魔帝は討たれたい?
魔王の上に君臨する存在。それは“魔帝”王の上を征く者として命名された。
現在は一人がその地位を維持し続けて数百年が経っていた。
「ヒマだ……」
私は魔帝のタリア。
外見は小さい体躯で少年と見られることが多い。
こう見えても魔王十人を従わせている。
昔も今も容姿は変わらない。
子供服を着てしまうと全く威厳が無く見えてしまうのは反吐が出るほどの経験だった。それ以来着ていない。
いつも黒のローブに黒のズボン。黒の深めの帽子と決まっている。
服の話はいいや。
現状の話をしよう。
今現在、私は猛烈なヒマに襲われている。
実務的業務は各魔王が担当して、身の回りの世話は従者が行っている。
日課の鍛錬だけは自分でしているのだが、それ以外はすべて他のものが行ってしまうため自分の行うことが無い。
ここに、勇者とか来て私を倒すとか言っていた昔がとても懐かしく感じる。
「ん? 勇者?」
そういえば、ここ数百年くらい勇者を見たことが無い。
魔王討伐してきたと報告が来ても、その魔王が返り討ちにしたと報告が来る日々だ。
いつも通りの報告にも飽き飽きしていたところだ。
ちょっと、外の様子でも見に行こう。
そう思い椅子から立ち上がった瞬間、私のいる広間が横に大きく揺さぶられた。
ここまでの衝撃が来るということは、実際に勇者が来たのか!
私は久しぶりに感じる胸の高まりと緩み始める頬をきゅっと引き締め直して、現場に急いでいきたい気持ちを抑えて様子を見に出る。
一人の兵士が慌てふためいた様子で報告に来た。
「ま、魔帝様! ゆ、勇者の一行が魔王マノン様と戦闘に入りました!」
「ほう。マノンのところまでやってきたのか! それは愉快! 早くここにも来てもらいたい」
そう思っていたのは束の間。
魔王マノンが瞬間移動で報告に来た兵士の隣に現れた。
返り血も浴びることなく整った鎧が余裕の勝利を無言で告げていたがマノンはゆっくりと報告した。
「ご安心を、勇者はこの通り討ち取ってまいりました」
マノンの手には勇者一行の首が並んでいた。その数は六つ。
もう終息したのかと私は落胆した。
「マノン。ご苦労。ゆっくりと休むがよい」
「もったいなきお言葉」
私はその言葉を聞いてから元の定位置に戻った。
マノン程度討ち取れぬ勇者など、興味はない。
というか、マノンは魔王十人の中でも弱い魔王だ。
あ、誤解ないように伝えるのならばこうか。
魔王マノン。剣術と瞬間移動が得意。
巧みに瞬間移動してからの高速斬撃は誰も避けられない。その威力は他の魔王すらも圧倒する。唯一、私が避けた時の奴の顔は傑作だった。
逆に魔法、罠といった姑息な手段と呼ばれるもの。彼にとっては回復も姑息な手段らしいが。
それらを一切しない。
だから、逆手にとればこんなに討ちやすい魔王もいない。ということで最弱の魔王だ。
私と同じ人型というのは共感できる部分だ。
「そして何より、勇者ってこんなに弱かったか……?」
マノンの手に握られていた首からわずかだが、技とか肉体のバランスでの攻撃とかを垣間見ることができた。
もちろん、残留思念を利用した戦闘の再現魔法だ。
これで経験値も技術も習得できるというずるい技。
「勇者が放ったのは初歩の極意剣術だけじゃないか。魔法使いも初歩のものしか繰り出していないし回復師はアイテムに依存って……」
勇者たちのレベルが落ちすぎている……。
これじゃあ、魔王どころかトロール、オーガですら討てるか、返り討ちにあうレベルだ。
ということは、私の暇な時間も無限大、永遠ということで。
「いいわけねぇじゃん!!」
これは鍛えなおす必要がある。
お、そうだ。
魔王の中で反逆を狙っているのがいる。
