私にとっての光 中(挿絵あり)
今回と次回の話は、山岸さん視点で話を進めます。
私山岸奏は体育準備室の前で立ち止まり、彼……黒崎集と出会ってからの2週間の事に思いを馳せた。
全ての机や椅子を倒したままにした犯人を探す為1、2限のホームルームは、その時間に割かれた。
だが、誰かが名乗り上げるわけでもなく只々気まずい静寂の時間が、教室を支配した。
中山先生が我慢が出来なくなったのか辺りに怒鳴り散らす。
私は、観念して手を上げようと思った……そう、アレをやったのは"私"なんだから……理由は、これまでのストレスが原因……。
私……山岸奏は、孤独になる事が誰よりも怖い。両親は幼い頃すぐに他界した。今は父の兄に当たる人の家で暮らしている……。
暮らさせてもらってると言ったほうがいいかも知れない。
両親が亡くなったその翌日葬儀が執り行われた。急な知らせだったというのに、両親の父、母、兄弟、姉妹全員が駆け付けてくれた。
だけど、全員が口を揃えて言ったことは両親が亡くなったことへの悲嘆の言葉……などではなく誰が、私の面倒を見るか……と、いうことだった。
当時8歳の私には人の死という概念は良く理解できなかったがこれで……パパやママとは会えないということを本能的に理解した。
親戚には私一人を面倒見るだけの十分な蓄えがなかったんだ……
周りが私の事を押し付けあっていたのを今でもよく覚えてる。
引き取ってくれた叔父さんの家に行った初日は、何もない暗い部屋に無理矢理押し込まれた。
私は、その日涙が枯れるまで、わんわんと声を上げて泣いていたっけ……今となっては懐かしい。
それからの私はよく人に気を遣うようになった。叔父さんは既に結婚して奥さんがおり、私より3つ下の息子がいた。
叔父さん達にとって私は相当な負担でまた邪魔な存在だったと思う。
だから私は、家事や炊事そして勉強……出来ること全部精一杯取り組んだ。全ては……捨てられない、嫌われない為に。
それは、友達との間でもそうだった。相手に嫌われない為に、相手の喜ぶ事をやって来た。
だけど、中学になって思ったんだ……それは本当に私の望んだ場所なのかなって――。でも、急に友人との関わり方を変えることは出来なかった。
友人達の反応が怖い……嫌われたくない、もう一人になるのは嫌だ……。例えそれが……自分が求めた場所じゃなかったとしても……。
結局私は、今ある居場所を手放して孤独になる事を恐れていた。
私は、それから相も変わらず無理矢理笑顔を作り……時には言いたくないことを言って、相手のご機嫌ばかりをとっていた。
だが、その限界があの日ついに来てしまったんだ。学校では他人のご機嫌取り……。
家では叔父さん達の迷惑にならない様に振る舞う……。
そんな日々に疲れ、嫌気が指した私は教室の椅子や机の全てを……私は、乱雑に倒していった。
――なんでっなんでっなんでっなんでっなんでっなんでっ!!
どうして私だけなのっ!!私が一体……何をしたっていうのよっ!!
私はそんな事を思いながら机や椅子を倒す。倒してる時は凄く気分が良かった。今まで溜まってた鬱憤が全て晴れ行くのが分かった。
全てをやり終えた時、私は教室の中を見て驚愕する。これを……全部、私がやったんだ……。
遅れながらそう自覚すると、私は自分が怖いと感じた。私の中にこんな一面があるとは思わなかったのだ。
恐怖のあまり、そこら中に倒れている机や椅子を放棄して走り出す。
そして、私は家に着くと自分の部屋で声をあげずに泣いた……パパやママが亡くなってから泣いた事などなかったというのに。
そして、その翌日……私は彼に出会った。いえ少し違う――彼の存在を認識したと言ったほうが正しいのかもしれない。
『……僕がやりました』
教室にいる全員の視線が窓際の最後列で手を上げている少年に集まる。皆は、驚きで見ていたのだろう……私も驚きで見ていたけど、皆とは意味合いが違っていた。
――なんで?
