観察都市伝説:迷い家
狐狗狸さんの事件から数日。学校はあの夜の恐怖を感じる暗さでなく太陽の光で包まれている。狐狗狸さんの話題など全て忘れたかのように、生徒から話題が出ることも無くなった。最近の話題といえば社会科教師の腕の骨が折れたという事だ。キプスをしながら教室に入ってきた時クラスは好奇心と心配が混ざった状態になっていた。どのクラスでも質問攻め状態だったらしく答える社会科教師も面倒くさそうにしていた。ホームルームの時に生徒の一人が神原先生に「社会科の○○先生の骨、折れたらしいですよ。」と言うと神原先生の顔が若干引きつって直ぐに話題を変える。そんな「非日常」の影響を残した「日常」の日々。
そんな「日常」が数日続いて、あの日の事がまるで夢のように感じる。影も最近は出て来ていない。「非日常の残火」は少しずつ俺の中で薄れていっている。
ホームルームを終えた家への帰り道、こんな日常がもっと長く続いて欲しいものだなとぼんやりと考える。
学校と家とのちょうど中間地点にある横断歩道で信号待ちをしているとあることに気づく。道の向こう。横断歩道の先に何かいる。見た目はどす黒く判別しづらいが、人型であるとは分かるものが立っている。口は大きく割れていて、笑みともとれるような表情をしている。目は左右で大きさが違く、どちらの目も忙しく動き一点を見つめてはいない。なんだあれは?化け物。そういうしかない見た目の奴が進行方向に立っている。あれは一体……?
「アイツを見るな。前だけ見てろ。視界に入っても無視を決め込め。」
左隣から女子の声が聞こえる。数日姿を表していなかった影の声だ。影の言う通りただ正面だけを見る。このまま歩いてもすれ違う位置にいるため、視界の端の方に黒い何かがちらっと入るだけになっている。信号が青になり、黒い何かがゆっくりと前進を始める。こちらもできるだけ黒い何かを見ないように前進する。少しずつ黒い何かとの距離が近くなる。黒い何かが近づくに連れて、音に気づく。ジャラジャラという音と黒い何かの声。ジャラジャラとした音は恐らく鎖の音なのだろう。地面で引きづられている音と鎖同士がぶつかる音がする。ボソボソと低い声で何かを呟いている。すれ違う時にその声はようやく聞き取れた。聞きたくはなかったが、耳元で聞こえた気がした。
《つギはまちガえない・・・おおキイのはだメダ・・・チイサいほうぉぉォォォおぉォォォ・・・》
小さい方を?そんな疑問をが浮かぶも、影に思考を乱される。
やめろ。考えるな。ただ無心で歩け。
そうして声は遠のいていく。十秒もかからないような短い横断歩道を渡るのに、何日もかけたような緊張感があった。黒い何かの気配が消え、来た道を振り返る。「非日常の残火」はまた燃え始めている。
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「おひさ☆」
「おひさじゃねぇよ。」
自販機の前に男女が二人。別にデートでも友達でもない、他人同士。自販機で買った缶コーヒーの蓋を開けると、子気味良い音が二つ分鳴る。・・・自販機で缶コーヒーを買ったのは俺だけのはずなんだが。影は特に何か言うわけでもなく俺と同じ種類の缶コーヒーを飲む。
「で、あれはなんだったんだ?」
俺も缶コーヒーを三口ほど飲み、疑問を口にする。
「・・・何なのかはうっすら分かるだろ?」
影の言葉に狐狗狸さんとの会話を思い出す。怨霊。人を殺す道具。俺たちがこの前見た低級霊とは明らかに違うもの。横を通り過ぎただけでも寒気がした。
「アレはずっとあそこに居たのか?」
「・・・いや、多分アレはさまよってる。何かを求めて。」
「・・・何を?」
「知るか」
影が缶コーヒーをグイッと飲みほす。そしてふぅと息を吐くと言葉を続けた。
「とにかく、アレは忘れるべきだな。よく言うだろ。そういう話をしてると・・・」
《ああアガあかかちささダダダおお・・・オおおい・・・》
「・・・寄ってくるって。」
自販機と俺たちの間。つまりは俺たちの真後ろに気配がある。ボソボソと低い声。鎖の当たる音。異常なまでの寒気。先程すれ違いそして振り返ったら消えたモノ。
「「・・・・・・」」
《みえ・・・テテるぅ・・・たたただロろろろロウ?》
いる。めっちゃいる。隅っことかテレビの中とか家の中とかじゃなくて真後ろにいる。しかも耳元で声がする。オマケにさっきより距離が近いせいか、血の臭いが鼻に入ってくることに気づく。
「・・・そういえばテストって何時だっけ。」
「・・・来週の火曜日に単語の小テストがあるよ。」
「えー。俺全く勉強してないわー。」
「私もー。ねぇー今度勉強会しようよー。」
幽霊の類が見えてしまった時の対象法はそれを完全に「無いもの」として扱うことだ。無視でも、いないと信じる事でもない。出来るだけソレが見えてないことを装うこと。テレビか漫画かで言ってたことを実践する日が来るとは思わなかった。
《・・・みええテテ・・・おま・・・おおおお・・・》
「おー。良いね。そうだ。雨鐘君も誘うかー。」
「えー。でもあの子、すぐに人狼しようっていうよー。」
鎖の音。血の臭い。寒気。
《・・・・・・・・・・・・・・・》
「それに二人きりの方が。できることも。あるだろ。」
「えー。何する気ー。へんたーい。」
スっとさっきまで感じていた全てが消える。アレが後ろから居なくなった感じがした。影との間に若干の沈黙。
