1 追い出されて引きこもって、そして……
それはある朝、宿営の中での出来事だった。
目を覚ましたばかりでまだ寝袋から出てもいない俺を捕まえて、仲間のルシウスは冷ややかな声でこう告げた。
「おはよう、メルヴィン。今日はお前に残念なお知らせがある。ほんっとうに申し訳ないんだが……お前に、パーティを抜けてもらうことになった」
「は?」
起きる際水をぶっかけられたので、まさに寝耳に水である。
冒険者としてパーティを組んでおよそ一年、共に大自然を旅してモンスターを狩りながら、四人で楽しく暮らしてきた。そんな大切な仲間たちからパーティを抜けろと言われるなんて……一体誰が信じられる?
「おいおい待ってくれよ。なんで俺が追い出されるんだよ、冗談は止めろよ、な?」
「……冗談じゃないぞ、生憎な」
「……は? マジで?」
最初俺は、本気でただの冗談だと思っていた。しかしルシウスの声色が明らかに普段とは違っていたのと、他の二人があまりに神妙な顔でこちらを眺めているものだから、段々と事態の深刻さを理解していった。
「な、なんで俺が追い出されるんだよ。アレか? 俺がブサイクだからか……?」
容姿に自信がない俺は、いつも兜を被って生活していた。兜だけでは不格好なので、鎧も一緒に身につけた。……流石に寝るときと食事中くらいは外していたが。
「いや、もう何度も言ってると思うが、別にお前はブサイクじゃない。何を勘違いしてるのか知らないが、俺よりずっと顔立ちは整ってると思うぞ。妬ましいことにな」
「イケメンのルシウスにそんなこと言われるなんて光栄だな、お世辞でも嬉しいぜ。その前の冗談は笑えないけどな」
「お世辞じゃないし冗談じゃない。お前の顔の話は今はどうでもいいんだ。大事なことは一つ……理由は話せないが……お前には、うちのパーティを辞めてもらうということだ
「……どうしてだ? 俺がなにをやった? 今までずっと、仲良くやってきたじゃないか! せめて理由を説明しろよ! じゃないと納得できない!」
「俺にそれを言わせるのか……」
ルシウスは、苦々しい顔で俺を睨んだ。
「理由は言えない。いや、言わせてくれるな。これはお前と……」
ルシウスは、背後に立っていた我らがパーティのリーダー、格闘家のローレシアを後ろ手に指さした。彼女はばつの悪そうな顔をして俺を見つめていた。心なしか、顔色も悪いようだ。
「……それからローレシアの名誉のためなんだ」
「……? どういうことだ?」
何故だ? 何故俺が追い出される理由にローレシアと俺の名誉が関わってくるんだ? 俺が詰め寄って真偽を確かめようとすると、ルシウスは眉をひそめ、俺のことを突き飛ばした。
「……ルシウス……?」
「……っ、ともかくこれ以上お前に話すことはない。議論したいわけでもない。いいから、飲み込め。分かったな」
ルシウスの有無を言わせない語気を受けて、俺はこいつらの本気を感じ取った。こいつらは、本気で俺のことを追い出すつもりだ。愕然とした俺は、その場に倒れるように腰を落とした。足に力が入らなくなったのだ。
「……じゃあな。離れても、お前が元気でやっていけることを祈ってるぞ」
皆が荷物をまとめて去って行く。射手のミリアが冷ややかな目で俺を見つめた。ローレシアが小声で、『気持ち悪い』と零したのが聞こえた。何もかもが、俺の理解できる範疇を超えていた。
一体目の前で起こっているのは何だ? 現実か? 皆、昨日の夜までは仲良くしていたじゃないか? 一緒に喋りながら食事をしていたじゃないか? それなのに、どうして――――……。
全てを理解し俺が動けるようになった頃には数時間が経過していて――――その頃には既に仲間はどこかに消えていて、追い掛けることもできなかった。
◆◆◆◆◆
仲間が去って行ってから、およそ一ヶ月――――俺は最寄りの町に安宿を取り、そこで引きこもり生活を送っていた。ソロで、あるいは新しく仲間を集って冒険者を再開するという選択肢もあったのだが、一歩を踏み出す気力と勇気が湧いてこなかったのだ。
理由は明白。
「何がいけなかったのか分かんねえ……」
一体自分が何を理由に追放されたのか、いくら考えても分からなかったからだ。テントや宿屋に戻ってくつろぐ時以外、兜を絶対に外さなかったからか? 見た目がブサイクだからか? 古い鎧を、昔から使っている大事なものだからと言って、いつまでも新調せず修理しながら使っているからか?
