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クーデレすぎる未来の嫁の面倒な7日間番外編 ◆1日目始まり

作者: 桐刻


 家族を捨てた。

 きっと彼女たちは捨てられた自覚なんてなくて、少女が勝手に出て行ったと思っているのだろうけど。

 着の身着のまま家を飛び出した。

 一度は学校に寄ったのだけれども結局は誰にも相談できなかった。

 だって友達なんていなかった。

 ひとことふたこと挨拶をする程度の知り合いはいたが、今夜の宿を頼めるほど仲のいい存在はいない。


 なにか持って行ってもいいものはないだろうかと探した結果、小さな段ボールの板と中途半端な長さの紐、落し物と思われる黒ペンが見つかった。

 それを見た瞬間、ひらめいた。

 段ボール板に『拾ってください』と黒ペンで書いた。


 そしてそれを紐でつなげて首からぶら下げて、少女、麻友は適当なコンビニの前に立った。

 そのときにはもう夕方になっていた。

 住宅街近くの小さなコンビニだ。夕方という時間もあり、いろんな人間がコンビニに訪れた。仕事終わりの会社員。部活も終わって体操着のまま帰宅している中高生。休みなのか帰って着替えたのかよくわからないけどラフな格好をした男性や女性。


 煙草の自販機の隣で『拾ってください』と書かれた札を下げて佇んでいる麻友の姿を目に入れて、明らかにびくりと動揺する人間は何人もいた。でも結局話しかけてくれる存在は誰もいなかった。

 それはそうだろう。

 自分だって普通に生活している中でそんな人間を目に入れたら、見て見なかったふりをする。


 そういうものだ。

 でもどうすればいいのかわからなかった。

 冷静になればもう少しまともな判断もできたかもしれないけれど、頭の中では彼女から――母親から言われた言葉が響き続けている。


『血がつながってないのなら、――をつなげたら家族になれるの』


 それは彼女の本心から生まれた言葉じゃなかったかもしれない。きっとあの男から吹き込まれたものをそのまま自分ではなにも考えずに口に出しているのだろう。


 彼女は自分を愛してくれる存在を探しているだけ。

 自分を支えてくれる誰かのために自分のものを捧げているだけ。


 そう、結局彼女にとって、麻友の母親にとって、娘は自分のものでしかなかった。

 あんなに『いい子』になるためにがんばっていたのに。

 あんなに私はこんなにあなたのことが好きだと伝えてきたのに。

 それは全部届かなかった。

 自分のいままでの人生が無意味だったように思えた。


 思い出すと、涙がじんわりとにじみ出てくる。

 もういいんだ。

 私は家族を捨てた。

 こんな私を拾ってくれるのなら誰でもいい。こんなことをすれば危ない目にあうかもしれないが、それでもいい。その果てに……でなくなるのなら、きっとあの男の興味も薄れてしまうだろうから。


 麻友は目尻から落ちそうになった涙をぬぐいとり、前をただ見つめ続けた。

 コンビニに訪れる客は相変わらず麻友を目に入れると慌てて視線を逸らすことしかしない。

 もしかしたらここにこうして立っていること自体無意味なのでは、と気づく。

 誰も拾ってくれないし、犯罪にも巻き込まれない。それが普通。

 母親から告げられた言葉のせいで頭が熱くなっていたが、夕方の涼しい風に吹かれているうちにだんだんそれも冷めてきた。


(でもどこに行けばいいのか、わからないですし……)


 半ば暴走の末に自分が起こした行動を否定すれば、いままでの人生ごと否定してしまうような気がした。

 日付が変わるまではこうしていようかなと思ったときだった。


 ひとりの男がコンビニへと訪れた。

 年齢は麻友よりも2、3歳上といったところだろうか。

 男は麻友に何気なく視線を向け、次に段ボール札に書かれた文字を目に入れて、びくりと肩を震わせて半歩ほどあとずさりしていた。

 数秒考える素振りを見せていたが、やがて麻友に向かって歩いてきた。


 いや違う、彼が用があったのは隣にある煙草の自販機だ。

 少しだけ期待させたのに結局煙草買うだけなんて。癪に障ったのでどんな顔をしているかまじまじと観察してやった。


(あ、かっこいいですね……)


 むかっ腹を帳消しするくらい顔が整った青年だった。

 寝ぐせのついた髪の毛を整髪剤でアレンジして、ちょっと派手な衣装を着せればアイドルとしてやっていけるのではと思うくらい容姿がいい。

 もしもこれが少女漫画だったら「こんなところでどうしたのかい、子猫ちゃん?」などと声をかけてくれて、素敵な高級マンションに連れて行ってくれるのに。


 ……いけないいけない、現実は漫画とは違うのだ。そんな都合のいい話はない。

 だいたい煙草を吸う人間はあまり好きではないのだ。

 それに大勢の客と同じように、彼もまた麻友から視線を逸らしている。

 結局彼は麻友に話しかけることなくコンビニに入った。

 わざわざうしろを振り向くなんてことはしないけれども彼がいつ出てくるか気になる。


(……私、そんなにイケメンに弱かったのでしょうか)


 そうじゃない。たしかに彼は整った顔をしていたが、麻友が気になっていたのは表情だ。

 大勢の客と同じように彼もまた視線を逸らした。

 だけど彼はそのときなぜか自分が傷ついたような顔をしていた。

 どうしてそんな表情をする必要があったのだろう。

 なぜかそれがとても気になる。



「……い、おい!」


 考えに耽っていたため、呼びかけられていることに気づかなかった。

 改めて麻友が正面を見れば、男がひとり立っていた。

 脂の浮いた不潔そうな顔。近くに立っているだけでニンニクのような臭いが鼻につく。なによりも髪の毛は少し浮いていて、明らかにかつらをつけていた。


「……なんでしょうか」

「なんでしょうかってお嬢ちゃんが言う~? そういうの書いたものぶら下げてさぁ。まぁ、ちょっとやりかた古いけどお嬢ちゃん出会いを求めているんでしょう~?」


 やっと相手にされた男は劣情を隠さない下卑た笑みをにやにやと浮かべる。


「7点」


 思わずそんな言葉が口に出てしまった。


「はぁ? なにが7点なんだよ!」

「いえ、違うのです。百点満点中7点なのです。10点満点ではなく」

「な、なにわけわかんねえこと……!」


 男は拳を握りしめ、震わせた。

 こんなつもりじゃなかった。

 せっかく声をかけてくれたのだ、もっとうまいやり取りをすれば望みどおりのことが起きるかもしれないのに。

 ただちょっと、かなり結構、先程のイケメンに比べたらこのおじさんは残念で……思わず怒らせるようなことを口にしてしまった。


(殴られるかもしれませんね……)


 麻友は少しだけ顔をうつむかせながら唇を噛んだ。



「こら、おっさん」


 突然割り入った第三者の声に麻友は顔を上げた。

 先程の青年がコンビニの弁当が入った袋を男の後頭部にぶつけていた。


 拾ってくれますか?


 期待の言葉が胸に浮かぶ。

 少女漫画のような出会いなんてありえない。

 これは少女漫画じゃない。


 だけど、ここから始まるのだと予感させる。




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