4 諸悪の根源、特定します
どんな原因で追放されたのか、知りたいと思っていた。知らなければ、次に仲間を作るときに活かすこともできないから。でも、だからって、まさか『口臭』が原因だったなんて……そんなことなら知りたくなかった、と思ってしまった俺がいる。
「いい? この際だから正直にはっきり言っておくけど、貴方の口臭は異常なレベルよ! 公害に匹敵するわ! こんなものを口からシュコーシュコー吐き出してうろつかれたんじゃ、そりゃパーティの人達だって貴方のことを追い出そうと思うわよ!」
そしてさっきまでの励ましムードから一転、フランは俺に対して激しい言葉をぶつけてきた。なまじ褒め言葉をまっすぐ受け取る体勢が出来上がっていたばっかりに、フランの口から放たれる容赦のない叱責・罵倒が、俺の胸に深く鋭く突き刺さっていく。つらい。ただひたすらにつらい。
「なんで今までこんなもの平気で撒き散らしてたのよ!」
「自分では……全然気付かなかったんだ……ほら、自分の匂いって分からないだろ? だから……その! 知らなかったんだよ! 俺の息が臭いなんてこと!」
語気を荒げる俺。当然呼気もいつも以上に遠くに飛ぶ。椅子を引き、鼻を摘まんで喋っていたフランだったが、ついに耐えられなくなったのか、俺から顔を背けた。
「……!」
「とにかく、一旦兜を被り直して! そうじゃないと、顔を見て話もできないわ!」
そんなにか! そんなに臭かったのか、俺の息……。フランを苦しめるのは本意ではないので、俺は大人しく兜を被る。すると口臭の噴出は収まったようで、フランはなんとかこっちを向いてくれるようになった。
「……どうやら、その兜を被ると匂いが消えるみたいね。不思議。口元を完全に覆っているわけでもないのに」
確かに妙な話だ。飲み物を流し込めるくらいの隙間は空いているのに、呼気が漏れないなんて普通におかしい。とはいえ、散々話に付き合わせた挙げ句、香りの仕事のために鼻を大切にしている彼女に辛辣な悪臭を嗅がせてしまったのは、俺の失態だ。彼女に対して申し訳が立たない。
彼女の顔を見ないようにして、俺は立ち上がる。さっさと別れた方がよさそうだ。これ以上居座れば、彼女を苦しめてしまうことになる。
「だがまあ、兜を被っている間は口臭が漏れないのなら、それが分かっただけで収穫だ。色々助かったよ、ありがと――――」
そして俺は、それとなくその場を離れようとしたが――――
「馬鹿なこと言わないで!」
――――彼女は、そんな俺の手首を掴んでその場に引き留めた。気が付けば彼女は、どことなく涙目になっている。どうして彼女が泣くんだ?
「それじゃあんた、人前に出るときずっと兜を被る羽目になるでしょ!? 駄目よそんなの。それじゃ一生、誰ともわかり合えないじゃない。友達になることも、恋をすることだって……」
「だからって、口臭なんてどうしようも……」
俺が諦めたようなことを言うと、彼女は俺の手首をより強く握りしめた。
「簡単に投げ出しちゃ駄目! やれることはあるわ、いくらでも!」
「……え?」
「いい? 口臭ってのは、必ず原因があるものよ! だから、それを取り除くところから始めようじゃない!」
「原因を取り除く……」
「まず一つ! 匂いが強い食べ物を常習的に食べたりしてない? 偏った食生活は、口内環境にダイレクトに響くのよ!」
「毎日、朝と夜は市場で新鮮な野菜とタンパク源を買って自炊してるから、栄養バランスは問題ないと思う」
「具体的に! 今日の昼は何を食べたの!?」
「昼は……朝に作った御握りかな。中身の具は、魚の塩漬けと、朝の残りの野菜炒め」
「……朝は!?」
「今言った野菜炒めと、挽肉を適当に塩胡椒で炒めたそぼろ……それに近くのベーカリーで買ったロールパン」
「昨日の夜!」
「卵焼きと瓜の煮浸し、それにサラダと玄米とコンソメスープ……」
そこまで聞いて、彼女は椅子に一旦腰を下ろした。それにつられて、俺も椅子に座り直した。
「……むむ、食生活には問題なしかー……ストレスとかはどうなの?」
「今の生活はある意味ストレスで一杯だけど、パーティを組んで戦っていた頃は、そりゃもう満たされていたから……ストレスとかはなかったと思う……」
「……じゃあ、虫歯とか歯周病とかは? 放置してない?」
