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3 口は災いの元、と言うけれど

 しばらくして、注文した飲料が届いた。俺は六杯目のミード。彼女は注文通りのフローラルウォーター。この店のフローラルウォーターは口当たりも良く、香りも活き活きとしているのでお勧めだそうだ。


「……それで、貴方もパーティから追い出されたのよね?」


 そのタイミングで、彼女は少し返事に困る話題をふっかけてきた。


「私が追い出された理由はまあ、敢えて語るまでもないけど、貴方はどうしてパーティを追い出されたの?」


「分からないんだ。理由も説明されないまま、あっという間に放り出された。だから何を直したらいいのかも分からない。一月、何もできないまま停滞していたのは、それが理由だったんだ」


「……理由も言わず? 酷いことをする奴らもいたものね」


 やはり酷いと思うか。思ってくれるか。


「可能性としては何があるかしら。私は貴方のいたパーティのことを良く知らないけど……実力が劣っていたとか?」


「それはないと思う。俺がいたチームの中では俺が一番強かったはずだから。と言っても、際だって強いというほどでもなかったけど」


「じゃあ違うか。メンバー内の色恋沙汰に巻き込まれたとかは?」


「それもないと思うんだよな。俺はこの見た目だし、面白い性格もしてないから、パーティ内でモテたとも思えない。他のメンバー同士では、惚れた腫れたのごたごたはあったみたいだけどな。でも逆に言うと、そういうことがあってもなお俺以外誰も追い出されてないわけで……」


「なるほどね……まあそのへんはパーティの中に実際にいないと空気感は分からないし、私はなんとも言えないか」


「……だから、顔のせいでないとしたら、俺の性格に根本的な問題があったとしか思えないんだ。俺が例えば、自分でも気付いていないんだけどすこぶる性格が悪かったりして、それで知らず知らずのうちに周りを傷つけていて……」


「それはないわね」


 即答だった。あまりにはっきりと言い切られたので、俺はかえって困惑してしまった。


「なんでそんなに言い切れるんだ?」


「あんな風に私のことを認めてくれる人が、性格が悪い人だとは思えないからよ」


「……!」


「それに、本当に性格の悪い人間なら、きっとその可能性に思い至ることすらできないはず。貴方は理由を求めるときに、まず自分に原因があるというところから入ったじゃない? 性格が悪い人間なら、まず他人のせいにするところからスタートすると思うわ。俺が悪いんじゃない。『問題があるのはあいつらだ。あいつらの性格が歪んでいるんだから俺を追い出したんだ。いいやひょっとするとあいつらは、俺に嫉妬していたのかもしれない』……なーんて」


「そういう発想はなかったな……」


「……でしょ? だったら大丈夫、貴方はいい人よ。少なくともそれが理由で、誰かに突き放されたりするほどじゃない。私が保証するわ。安心して」


 フランの自信に満ちた言葉を聞いていると、なんだか本当にそうなんだという気がしてくる。きっと彼女は上辺だけでなく、本心から俺に教えてくれているんだ。だからこそ、その言葉には重みと信頼が重なってくる。


「となると、やっぱり顔くらいしか……」


「たびたび言ってるけど、そこまで気にするほどなの?」


「そりゃ相当だよ。俺が素顔を晒すと嫌な顔をされるんだ。最近も、市場に素顔で買い物しにいったら、売り子に怨念が籠もった顔で凝視された」


「それはたまたま、その店員さんの性格が悪かっただけじゃないの? 普通、どんなにブサイクでもこれ見よがしに顔を背けたりしないわよ」


「……だが、今までも……」


 フランは大きく溜息をついて、それからグラスを置き、俺の兜を指さした。


「そんなに言うなら、見せてみなさいよ」


「……笑わないか?」


「人の顔見て笑う奴はね、最低よ」


 あっけらかんと言ってのける彼女の姿が、俺には眩しかった。


 実際に笑われたことなんてない。でも、素顔を見せるといつも避けられているような気がする。だから俺は、知らず知らずのうちに鎧に依存して、それで身を隠すことで自分を落ち着けようとしていたんだ。旅に出たばかりの、まだソロで活動していた頃からそうだったし、仲間を見つけ、そいつらに素顔を晒して一年を過ごし――――そしてつい最近拒絶されてからは、一層不安が深まった。