……どれも、たかがそんなことのためにパーティを追い出すとは考えにくいものばかりだ。少なくともこれらについて、パーティメンバーから苦情が来たことはない。
じゃあ、何か他の理由なんだろうか? 俺には自分自身でも気づけないような性格の歪みがあって、それが知らず知らずのうちに人を傷つけてしまっているとか? だとしたら、また誰かとパーティを組んでも、同じ展開になるんじゃないのか?
考え出すとキリがない。自分の全てが欠点のように思えてくる。いつしか人と関わるのが怖くなって、外に出たくないとさえ思うようになった。精々食料品を買うために市場に出るときくらいで、後はただただ安宿の中で筋トレと惰眠を貪る生活。
ついには貯金まで尽きてきた。流石にヤバいと思った俺だが、人が怖いのは変わらない。折角仲良くなっても、また不可解な理由で突き放されてしまうかもしれない。不用意に傷つけてしまうかもしれない。
こんなメンタルで、仲間を作って冒険者活動に戻るのは無理だ――――かといって、人を避けてソロで活動再開するというのは『逃げ』な気がする。一度『逃げ』を選んでしまったら、一生一人で生きていかなきゃならなくなるかもしれない。それは流石に嫌だ。
となるとまずはリハビリが必要だ。人と触れ合って、かつての感覚を取り戻す。そしてある程度慣れてから、本格的にパーティを探す。
ということで、俺は近くにある酒場に足を運んだ。
そこは温厚なマスターが運営している賑やかな酒場で、パーティメンバーとも何度か訪れたことがある馴染みの店。多少は慣れたその場所なら、俺の対人リハビリにちょうどいいと言えるだろう……。
◆◆◆◆◆
そして、酒場に入って三十分、五杯目のミードを飲み干して、まだ一言も他の客と喋っていないことに気付いた頃――――ついに目の前のマスターが苦言を吐いた。
「事情は分かりましたけど……だからって、フルプレートまとった状態で酒場に来るのはどうかと思いますよ?」
「……仕方ないだろ、マスター。顔を見られたくないんだから」
ある日のことだ。買い物をしなければならないが、兜は洗浄液に漬けてしまったのでしばらく回収できない。やむを得ず市場に素顔で行ったのだが、素顔の俺を前にして、市場のお姉さんは俺を前にして顔を引きつらせた。一連の買い物の最中、ずっと苦笑いを浮かべていたのだ。
もしやと思い、次は兜を被ってお姉さんの前に現れたら、今度は普通に応対してくれた。ルシウスはああ言ったが、やはり俺の容姿は醜いのだろう。やはりパーティメンバーに嫌われた理由もそこにあるのかもしれない。
思えばパーティメンバーは美男美女揃いだった。あの中に醜男の俺が混じっているのはどうにも据わりが悪かった――――追い出された理由もそこにあるのかもしれない。
もちろん、容姿で人を判断しない人だってこの世の中には沢山いるだろうけど、判断する人だってそれなりにいる。もし、次に信じようとした誰かがまたしても面食いで、再び拒絶されたとしたら? きっと俺は二度と立ち直れないだろう。そんなことを考え出すと、対人関係リハビリ第一歩のこの酒場では、どうも慎重にならざるをえない。
「それで結局店で浮いてるじゃないですか。リハビリも何もありませんよ」
確かに避けられている気がする。前に来たときの印象よりお行儀の良い酒場だったので、物々しい格好をした俺は周囲から避けられているようだ。無理もない。兜から鎧までフル装備で、この場で殺戮ショーでも始めんばかりの出で立ちだ。これではリハビリどころの騒ぎではない。
「それもそうだな。じゃあ……」
「そうです、さっさと鎧脱いで……」
「鎧とか気にしなさそうな客を探すしかないか」
「そんなことは言っていません!」
鎧のせいで余計に避けられているとしても、俺にそれを外すつもりはなかった。それは顔をさらしたくないというのもあるし、あとは単純に鎧を着ていないと落ち着かないのだ。俺はあまりに鎧になれすぎてしまった。もはや鎧は俺にとって普段着、否、皮膚のようなもの。街中を、皮膚が剥がれた状態で歩く奴がいるか?
