尊敬するよ
「これが俺と雫の間にあった事だ」
暗い目をしながら語り終えた川崎さん。僕はその話を聞いて悲しい気持ちになる。まさか川崎さんと木下さんにそんな過去が有っただなんて……。
僕は天井を見上げる。天井は黄土色で店内の雰囲気になんとなく合っているように感じた。
川崎さんは中学の頃からずっと悩み続けてきたんだな。
僕は櫻井智子について考える。
僕は元来、人を虐める奴は心の弱い人間なんだと思う。そして心の弱い人間が安心する為に取る手段は2通りある。
1つは他人と群れて孤独じゃなくなる事で安心感を得る手段。
そしてもう1つは自分より劣ってる奴を虐めて優越感に浸る事で安心感を得る手段。
櫻井智子は後者の人間だ。なんでも自分の言う通りにならなければ気がすまない我儘な人間……。いじめっ子としては相当質の悪い人間だ。こういう人間はとことんまで痛い目を見なきゃ、他人の痛みに気付く事なんてないだろう。
「俺は結局……、アンタと違って逃げてばかりだよ」
顔を俯かせて言う川崎さん。でも僕はその言葉に疑問を持つ。
「アンタと違って?」
気になった部分を口にすると川崎さんは静かに頷く。
「だってそうじゃないか。俺は逃げてばかりだけどアンタは立ち向かってる。理不尽な事があっても逃げ出したりせず前を向いてるじゃないか」
僕はその言葉に固まる。
そして心の中が徐々に暖かくなっていく。
そうか。僕そんな風に見られてたんだ。
「俺はそんなアンタを心の底から尊敬するよ」
項垂れながら彼は弱々しく口にする。僕はそんな彼を見ながら
「僕も君と同じだったんだ……」
僕がそう言うと川崎さんは顔を上げて僕を見る。
「去年まで僕は君と同じように全てを拒絶して生きてきた。そうする事で自分を守ってきたんだ」
「ならなんでそうなったんだよ?」
僕は彼の問い掛けにに笑って答える。
「それは僕にとって掛け替えのない存在に出会ったから……かな?」
僕の顔を呆けた顔で川崎さんは見つめる。
「川崎さん、逃げる事は大事だって思うよ。でもずっと逃げてたら心が腐るだけだっ」
そう、僕がそうだったように。
「ならどうしろってんだよっ……俺はもう、資格がないんだよっ。雫の幼馴染でいる事や、雫の事を思い続ける事もっ!!」
僕はその姿を見て思う。
まだ川崎さんはこうやって言ってるけど、心の奥底では諦めきれていないんだって。だから僕はそんな彼の両肩を勢いよく叩く。彼が僕の顔を見る。
「大丈夫。君は1人じゃない。それに今ならまだ川崎さん……蓮君の心は腐らずに済むはずだ」
「なにか方法があるのかよ?」
僕はそんな彼に微笑んで彼の耳元である事を囁く。
「……っ。そんな事っ」
蓮君は耳元で囁いた言葉に顔を赤くする。
「でも今まで君はそうした事があったのかい?」
僕の言葉に目を伏せる蓮君。
きっとないだろうな。僕も現在進行系でそうなのだから。
「……っ。俺、帰るっ!!」
そう言うと彼は真っ先に席を立ちラーメン屋から走り去っていく。
「ふぅ、やれやれ」
僕は首を竦めながらそう言うと僕の前にここの店主と思われる男が現れる。そして僕に伝票を見せながら
「さっきのお兄さんの分も入れて1,950円になります」
ええ〜〜っっ!! 蓮君金払わずに行っちゃったの〜〜っっ。
その日……僕は2人の野口英世を失った――。