「・・・・・・行ったぽいぞ本体ちゃん。」
「・・・・・・そうだな影くん。」
影が後ろを確認し振り返る。動揺してお互いの性別とは逆の言葉を喋ってた気がするが、どうにかなったようだ。ホッと息を着く。握っていた缶コーヒーを一気に飲みほし、もう一度息を着く。助かったらし・・・
《みえてててぇテテててててえぇぇてて》
目が合った。黒いアレと。缶コーヒーを飲む時に軽く上を向いた間に目の前に来たのか。いやそれよりもヤツの目がこちらを見ている。血の臭い。鎖の音。目が。黒くて。忙しなく動いているはずの目がこちらを見ている。笑ったような大きな口がさらに笑ったように。ジャラジャラと。黒い。鉄と血と。低い唸り声。壊れたテープのような声が。黒い黒い瞳が。俺より大きい。缶の落ちる音。血。血。血。鉄。鉄。黒。黒。
黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒見黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒た黒黒黒黒黒お黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒な黒黒黒黒黒黒黒前黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒も黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒生黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒贄黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒に黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒
影の声が聞こえて。一度意識が途絶える。
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ぼやけた視界が広がる。目覚め。普段朝起きた時とは違う、突然意識が戻った時の気だるさ。何があったかも分からず、何処にいるのかも分からない。ただ目の前に広がるのは天井。知らない天井。視界が戻ってくる。思い出したのは、影と缶コーヒーと黒・・・。黒・・・?
「・・・!」
勢いよく上体を起こす。アレは?俺は生きて・・・?
「お目覚めか?」
影の声が聞こえる。声のした方を見ると影が壁に寄りかかっているのが見えた。
「影?俺は・・・?」
「まぁとりあえず命に別状はないぞ。」
思考が回復し始める。
俺たちがいるのは先程までいた自販機の前では無かった。家の中。しかも最近の家ではない。つまりは、日本家屋と言うような少し古めの家。祖母の家がこんな感じだったのを覚えている。フローリングでは無い床。壁紙の無い壁。木の板が見える天井。障子。椅子もタンスもない殺風景な部屋に俺たちはいた。窓は無く、部屋が薄暗い。かろうじて障子が微かな光を通している。
「ここは?」
「知らん。気づいたらここにいた。」
影の話ではアレと俺が目を合わせた瞬間、目の前が真っ暗になったそうだ。意識が途絶えたわけでなく、感覚はあるが目の前は真っ暗。声と思考共有で何度か話しかけたが反応無し。しかし生きてることだけは分かったので暫く大人しくしていた。アレの気配が消えた時に俺の様子を見に出てきたところここにいたらしい。
「出てきた?」
「影からな。」
ドッペルゲンガーの特殊能力か何かだろうか。とにかく、俺も目を覚まさないし、そのまま怨霊に喰われるかもしれないと思い見張りをしていたの事だ。
「・・・ほっとけば俺が喰われてお前が本体になったんじゃないのか?」
「あ」
「あ」じゃねぇよ。
「・・・・・・まぁ、お前が喰われて足りなかったら同じ魂の俺が狙われるし?仕方なくな?」
コイツに今後何か入れ知恵しないように気をつけよう。そう思った瞬間、何かに気づく。殺風景な部屋。なんの変化も無いはず。障子は開く音も気配もなかった。それなのに、俺と影の間には猫が1匹ちょこんと座っていた。
「猫・・・?」
その言葉を聞いて影も猫に気づく。
「・・・猫?さっきまで猫なんていなかったぞ?・・・ネコだ・・・。ネコ・・・。」
俺よりこの部屋を見ている影がそう言う。いつもなら猫を見つけたら可愛いということで頭がいっぱいになるが、今回はいつもと様子が違う。しかもさっき怨霊に襲われたばかりだ。俺が警戒心を強めると、猫は俺と影を交互に見た後に流暢に口を開く。
「お目覚めですか?お目覚めですね。おはようございます。ようこそ御二方。」
喋った。猫が喋った。にゃーとかシャーとかじゃなくて。たまに面白ビデオとかで見る喋る猫みたいにコンニチハーとかじゃ無くて。イイ声で喋った。
「お目覚め直後でまだ頭が覚醒していませんか?では待ちましょう。落ち着きましたらお話下さい。」
・・・。猫が喋ってる。
「・・・あの。」
「はい。何か御用でしょうか?人間様。」
「喋ってる・・・」
「?えぇ。喋りますよ?あぁ、少し五月蝿かったですか?失礼、新しいお客様は少し緊張してしまいまして。」
影に視線を送る。なんか手を伸ばしかけて止まった姿勢をしていた。撫でようとしたの?この状況で?
