↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

6 一人よりは、ずっと素敵なことだと思うから

「くあ~……」

「うあ~あ……」


 募集開始から十日が経過したこの日もまた、参加希望者は一人も現れなかった。他のパーティが次々に成立していく様を、俺とフランは物欲しそうな目で眺めるばかりだった。

 集会所が閉められた後、俺とフランは虚ろな目をしながら倒れるように酒場のドアをくぐった。一日が終わった後に酒場で開く反省会は、もはや日課になっていた。


「開店早々、随分な溜息を浴びせてくれますね。まだ駄目だったんですか?」


 マスターは嫌そうな顔をしながら、俺たちの前に勝手にグラスを並べていく。


「そうなんだよ……マスターこれは? おごりかな?」


 おどけてそんなことを言ったら、噛み付くように睨まれた。


「馬鹿なこと言わないでください、お金は取りますよ。ただお二人とも、はじめの一杯はいつも同じものしか頼まないし……それに開店直後に姿を現すので、あらかじめ用意しておいたんですよ」


 確かに言われてみれば同じものしか頼んでいない気がする。意識していたわけではないのだが。


「それでは、我らが消臭パーティの幸運を祈りつつ……」


「一向に来ない新人を呪いながら……」


「「かんぱ~~~い!!」」


 がしゃん、とジョッキがぶつかる。俺とフランは、用意されたグラスを一息に空にした。


「……開店早々物騒な乾杯を聞かされる、こっちの身にもなってほしいですね……」


 マスターがこぼした悪態は、聞かなかったことにしておいた。


 ◆◆◆◆◆


 相変わらずアルコールは一切摂取しない彼女だが、酒場についてからしばらくすると、もう酔っ払いのような『勢い』が出来上がっていた。


「それにしたって、一人も来ないなんてあんまりだわ。そんなに香料術士(フレグランサー)が気にくわないのかしら!」


 酒を飲んでいないのに絡み酒である。対する俺は、さっきからがぶがぶ酒を飲んでいるのに一向に酔わない。体質の差か。……いや、飲んでないのに酔っ払うのは体質の問題じゃないな、明らかに。


「いや、どうしても難易度の壁が大きいんだろう。今回の目的地は、突発パーティの一員として参加するようなエリアじゃない。熟練のパーティが意を決して飛び込むようなところだからな」


「とは言っても、私達だって立場は変わらないからね……私だって、ソロじゃとてもこんな難所には行けないわ。だからこそ、パーティメンバーができれば三、四人……最低でも二人は確保しておきたかったんだけど……」


 フランの言い分は分かる。腕利きの冒険者でも徒党(パーティ)を組んで探検に向かうのは、いざというときに少人数では対応しきれないからだ。最低でも三人いれば、一人が大怪我をした後一人が殿を守り、一人が怪我人を負ぶって撤退することができる。四人以上いればもっと余裕を持って撤退することができるだろう。しかし、ソロパーティでは戦闘能力に難を来す怪我を負えばその時点でゲームオーバー。二人パーティでも一人がもう一人を背負いながら逃げることしかできない。

 自然は無限の可能性に満ちている。発見という意味でも、危険という意味でも。だから人員が多いことに越したことはないのは事実……なのだが、このままでは埒が明かない。


 この十日間は、お互いに蓄えを食いつぶすばかりに終わってしまった。フランにしても俺にしても、内部職はともかく広い括りでの冒険者。

 要人の護衛や盗賊紛いの悪事などで口に糊するごく一部の例外を除いて、冒険者とは危険な自然に飛び込んでこそ食っていける職業だ。平和な町にいつまでも留まっていては、いずれ資金が尽きてしまう。

 動き出さなければならない。たとえ準備が不十分であっても。


「二人パーティのままで動く……というわけにはいかないかな?」


「は? あんた何言ってるの?」


 俺はフランにそっと提案してみた。しかし返ってきたのは予想通りの反応。そりゃそうだよな。そういう顔をするに決まってる。


「私達がこれから向かう場所は、大陸全土でも指折りの危険地帯ばかりなのよ!? とても、二人で行って敵うような場所じゃないわ! メルヴィン! 貴方私達がどこに行くつもりか、ちゃんと分かって言ってるんでしょうね?」


