第一話 本当の僕
君が初めて失った大切な人間は誰だろうか?
おじいちゃん、おばあちゃん、両親、実家で飼っているペット……人それぞれだろう。
僕が初めて失った大切な人、それは隣の席のA君だった。
今朝の朝礼で、担任からA君が不慮の交通事故で亡くなったとお話があった。
泣き出す女子生徒、驚く男子生徒、皆それぞれに感情を表していた。たった一人、僕を除いては……
自分のスカートの裾を震える手で強く握り締める。僕は、もう二度と会うことができないA君がいた隣の席をただ見つめるだけだった。
──話は3か月前に遡る。
親友のB子が僕にある物を見せてきた。
「ルカちゃん……これ何?」
それは僕の生徒手帳……に挟まったB子の写真だった。
ここで上手く誤魔化せれば良かったのだろうが、僕にはそれが出来なかった。
「どうして私の写真を持っているの? それにこんな何枚も……」
「そ……それは……」
怪訝そうな顔で問い詰めるB子。
僕の意思に反して、顔が真っ赤に染まっていく。
B子の周りに何か何かと野次馬のように女子達が集まってきた。
「ルカちゃん……」
B子は僕から目を反らすように床に視線を向け、残虐な一言を放った。
「気持ち悪い」
その日の帰り道。
僕は駅のホームのベンチでただ一人泣いていた。今まで溜まっていたものを吐き出すかのように。
僕は物心がついた頃から自分が女という性であることに違和感を覚えていた。
お人形遊びより木登りが好きだったし、友達だって男の方が気が合うことが多く、制服もスカートをはくことが何よりも嫌だった。
決定的だったのは、性的対象が女の子であるということだ。僕は身体は女性であるにも関わらず、女性しか愛することが出来なかったのだ。
しかし、両親は僕の事をただの男勝りの女の子くらいにしか認識していなかった。僕も言うつもりは無かった、何故なら嫌われるのが怖かったから。
僕さえ我慢すれば皆が傷付かないで済むのだ。
次第に自分を隠すように、髪を伸ばし、わざと女の子らしい格好をするようになった。まるで魂の無い人形と同じだ。
地面に落ちる涙をただ見つめていたその時、隣からカメラを切るシャッター音が聞こえた。
何かと思って見てみると、いつの間にクラスメイトのA君が隣に。彼はカメラを持って、ひたすら何もない線路の写真を撮っている。
「……何してるの?」
率直に頭に浮かんだ疑問を彼にぶつけた。
「写真を撮ってるんだよ」
彼は此方へは一切目を向けず、カメラに目を向けたまま淡々と話す。
「それは見れば分かるよ。何で撮ってるのか聞いてるんだよ」
「電車が去った後の雰囲気好きなんだ。置いていかれたような何とも言えない寂しい感じがとても」
「……へえ……」
何を言っているかよく分からなかったが、そこまでは口に出さないでおいた。
すると、彼は膝の上にカメラを置き、僕をじっと見つめた。
少し癖毛のある髪に、色白の肌、眼鏡越しに見える綺麗な二重幅の垂れ目……
彼はこんな顔をしていたのか。隣の席なのに全く気が付かなかった。
「……保戸塚さん。俺は君の気持ちが分かるよ」
「……は?」
彼は戸惑う僕の顔を再びじっと見つめる。
向こうから電車がやって来た。
彼は立ち上がると僕に軽く一礼し、そのまま電車に乗って去っていった。
「一体何だったんだ……」
僕は誰もいなくなった線路をただ呆然と見つめた。