まぁ、該当者はマノン以外全員なんだが……。
各領地を九等分にして各領地を各王に納めさせ、私は行方をくらましてしまえばいい。
魔界自体が混沌に落ちることだろうな。
これはこれで、とてもワクワクしてしまう。
すぐに実行しよう。
「おい。魔王全員をすぐ呼び出せ。あ、マノンだけは私の部屋に通しておいて待たせといて」
「はい」
従者が一人ずつ魔界航路の魔法で各魔王九人を目の前にあつめた。
「魔帝様、今日はどういったご用件で」
「マノン以外、全員って、何やるんスか?」
「貴様は黙れ!」
「ほほ、見苦しゅうありますわ」
「……隙がありすぎです。狩っていいですか?」
「な、なに物騒なことを!」
「全員を消し炭にすれば、俺が魔帝に」
「相変わらずだな」
「もう帰りたい……」
あー。こいつら毎度よくやるわ。
やる気のないドラゴン、魔女、騎士、浪士、賢者やらやら。
職業の例えが最もわかりやすいわ。
こいつら全員、私の首を狙っているが協力性が無い。
個人の力では敵わないと知っているけど、他の奴と組むのは拒絶反応の様に嫌がる。
まぁ、どうでもいいや。
「あー、みんなにそれぞれ仮統治してもらっている領土なんだけど、今日限りで各個人に任せることにするわ」
ずっと静かにならない魔王たちが、この言葉でピタッと止まった。
食いついたか。
「これまで禁止していた軍隊制度も解禁ですか?」
「自分たちの魔国をつくれるのか」
「早い話しがそう言うこと」
みんなの目には私を殺すと殺気が溢れていた。
「後悔すんなよ! これからは俺様が魔帝になってやる」
「ほぅ……今誰を目の前にして言えるのかな?」
「ぐっ」
不敵な笑いとどす黒いオーラで威嚇する。
もちろん少し怯むだけだ。
威圧は必要。
ここはそれぞれの国に戻ってもらうのが一番だからな。
「ここを攻め落とすのもいいし、勝手に魔帝を名乗ってもいいが、必ず殺しに回るから。ああ、なんならここであんたらの首をはねてもいいがどうする?」
チッ、と舌打ちして一人また一人と魔界航路で帰っていく。
これで良し。
「さて、全員、この場で固まり明日活動せよ」
その一言は従者へ向けて強力な範囲硬直の魔法をかけた。
誰も動かなくなったことを確認して自室へ向かう。
「やぁやぁ、待たせたね」
「いえ」
「さて、マノン」
「はい」
「私と一緒に人間界に行ってみない?」
「はい?」
マノンが呆然とする。
そりゃあ、当たり前か。
「ち、ちょっと待ってください。他の魔王たちはどうなるのですか!?」
「ああ、さっき領地をあげて帰した」
マノンの表情がもっと困惑したようになっていた。
「え、あげた……?」
「うん」
「ば、ばかなのですか」
「そうだね」
頭を抱えるマノンに対して私は満面の笑みで答えた。
間違ったか?
「で、人間界で魔帝様は何をなさるおつもりですか?」
「弱い勇者を叩き直す。そして、魔王をすべて倒してその勇者ととことん戦いたいのだ」
これも飽きれた理由に聞こえただろう。
だけど、暇つぶしにはもってこいのどうでもいいことだ。
「それで、私にはそのお供を?」
「ああ、そうだ」
「はぁ……わかりました。引き受けます」
「よっしゃ!」
「ただし!」
「な、なんだよ。大きな声出して」
「私も修行し技術を付けたいので時々、お手合わせください」
マノンは頭を下げて嘆願してくる。
技術を磨くか。
確かに他の魔王には優れた点が一つだけではすぐに攻略されてしまうからな。
「わかった。でも、その時は手加減なんてしないからな」
「もちろんです!」
「それじゃあ、しばらく魔帝はお休みだ!」
こうして、自分を倒す勇者を育てるべく、人間界へ行くことにした。