「ああ。取り急ぎ、目星を立てているのは三カ所。第一に、一歩道を間違えれば溶岩に突っ込み、また一歩道を間違えれば無数の蟹が襲いかかってくる灼熱洞窟。第二に、大陸西部の高山地帯で、獰猛な雪吹きドラゴンが生息することで有名な『龍鱗台地』。そして、猛毒を持つ生物が数多く生息する、南の果ての『紫苑密林』」


「そう! どれもA級危険区域指定を受ける、折り紙付きの魔境よ」


 A級危険区域。冒険者ならば誰でも自由に立ち入ることが出来る自然地帯は、業界では『ハンティング・エリア』と呼ばれており、そのハンティングエリアは危険度に応じて五段階に分けられている。A級危険区域はその中でも最高難度を誇り、冒険者が最も命を落とすのもこのA級危険区域である。


「これらの場所で命を落とした冒険者は数知れない。だからこそ私も、この三カ所に関する香料素材は殆ど手に入れることができずにいたの。自分で調達することはもちろん、市場で買い求めることだって困難だったから。だからこそ万全を期して臨まないといけないのに――――……」


 勿論それは理想だ。だが理想でしかない。理想では歯が立たないことがあるということを、俺たちはこの十日間で思い知らされた。


「……多分このままいくら待っても参加希望者は現れない。平凡な冒険者をA級危険区域に飛び込ませるにしては、今回の募集には魅力がなさすぎるし、かといって腕利きの冒険者は既にパーティを組んでしまっていて、俺たちみたいな一時の野良パーティなんかに近づこうとしないだろう」


「だからって、二人じゃどうにもならないわよ? 安全確保以前に、まず目的の場所まで辿り着けるかも……」


「いいや、それがそうでもない」


「……?」


 首をかしげるフランを前に、俺は不敵に笑みを浮かべた。


「ある程度のリスクを看過するなら――――……この程度のエリアなら、実はどうってことはないんだ」


「え?」


 そう。訳あって平和なこの町の近くに居住していたこの俺だが、実はパーティ時代、今回例に挙がったようなA級危険区域にはしょっちゅう……散歩感覚で足を踏み入れていた。勿論当時は同格の仲間がいたからこそ、散歩感覚で臨むことができたわけだが、一人になった今でもA級程度のエリアで手こずる気はしない。何故なら俺は、さらにその上のエリアで活躍した経験すらあるのだから。


「この中なら、灼熱洞窟が一番近いし、比較的安全だな。もうこれ以上時間をかけていても仕方ないし、明日朝一番の馬車に便乗してここに向かおう」


「ちょ、ちょっと待って!? 本気!? 本気で二人だけで行くつもり!?」


「それじゃ、お勘定はここに置いていくから! 明日の装備は……そうだな。熱いからなるべく涼しい格好で来てくれよ。ただし、できるだけ肌の露出は少なめにな。あと、色々持ち帰りたいから採集箱は多めに持ってきてくれ。多分荷物運びは、フランに頼むことになると思うから」


「えっ、えっ、ええ―――……っ……?」


 多分、実際に強いところを見せないとフランは納得しないだろう。

 だから、強引にでも押し切って、目の前で見せつけるしかないのだ。

 