「困った人だ……」
マスターは頭を掻いて、酒場全体を見渡した。そして何かいいものを見つけたように手を合わせると、俺に顔を近づけて囁いた。
「……あそこに、ちょうど一人で飲んだくれている女の子がいるじゃないですか。集団に飛び込んでいくのは無理でも、一人相手ならいけるんじゃないですか?」
指さされた方向、カウンターの左側を見る。確かにそこには、小柄で金髪の女の子がグラスを片手に蹲ってすすり泣いていた。無造作に重ねられたグラスの個数を見る限り、どうやら相当出来上がっているらしい。
「ひぐっ、うっ、うっ、うっ……」
「……なんか弱ってる心につけ込むみたいで気がひけるんだが……。そもそも、いいのかマスター。こういう場合、あーいう女の子に変な男が寄りつかないよう管理するのがマスターの仕事だろ」
「貴方なら無闇に手を出して女の子泣かせたりしないでしょう? それに、破れ鍋に綴じ蓋って言うじゃないですか」
破れ鍋扱いか、或いは綴じ蓋扱いか、不躾な奴だな……とはいえ、仕方のない反応か。
そりゃまあマスターからしても暗い顔して酒を煽ってるお一人様は目障りだ。できることならば相席でもして歓談でもして、酒場の賑わいに花を添えてもらいたいところだろう。仕方ない、今まで散々付き合わせたのだ。そのくらいの恩返しはすべきだろう。俺は立ち上がり、すすり泣く少女に近寄った。
「……なんでよぉ、なんで私じゃだめなのよぉ……」
「おい、そこのあんた、大丈夫か? 悲しいことがあったのなら……」
「何!? 何か用!?」
声をかけ隣に座ると、彼女は起き上がって涙目で俺を睨みつけてきた。その時、彼女の髪がふわりと舞って、同時にフルーツのような甘い匂いがふうわりと俺の鼻を擽った。良い匂いだ。女性特有のそれとは違う。香水でもつけているのか?
「放っておいてよ! 汗臭い鎧着て近寄ってこないで!」
汗臭い? そんなはずはない。俺は毎日しっかり手入れしているし、ここ最近は運動すらしていないのだから、汗臭くなるはずがないのだが……。
「一体何をそんなに嘆いているんだ。聞いてたら心配になるんだよ」
「だから! 構わないでって! どうせ私なんて、誰からも必要とされないんだから!」
「……!」
その言葉に、俺は電撃が走るような親近感を覚えた。誰からも必要とされないのではないかという思い。何故自分が駄目なのかという悲痛な叫び。これはつい最近、俺自身が経験したものではなかっただろうか。そして今も――――
「ひょっとしてお前、パーティから……」
「ええそうよ! 捨てられたの! お前なんて要らない、役立たずの穀潰しだから消えろって! 酷すぎると思わない!? 確かに私の得意分野はあまり役に立つ機会がなかったかもしれないけど、だからって穀潰しなんて、私は……」
「――――実は、俺もそうなんだ」
「……!」
「俺も、ついこの間パーティに捨てられてな。理由は俺にも分からない。それでショックで、一月ほど引きこもっていたんだ」
「あ、貴方も……?」
彼女の態度が大きく変わった。泣くのを止めて、俺をまっすぐに見据えて、受け入れようとしてくれている。たとえ、共感や同情によるものだとしても……こういう反応は、やっぱり嬉しい。
「……話をしないか。一杯くらいなら奢るからさ」
思えばマスターは、上手く俺たちを引き合わせてくれた。
もしここでマスターに背中を押されていなかったら、俺たちはこのまますれ違って、二度に出会えなかったかもしれない。そうなっていれば、俺たちはお互いに――――この先永遠に、救われることはなかったのかもしれないのだから。