濡れ衣なんだけど
それから1週間後、木下さんが学校に来た。
「……雫ちゃんっ!!」
奏さんが登校してきた木下さんに抱きつく。
「か、奏ちゃんちょっとっ!!」
いきなり抱きつかれて戸惑っている様子の木下さん。
「まぁ、なんにしても良かったな」
天道が僕の肩に寄り掛かりながら言う。
「やっぱ皆揃うと楽しいよね〜っ」
そう言いながら木下さんの元へ行く本城さん。
「奏が嬉しそうで良かったわ」
奏さんが楽しそうに笑っている姿を遠目から眺めている冴島さん。
これでようやく、全員揃って学校生活を遅れるんだなと思うと嬉しいなと僕は思う。すると黒板側の出入り口が勢い良く開かれ、その場にいる全員の視線がそちらに向く。
「あ〜、黒崎集ってのはいるかいっ?」
扉から現れたのは如何にも俺不良ですと言わんばかりの格好をしたリーゼント頭でグラサンを掛けた巨体の男が出てきた。首に掛けてるの鎖……だよな?
「いねぇのかって聞いてんだよっ!?」
怒鳴り声に怯んだような声を上げる生徒達。
僕は怖いと感じながらも前へ出ていく。
「オメェが黒崎集か?」
「そうだけど、誰ですか?」
男はニタニタと厭らしい笑みを浮かべながら
「俺は烏鷺帆炉珠っていう族の頭をやらせてもらってる天空寺宇ってんだ」
「はぁ、それで用件は?」
僕は恐る恐るといった調子で尋ねる。なんか最近暴走族関係、多くないか?
「オメェ……、俺の女泣かしたみてぇじゃねぇか?」
「……はい?」
女っ……女って誰っ!?
「櫻井智子……それが俺の女の名だっ。知らないで泣かしたってのかっ!?」
ええぇぇぇ〜〜〜っっっ!!!
あの人暴走族と付き合ってたのっ!?
教頭っ、このバカチンがっ!!
アンタの娘ならどういう教育してんだよっ、しかも教育者の人間なのにさっ!!
「いやあの……普通に濡れ衣なんだけど」
天空寺宇が僕に顔を近付け睨み付けてくる。
ちかいちかいちかいちかいっ、怖いってっ!?
「あぁ〜っ、俺の智子が嘘吐いてるってのか〜っ? 証言は上がってんだよっ!?」
そう言って後ろを振り向く天空寺宇。
奥を見るとこちらに手を上げている2人。
その2人は櫻井の取り巻き達だった。
あぁなるほど〜っ。仕組まれちゃった訳ですね。
僕は天空寺宇を見つめる。どう考えても体格差ではこっちが不利だ。これで喧嘩で勝てる確率があるとしたら……。
「あ〜〜〜あぁァァッッッ!!!」
股関……金的攻撃しかないでしょうっ!!
僕は先手必勝とばかりに股間を思いっ切り蹴り上げる。
天空寺宇はあまりに痛かったのか大声を上げると股間を抱え込みながら、その場に座り込んで悶絶する。
その光景を見た取り巻きの2人が驚いた表情を浮かべている。それを見て僕も今更になって後悔する。あぁ、面倒くさい事をやっちゃったな……と。
「アハハッ。集……、お前面白ぇなっ」
声のした方に目を向けると歩がいた。お前そもそも学年違うよね?
「なんでここにって顔してんな……。俺はコイツに用があってよ」
顎で今も股間を抑えて悶絶している天空寺宇を指す。
「お〜い、そこで悶絶している天空寺宇く〜んっ」
歩が声を掛けると天空寺宇の顔が即座に真っ青になり、唇が青紫色に変色する。
「誰の断りを得てこの学校来てんだ、アァ?」
歩が天空寺宇の元まで来るとその場でウンコ座りして顔を近付けながら詰める。
おぉ……。さすが元総長。怖えわ。
「ヒッ!? と、東堂、さんっ……こ、このっ、学校だったんですかっ!?」
しどろもどろに天空寺宇は歩に尋ねる。
「あぁそうだよ〜っ。ついでに言えば俺はもう『ゼロ』の総長辞めたけどな」
「な、ならっ関係ねぇんじゃっ……」
「んな訳あるかっ!! 辞めたとはいえなっ、喧嘩は出来るし……。子分とはまだ付き合いはあるからな。テメェんとこの烏鷺帆炉珠なんて簡単に潰せんぞっ!!」
歩は天空寺宇の胸倉を掴んで引き寄せながら叫ぶ。その様をまるでこの世の終わりみたいな顔で歩を見つめる天空寺宇。
「そ、それだけはっ……ご勘弁をっ!!」
「分かったらとっとと消えろっ!! 今度俺のマブダチに手ぇ出したら許さねえかんなっ!!」
「すっすいませんでしたーーーっっっ!!!」
天空寺宇はそう叫びながら走り去っていく。
僕は暫く天空寺宇が走り去った方を眺めていると……。
「集。俺の子分が迷惑かけた……すまねえ」
お前の子分だったのかよ……。僕はその事実に若干驚きながら
「あ、謝る必要なんてないよっ。歩が悪いわけじゃないんだし」
「それでもアイツは現役を退いたとはいえ、俺の子分だ……。子分の責任は俺の責任でもある」
俺はそう言った歩の顔を呆然と見つめる。
「……どうかしたか?」
「いや、歩は変わったなって思って。こんなに責任感のある奴だとは思わなかったよ」
「それはお互い様だ……。俺だってお前が天空寺相手に金的攻撃をするとは思わなかった」
僕達はそこでお互い無言になり見つめ合ったあと同じタイミングで吹き出して笑う。
「歩〜っ、なに集と2人して楽しんでんだよ?」
声のした方に目を向けると万丈が腕を組んで仁王立ちで睨んでいる。
「ちっ……俺がどうしようと勝手だろうが」
「それで担任に言われんのはオレなんだっ」
「はぁ〜っ。集……またな」
歩はそう告げると歩き出す。その後を万丈が付いていく。
「なんか妬けるな」
天道が僕の肩に手を置いてそういう。
「俺の事も敦って呼んでくれて良いんだぜっ?」
「一生ゴメンだっ!!」
僕がそう力強く否定すると皆がどっと笑い出す。
どうなるかと思ったけど、今日からも楽しい日々が送れることに僕は幸せを感じていた――。