 ◆◆◆◆◆


 そして翌日。大きな採集箱を抱え、見慣れない皮鎧姿で現れたフランは、その時点でもなお困惑を隠せない様子だった。


「ねえ、本当に大丈夫なのよね? 見栄張って言ったりしたのなら、いつでも取り消して大丈夫よ? 私、そういう気持ちには理解を示せると思うから?」


「大丈夫、俺に胸を預けて付いてきてくれ。決して悪いようにはしないから」


 俺は彼女の手を引き、半ば強引に洞窟近くへと向かう馬車へと乗り込ませた。そして俺たちは数時間ほど馬車に揺られて、ついに灼熱洞窟の前へとやってきたのだった。


 洞窟は、前に来たときと同じようにぽっかりと大口を開けて、俺たちのことを待ち構えていた。燃えるような赤い岩肌も、入り口前から既に分かる熱気も、あの頃と何も変わっていない。入り口前に突き立てられた無数の石造りの墓標もそうだ。もしかしたら、前より数が増えてるくらいかもしれないな。


「……あ、ああ、どうしよう……来ちゃった……来ちゃったんだけど……どうしよう!?」


 そして隣のフランは、建ち並ぶ墓標を見ていよいよすくみ上がっていた。彼女が本当に香料術士(フレグランサー)でしかなかったのなら、こんな危険なエリアには絶対に近づいたことはなかっただろうし、着いた途端にこんなもの見せられたらそりゃすくみ上がるよな、無理もない話だ。


「心配するなよ。その墓標は、初心者が下手に足を踏み入れないようにこれみよがしに置いてあるだけの中身のない墓標だ。いや、一部は中身もあるんだけど……」


「そ、そうじゃなくて……忘れてきちゃったの、ちちち、地図を! あれがないとほら、この洞窟だと迷って溶岩の噴出口に足を踏み外したり、もたもた動き回って暑さでやられたり……」


「……!」


 ああ、そうなのか……持ってたのか、地図。

 ハンティングエリアの見取り図といえば冒険者にとって心強い味方で、国から年一回各ハンティングエリアの最新情報をまとめた地図が発売されるようになって、冒険者の死亡率はがくりと下がったという。しかし、地形がめくるめく変わるエリアもあるので毎年毎年地図を更新するのは仕方ないことなのだが、それにしたって毎年やってたら金が掛かる。だから地図は一枚一枚がとても高くて、行く気のないエリアの地図なんて、貧乏冒険者にはとても手を出せるようなものじゃない。

 灼熱洞窟に行くことを決めて以来、彼女はずっと俺と行動をともにしていた。宿泊先こそ違ったが、この十日間別の町に行ったことはないはずだ。その上で、俺たちがここ最近住処にしているあの町には地図販売の拠点がない。防犯の問題上、地図屋があるのは大都市だけだからだ。つまり、彼女はずっと前から、いつかはこの洞窟を訪れようと計画していたというわけで……。

 ……上昇志向も、ちゃんとあったんだな。


 ふとした出来事から、彼女の事がもっと好きになった気がする。これで俺の口が臭くなければなー、デートとかに誘いたいくらいなんだけどなー。

 でも、まあ、それは望みすぎというものだ。こうして彼女が俺のために、命の危険を承知してもついてきてくれているという事実だけで、俺は感謝しなければならないし……それに十分幸せだ。


「……ご、ごめんなさい。多分洞窟内部では殆ど力になれないから、せめて地図くらい持ってこようと思ってたんだけど……」


 俺は、しどろもどろになるフランの肩を抱く。こんなに頑張ってくれている彼女に……こんなつまらないことで、少しでも負い目を感じさせちゃ駄目だ。


「心配要らない。地図なら『ここ』に入っているからな」


 俺は自分の頭を兜の上から指さした。フランは、きょとんとした顔で俺を見た。


 彼女がいてくれたおかげで見えたもの、彼女が手を差し伸べてくれたおかげで取り戻せた自信、そして彼女がいてくれたおかげで開けた光明は、俺にとってあまりにも大きなものだ。それを返す手段が、彼女が感じた『失態』や『引け目』なんかであってはいけない。

 ちゃんと俺自身の『活躍』で、彼女に恩を返すんだ。


「まあ、この俺メルヴィン=スペンサーの大立ち回りを眺めながら、ゆっくり採集に励んでくれ。約束するよ。この探索で、お前に怪我一つ負わせないということを」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。