モンスターズ・バックステージ・ストーリー
「はぁ……」
仕事終わり、楽屋に矢鱈と大きい溜息一つが響く。
「どうしたの? 溜息なんかついて」
これ見よがしな態度を気にするのは彼、いや、その者の性格故だろう。
「実はさ……今日もオイラ、序盤で狩られる雑魚敵の役でさ……」
「ああ、そういう事」
彼の今日の仕事は、初心者勇者の経験値稼ぎとして殺される役目だった。
勿論いつもいつもがこういったやられ役という訳では無いのだが、今日はこれで一週間連続だった。そうなると流石に嫌気も刺す。
「偶には主人公もやってみたいよなぁ」
しかしその願いは叶わない。何故なら彼は──大体が経験値として殺される役目にある、あのゴブリンなのだから。
「そのうち来るさ、僕も今日は雑魚役だったし仕方ないよ」
そして彼女、いや、このゴブリンの愚痴を聞いている心優しい者は、不定形で、性別の概念が無く、青々しく透き通る──スライムだった。
なぜこの二人がこんな話をしているのか?
応えは簡単だ。なぜならここは魔物達が自分の出番を待つ、『魔物控室』なのだから。
今日はそんな魔物達の楽屋裏話を覗き見る、そんなお話。
「でもスライムは最近波に乗ってるって有名じゃん。どこかの世界だと、スライムが主役のかなり有名な作品だってあるらしいよ?」
「そうだねえ、先輩スライムがこの前出演してたって聞いたかな」
「ほらやっぱり。どこかにゴブリンが主役の作品ないかなあ」
「探せばあるよ、探せば」
「そりゃ探せばあるだろうけれど……」
スライムには負けるだろうし、どう考えても少数派なのは間違いないだろうしなあ。
「それにスライムの場合、雑魚じゃない時だってあるでしょ?」
「と言うと?」
「物理無効で魔法無効とか、偶にそんな強いスライムが出るじゃん」
柔らかいから物理が効かないし、中には魔法も効かないパターンもあるらしい。
それに引き換えゴブリンは大体弱い。だからゴブリン=雑魚になってる作品が殆どだ。
「うーん、そうかもね? 僕はあまり強くないから、いっつも雑魚役だけど」
「そうかぁ……じゃあ、修行でもしてみる?」
地力が強くなったら強敵として出演出来たりしないかな?
「そんな暇無くない?」
「……確かに」
よく考えれば、毎日毎日雑魚として倒される仕事でいっぱいだった。
「まあ、気長にやっていけばそのうち回って来るんじゃないかな」
「そうだといいなぁ……まずは、雑魚脱却したいよ」
ガチャリ。と、ドアの開く音が鳴る。
入って来たのは、ドアより1.5倍は大きい、角が生えた筋肉隆々の大男──オーガ先輩だった。
「おう、何の話してんだ?」
「あ、オーガ先輩、お疲れさまッス」
オーガ先輩はオイラの憧れ。いつかあんな風になってみたいなと密かに思ってるのだ。
「今ゴブリンと、雑魚役以外もやりたいねって話してたんです」
「ああ、なるほどな」
「オーガ先輩なら、やっぱり良い役なんスかね?」
強敵とか、主役級の活躍とかしてるんだろうなあ、きっと。
「ふっ……残念ながら、俺は基本やられ役だ」
「「え?」」
「お前らに良い事を教えてやろう。オーガってのはな、基本『噛ませ役』なんだ」
オーガ先輩が、噛ませ……?
「そ、それってどういう?」
「まあ聞け。オーガってのはな、結構な数が『筋肉だけの知能が無い奴』って扱いなんだ」
そう言いながらオーガ先輩は棍棒を持って一つ目の顔をする。思わず飲んでいた魔テ茶を噴き出した。
これはオーガ先輩の特技の一つで、顔真似や物真似、果ては声真似も得意なのだ。酒の席でよくやっているが、ウケなかった所をは見た事が無い。
「で、そういう奴は大体どうなる?」
「どうなるって……罠にかけられたり、知恵で上回られたり?」
「そうだ、大体やられるんだ」
確かに、知能が足りない敵は出し抜かれるパターンが多いなあ。だから噛ませ?