「ちゃ、ちゃんと毎日磨いてる。冒険者の中には、無頼漢を気取って身ぎれいにすることもまともにできない連中もいるけど俺は違う」
「……確かに古い鎧をこれだけ清潔に使ってるようなきれい好きなら、口内の手入れもちゃんとしていると思うけど……でも、やり方によっては」
訝しげに俺を見つめた後、フランは俺に詰め寄って、流れるような手つきで兜を引っぺがし、躊躇なく俺の口元に指を押し当てた。
「はがっ!?」
「見せてみなさ……うっ! ああっ! 匂いの! 匂いの暴力がっ!」
そして当然、俺の口元に顔を近づければ俺の口臭に接することになるわけで、彼女は俺の口元に顔を近づけた途端、のけぞるように倒れてそのままカウンターでしばらく身もだえた。まあそうなるだろう。ただでさえ人並み以上に匂いに敏感な彼女が、口元間近で俺の口臭を嗅いだなら……。
俺が何かしているわけではないのだが、俺のせいで苦しんでいる美少女を見ていると、それだけで胸が締め付けられる。
「やめてくれ……そんなことで無理はしないでくれ。兜付けてれば匂わないんだろう? だったら俺はそれで十分だって」
「いいえ、必ず原因を特定するわ。任せなさい」
「!」
どこから取り出したのか、フランはいつのまにかマスクと手袋を装着していた。準備万端の出で立ちである。澄んだ目で俺の口元を見つめる彼女の表情は、まるで戦場に赴く兵士のようだった。
「や、やめろ! そこまでしなくていい! フラン、お前は特に鼻が敏感なんだろう!? そんなお前が、俺の口に近づくなんてそんな無茶を――――……」
「無茶だってするわ。だってこれは匂いの問題だもの」
「――――!」
「となれば、香料術士として放っておくわけにはいかないわ。貴方の匂い問題……放置したら香料術士の名折れよ」
そして彼女は、勇ましいアマゾネスのような形相を浮かべて俺の近くに詰め寄ると、そのまま一気に俺の口に指を突っ込んだ。
「はが、ほが、がは……」
「良かったわね、私が口内環境についても造詣があって。たった一人にこの匂いを嗅がせるだけで、歯科検診も受けられるんだから!」
彼女は顔を歪めながら、俺の口の中をチェックしていく。その細長い指が歯茎をそっと撫でると、こそばゆいような心地よいような不思議な気持ちになったが、そのたびに目の前の彼女が吐きそうな顔をしながら堪えているのが目に入って、快感などどこかへ吹き飛んでしまった。
そしてかれこれ十分程度、俺は口の中を丹念に検分され、結局虫歯らしきものは一つも見つからなかった。口内環境は極めて清浄だと、太鼓判を押されてしまった。
「……口の中には、原因になりそうなものは一つもなかったわね……」
そして彼女は手袋を脱いでから、困ったように頭をかいた。
「もうこうなると後は、生まれ持った体質上の問題としか……」
「……体質上の問題?」
「遺伝子レベルで刻み込まれた欠陥ということよ」
「なっ……!」
そして下されたのは、死刑宣告に似た絶望的な事実の通告。要するに、俺の口臭を直す手段などどこにもないということだ。
「そんな。じゃあ俺は一体どうすればいいんだ。ずっとソロで、他人に迷惑をかけないよう黙々と狩りを続けるしかないのか!」
「慌てないで! 確かに根治の道こそ見えないけれど、対策が尽きたわけじゃないわ!」
そういうと、フランは自分の襟に手を突っ込んで、何かを勢いよく引き抜いた。
「こうなったら対症療法よ!」
じゃららっ、と、彼女の服から無数の小瓶が飛び出した。小瓶には赤、青、緑、黄色、ピンク……色とりどりの液体が入っている。
「それは?」
「私が自分で調合した、色んな種類の『香水』! そして『消臭剤』!」
彼女はそのうち一つの瓶を手に取り、俺の前に突きつけた。
「この中には、主に口臭防止や口臭抑止に使うためのものも含まれているわ。要するに、食べても大丈夫な消臭剤。貴方の口がたとえ悪臭を放ち続けたとしても、それら全てを消臭剤で消してしまえば!」
「なるほど! 匂いが外に出ることはなくなる!」
「その通りよ! まずは軽めのタイプから試してみましょう。安心して、私は二十種類のほどの消臭剤の調合パターンを記憶しているけど……」
そして彼女は、自信ありげに小瓶を撫でながら、どや顔で言い放った。
「人の口臭を消すのに使ったのは、下から三番目までよ! つまりどんなに貴方の口が臭かろうと――――私に消せない匂いではないわ!」