そこには、頬杖をついていかにも、やる気のなさそうな感じで手を上げる少年がいた。
なんであの人は手を上げているんだろう? 机や椅子を全部倒したのは、私なのに……
その後、先生の言葉も聞かずに教室を去っていく少年――黒崎集君の後ろ姿を眺める。
男の子としては低めの背丈、体型は細めで容姿はカッコいいとも、可愛いとも言えない。
今まであんな子がクラスにいたことをクラス中の皆はおろか教師さえも知らないなんて、どれだけ存在感薄いのよって驚いた。
でもそんな彼がたった今、自分がやっても居ない罪を被るために自分の存在を主張した……。
一体なんの為にそんな事をしたんだろう? この後、このクラスで陰口や悪口を言われ続け孤立するかも知れないというのに……。
その翌日私は彼に声を掛けることにした。理由は黒崎君に興味が湧いたから。
それに、私がやった事で彼が孤立するのを黙ってみていられなかったから……ううん、違うわね。
それなら、皆に黒崎君が無実で私がやったと言えばいい。そう出来ないのは、そうする事で皆に嫌われる事を恐れているからだ。
あろう事かこのまま……黒崎君が皆の中で犯人だと誤解されたままで良いんじゃないかと思っている自分がいる。私は、その考えを抱いた自分を凄く恥じると同時に激しい自己嫌悪を抱いた……。
――どこまで、私は汚い人間なの? と……。
だから多分私が黒崎君に話しかけようと思い至ったのは罪滅ぼしの為なのだと思う。
だが挨拶をしたというのに彼は挨拶を返さずあろう事か私を無視して、本に集中しているではないか。
なに、この人……と思ったが、それを顔に出さずその日私は、彼の前から去ることにした。
そして、翌日から積極的に声を掛けることにした。朝、そして授業が終わった瞬間……気付けば彼の事ばかり見ていた。
最初にあった時には、気にならなかったが黒崎君は、右足を引きずるようにして毎日歩いている。それだけじゃない……姿勢も常に右肩下がり。
どこか身体でも悪いのだろうか?……と自分に関係ないことなのに、黒崎君の事を気に掛けたりした。
変化があったのは、黒崎君に初めて話しかけてから1週間後の事……
いつもと変わらず私は彼に挨拶の言葉を投げかけたまた無視されると思ったのに、その日は違った。
「おはよう」
彼は少し不貞腐れたように私に初めて挨拶の声を返してくる。男の子にしては少し高めの声が私の耳に鼓膜に響き渡る。
私はその事を凄く嬉しいと感じたが、それもすぐに崩れ去る。
「そろそろ、やめてくれないかな」
その言葉が先程聞いた少し高めの声よりワントーン低く聞こえ、そのせいでその冷たい言葉が私の胸を貫く。
私は、その言葉にえっ? としか返せなかった。突然の言葉に私は何を言っていいのか分からずそのまま口を噤んでしまう。
それからは黒崎君が、私に思ってる事を全て遠慮なくぶつけてくる……私ってこう思われてたんだ。
気付けば私の瞳は濡れ、涙を流していた。結局彼はその後、天道君に殴り飛ばされ教室から出ていった。
この騒動の中で一番嫌だと感じた事は、黒崎君が殴られたことだ。
彼は何も悪いことをしていない……寧ろ、私の罪を被ってくれているのに
なんでっ、そんな彼が……これ以上傷つくような目に遭っていいはずがないっ!!
だから私は天道君を止めた。それからと言うもの私は黒崎君から距離をとった。
彼が、孤独を誰よりも好きだということがよく理解できたからだ。
だからあの時自分がやった訳でもないのに名乗りをあげたんだ。
元々孤立している状態なら、彼のいつもの日常に少しイロがついた程度で、そこまで気にするものでも無いんだろう。
――なら何で?
あの時彼は、辛そうな表情を浮かべていたのだろう。黒崎君が教室から去る寸前に見せた表情は辛そうであり寂しそうだった。
あの表情の意味は分からない……考えてももう意味がない。だってこれで、黒崎君とのか細い繋がりが断ち切れてしまったのだから。
私は、彼へと思いを馳せていたのを強制的に終わらせる。 今は中山先生に呼ばれてる……目の前のことに集中しなくちゃ。
そう思いながら私は、体育準備室の引戸を開け放つのだった――。
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