、なにをするっ!?」
叔父さんの戸惑う声が聞こえて目を開けると、叔父さんの振り上げられた腕を的場さんが掴み取っていた。
「やめてください……。今の私は、娘を失って悲しい気持ちでいっぱいなのに……。私の目の前で娘が、美玖が親しくしていた子にっ手を上げるのは許さないっ!!」
「……ぐっ」
その時の的場さんの瞳は怒りでギラギラとしていてとても怖かった。その的場さんの目に気圧される叔父さん。
「それでは娘の葬式の手配など色々やる事があるのでこれで失礼します」
そう言って去っていく的場さん。
それから的場さんは私達の前に姿を現す事はなかった。後になって分かった事だけど、美玖は盲腸……、急性虫垂炎という病気で亡くなったらしい。私はその病気について本で調べた。
異物などが原因で虫垂と呼ばれる器官が塞がってそれにより炎症が起きるとその本には書かれていた。当時の私にはそれを理解するのは難しかった。でも症状などは読んでいて美玖に当てはまる部分が多かった事を今でも覚えている。
「結局、美玖の葬式には行けなかったわね」
庭園のベンチで景色を眺めていたら横から声がして目を向けると、凜が立っていた。
そう。的場さんがいなくなってからもう1ヶ月が経った。流石にもう葬式は執り行われたであろう事は、たまに叔父さんの関係のある人の葬式に何回も出ているから、その経験上私と凜は理解していた。
「聞いたんだけど、的場さん……神奈川に移ったって」
凜がそう告げてくるけど、それはもう知っていた。
叔父さんに言われたのもあるけど、叔父さんにあんな事をしたんだから。叔父さんとしては顔も見たくないと思ったはず。
「奏……。美玖の分も生きようね」
そう言って抱きしめてくる凜。
私は、美玖が亡くなった事を聞いて泣けなかったあの時から考えていた。なんで私は泣けなかったのかと。そして1つの答えが出た。
もう私は失うことでのあの胸の苦しみを味わいたくないと心の奥底で思っている。泣けばもっと辛い気持ちに、激しい痛みに襲われると分かっているから。だから感情が無意識にストップされる。泣くまでに至らないように制限される。
「……なら私は」
凜やこれから出来るかもしれない大切だって思えるような人達が死んだら私は今みたいに泣けないのかな?
私はギュッと今も尚抱きしめてくる凜を眺めながらそんな事をふと思った――。