「でも、そうじゃない場合は? 知能もあって筋力も高くて、人間より強いってのも良くあるじゃないッスか」
「それこそ、『格好のやられ役』だろ? 大体が一般人を虐殺した後、普通より強い冒険者に殺されたり、新米勇者の登竜門として使われるのさ。コイツは普通の人間より強いんだ、って見せる為にさ」
「な、なるほど……」
「確かに、そうかも……」
これは盲点だった、強過ぎてもダメなのか。だからオーガ先輩は自分の事を噛ませって……。
「まあ、何も出来ずに養分にされる事の多いお前らよりかは幾分マシかもな。ハハハ」
……ぐうの音も出ない。
オーガ先輩を交え、3人で会話していると再びドアの開く音が耳に入る。
そちらを見ると、恰幅の良い体で豚の鼻と耳の付いたオーク先輩がやって来た。
「ハァ…………」
……が、さっきの自分より何倍か暗い溜息も一緒だった。
「ど、どうしたオーク。今日はまた何でそんな……」
「ああ、オーガか……ちょっと待って、これ脱ぐから……」
オーク先輩とオーガ先輩は同期で、仲の良い友人同士だ。前に夕日の沈む河原で殴り合ったとか聞いたけど、どうなんだろう。
などと考えてると贅肉スーツ(正式名称では無い)を脱いで、これまた筋肉で引き締まった肉体を晒すオーク先輩が席に着いた。オーガ先輩と向き合う形だ。
「で、どうしたんだ? 今日は一段と暗いじゃないか」
「………………今日も年齢指定がある作品の役だった」
「「「…………」」」
沈黙。
「で、でも今日だけだろ? 次を考えていこうぜ、な?」
オーガ先輩がフォローに入る。この雰囲気を壊す為の計らいだったのだが。
「……………………明日も年齢指定がある奴だし、今日より酷い」
「「「………………」」」
逆効果だった。場は更に酷い雰囲気に。
「……だから落ち込んでたんスね……」
「うん……何で人って皆女性に酷い事させるんだろうね……スライム君もそう思うだろ?」
「僕も偶に服を溶かしたり、そういう事させられたりしますね……無性が唯一の救いだけど……」
オイラもそういう覚えは多少ある、あるのだが……。
「お前ら二人、特にオークがトップだよな……R18案件って……」
……主に、スライムとオークがよく使われる。
オーク先輩が復活するのに、30分かかった。
「そもそもさあ! おかしいと思わない!? 何で俺がいっつもいっつもあんな無駄に肉の付いたスーツ着てあんな事やんなくちゃいけないの!? しかも殆どが攫って無理矢理ってさあ!!!」
落ち込んだ後のリバウンドで今度はご乱心。事情が事情なので誰も文句は言えない。
「なんでだろうなぁ……」
「こればっかりは人間の感性の問題ッスからねえ」
「あ、でも僕は人間に化けて純愛パターンもありますよ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
「火に油を注ぐなバカ!」
スライムの心無い一言で場は更に悪化していく。既に自分の意志はどうにでもなれーの諦めモード。
「……俺は人間が哀れ過ぎて悲しいよ……」
「あ、止まった」
反動が来たらしく、急激に大人しくなった。
「大体さあ、人間とオークじゃ子供なんかできねえっつーの! バッカじゃねーの! そもそもオークだって相手するならオークがいいっつーの! 何で揃いも揃って人間フェチなんだよ! 頭にウジでも湧いてんのか!!!」
「おお、荒れてる荒れてる」
「荒れる原因作ったのスライムじゃん……」
ナイーブな人に止めを刺しちゃいけませんって魔界学校で教わらなかったのだろうか。
「え、ていうか子供できないってマジ?」
「オーガ先輩そこ食いつくんスか?」
この人何でこんな落ち着いてるんだろう、慣れてるのかな。いつかこうなれるのだろうか。
「当たり前だろ……かなり簡単に言うとだな、そもそも人の卵子とオークの精子じゃ受精しないんだよ。逆も然りだ」
「へえ、そうなのか?」
「そうだよ、医学知識のある奴に訊いてみろ。あんなものは作り話の中だけだってバカにされるぞ」
そうだったのか……。
「人間共はオークについての認識が偏り過ぎてるんだよな……大概がブクブクに太った豚って感じのキャラだしよお。お前ら野生の豚の体脂肪率知ってんのか? 豚に代わって説教したろか」
「確かに、いつもその贅肉スーツ着てるッスよね」
無造作に壁に投げ捨てられたそれを見る。骨を抜かれた肉、みたいな感じでぶよぶよしていてキモイ。
「暑いんだよねアレ……着ぐるみみたいでさあ。太ってるオークしか需要無いのかっての」
「偏見だよなぁ。まあ俺は正しいのと間違ってるの半々って所だが」
なるほど、先輩たちにはこういう風にイメージと現実が違う場合もあるのか。
もしかして、自分が強くなってしまったら、弱いというゴブリンのイメージと違って苦労する事になってしまうのかもしれない。
「……やっぱオイラ、修行しない事にするよ」
「うん。それがいい」
スライムも分かってくれたみたいだ。
再三、ドアの開く音がする。
今度は誰だろうかと、半ば期待をしつつ入り口に目を向ける。
「あっどうもこんにちは、お疲れ様です。先程共演させてもらった勇者なんですが……」
入って来たのは一人の男。見覚えがあると思ったら、勇者として養分にしてきた相手だった。
「ああ、経験値稼ぎの時の」
「ん、お前もか? 俺も確か序盤の強敵としてやられたかな」
「こっちにもいたな。洞窟にいる所を焼き討ちされたから直接接触する事は無かったけど」
「僕はこれから仲間の魔物として共演するかな」
「「「は?」」」
「そうですね。よろしくお願いします、スライムさん」
「よろしく人間さん」
触手を伸ばして、握手(?)を交わす二人(一人と一匹?)。
……もう少し頑張れば、いつか良い役が貰える日が来るのだろうか。
明日は今日より頑張ろう。そう思ったゴブリンだった。