 だけど、彼女になら、見せてもいいかもしれない。ごく短い間、言葉を交わしただけだけど、そう思わせる何かが彼女にはあった。

 俺は恐る恐る兜を脱ぐ。いつもより、兜が妙に重たく感じた。


「……」


 兜を脱いだ俺の素顔を見て、彼女はきょとんと首をかしげた。


「? 普通にカッコいい顔してると思うけど……っていうか、私結構好きよ、貴方の顔」


 思ってもいない反応に、俺は驚いた。ルシウスらがやったように、歯にものが挟まったような物言いで褒めるのではなく……彼女は何のてらいもなく、直球で好きだと言ってくれたのだ。それも、自分にとってタイプの可愛い女の子がさ。こういうこと言われると……単純だけど、ちょっと勇気が湧いてくる。


「貴方が自分のことをブサイクって言ったら、世間一般の普通の男達に対する遠回しな皮肉になるわね。それくらい正統派のイケメンだと思うわよ」


 その言葉だって真っ正面から受け止めてしまいそうなほど、フランは明け透けにものを言う。俺は兜を慎重に足下に置くと、おもむろにジョッキを持ち上げた。フランはそれを見て、にっこりと笑った。


「大丈夫。貴方がどういう理由で追い出されたのかは分からないけど、きっとそれは普遍的な理由じゃない。たまたま、何かの歯車が上手く噛み合わなくて、折り合いが合わなかっただけよ。もう一度仲間を探せば、きっといい人達に巡り会えるわ」


 そしてフランも、なみなみと注がれたフローラルウォーターのグラスを両手でそっと掲げた。


「では、お互いのこれからを祈って」


「ああ、それじゃ乾ぱ――――」


「うっ……くっ……」


「うっ? くっ? フラン、一体どうし――――」


「くっさああああああああああああああああいいいいいい!!」


 酒場全体に響き渡る絶叫。呆気にとられ、言葉を失う俺――――なんだ? 何? 草? 草がどうした? 分からない。彼女がどうして叫んだのか、まったく分からないぞ。


「……へ?」


 数秒経って目の前を直視すると、フランが鼻を摘まんで身もだえていた。


 しばらくしてから涙目になった彼女がむくりと起き上がって、恨みがましい目で俺を見た。


「うっ、ううっ……びっくりするくらい臭い、腐った牛乳に汚泥の底の匂いを混ぜてアルコールの悪いところを抽出した上で死臭のエッセンスを加えたような匂いがするぅ……」


「腐った牛乳? 汚泥の底? アルコールの悪いところ? 極めつけに死臭!? な、何の話だ!?」


「……わ、私が匂いにたまたま敏感なせいかもしれないけど……信じられない、信じられない匂いよ。あんたよく、そんなできれい好きなんて言えたわね!」


「だから何が!」


「口臭!」


「はっ!」


 瞬間、俺に電撃が走った。そうか――――そういうことだったのか。


 俺は普段、鎧兜に身を包んでいる。仕事の時も、トレーニングの時もずっと。

 だから俺が自分の息を外に漏らすのは、食事中か寝ている間だけだ。


 買い物に素顔を晒して行った度に、顔を歪められたのは何故か。顔がブサイクだからではない。口が臭いからだ。食事中、いつも俺の正面にいたのは誰だ。ローレシアだ。彼女が一番、俺の口臭を一手に引き受ける羽目になっていたのだ。


「……ま、まさか、俺がパーティから追い出されたのも……」


「話を聞く限り、他に貴方の瑕疵はなさそうだから……間違いないわ」


 フランは、俺の鼻先に指を突きつけて、容赦なく言い放った。


「貴方はね……口が臭いからパーティを追い出されたのよ!!」


「~~~~~!!!」


 離脱後一ヶ月を過ぎて、ようやく辿り着いた衝撃の事実。喉元に叩きつけられた破滅の真相は、俺にとって激しく残酷なものだった。

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