「ん?如何なさいました?なでなでですか?なでなでですね。御遠慮なさらず。その手にて我が自慢の毛並みをご堪能下さい。・・・嗚呼。安心なさって下さい。後で何か報酬を求めるようなことはしません。まぁ、オヤツは大歓迎ですが。私特にカツオ等が大好きで・・・。嗚呼失礼。求めているわけではありません。求めているわけではございませんが。その、なんと言いますか・・・。嗚呼いえ、これ以上は墓穴を掘るかもしれませんね。穴を掘るのは犬のみで十分です。我々猫は木の上から皆様の様子を観察しているのがとても楽しくおもい・・・」
めっちゃ喋るぞこの猫。めっちゃイイ声でめっちゃ喋るぞこの猫。影が複雑そうな顔をしている。どうすれば良いか分からなくなっているようだ。
「あの。」
「如何なさいました?人間様。」
「ここ何処ですか?」
その言葉に猫は不思議そうに答える。
「何処・・・。何処って『迷い家』でございますが?」
「マヨイガ?」
猫はまた不思議そうに応える。
「えぇ。欲深きを閉じ込め、逃がさず、永遠のにゃんこライフを味わう迷い家で御座います。」
・・・にゃんこライフに影がピクってなった。
「人間様は望んで此方にいらしたのでは?」
「・・・いや、気づいたらここに・・・」
「嗚呼、成程。隠しに会いましたか。誰に隠されたかは存じませんが。神ですかな?人ですかな?それとも・・・」
猫が黒い瞳でこちらを見る。
「怨霊ですかな?」
怨霊。その言葉にまた思い出す。黒いアレを。その様子を見て猫は話を続ける。
「嗚呼。嗚呼。成程怨霊。ではアレに連れて来られましたか。成程。それは実に気の毒。しかし幸運。先程まで下品にあの口を開いていたアレの意味が分かりました。」
猫が障子に向かって歩く。障子はひとりでに開き、猫は障子の前でこちらを振り替える。猫の後ろには、長い廊下。廊下の左右の壁には灯りのついていない燭台。さっきまでは微かな灯りが障子から差し込んでいたはずなのに、燭台の上の蝋燭には何も灯りはついていない。猫が尻尾をタンっと地面に打ち付けると、蝋燭に灯りが灯る。それは廊下の奥に向かって次々に続く。それでも廊下の奥は見えず、暗い穴に吸い込まれているようだ。猫が嗤った気がした。そして言葉を紡ぐ。淡々と。猫に似合わぬ低い声で。
「ようこそ旅人よ。歓迎致します。此処は黄泉の途中。賽の河原の三歩手前。あの世とこの世の狭間の狭間。天国に二番目に近い地獄。その銘を『迷い家』。どうか欲を見せぬように。素晴らしき選択を期待致します。」
猫はこちらを見つめる。暗い、暗い瞳で。全てを見透かすように。
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猫について廊下を歩く。先程までいた部屋は振り返っても見えず、俺たちが進む先もただの暗闇。左右の燭台だけが、常に俺たちの周辺だけを照らしている。猫が先頭を歩き、俺、影の順番で続く。影はさっきから何も喋っていない。その代わり、猫がこちらを軽く振り返る度にちょっと嬉しそうにしている。・・・どんだけ猫好きなんだこのドッペルゲンガー。
「・・・あの。」
「如何なさいました?」
猫は歩みを止めず応える。
「さっき怨霊って。」
「言いましたね。」
「それって鎖ジャラジャラで黒くて怖い顔の・・・?」
「えぇ。犬が食べ物を待っている時の涎が如く鎖を垂らし、犬が獲物の狐でも捉えた時の如く血の臭いを漂わせ、犬が己の敵を見つけた時の如く口を開いており、犬が飼い主に怒られている時のように目の大きさを違えており、犬がだらしなく腹を出し飼い主に媚びているが如く唸り声をあげている怨霊で御座います。」
犬に対して恨みでもあるのかこの猫。
「どうして俺たちを連れてきたかとか・・・?」
「言ってましたね。」
「なんて言ってました?」
猫は淡々と応える。
「『生贄』と。」
生贄・・・。そういえばアレに連れてこられる時もそんな事を・・・言ってた気がする。というか・・・。あることに気づき、歩みを止める。俺の後ろの影が俺にぶつかる。影にはもっとちゃんと歩いて欲しいのだが・・・。
「・・・?如何なさいました?」
歩みを止めた俺に数歩歩いてから歩みを止めた猫が言う。どうしたも何も、つまり俺たちは自ら生贄になりに行っているということか?いきなり連れてこられて?
「俺たちを生贄に?」
猫を睨む。そう易々と生贄になってたまるか。可哀想だがいざとなったらこの猫を・・・。そう思っていると・・・
「いえ?」
猫が否定する。
「え?」
「え?生贄に?何でですか?」
「いや、怨霊が言ってたんじゃ・・・?」
「え?嗚呼。では逆に聴きますけど、貴方いきなり連れてきた人を生贄にと言われて承諾します?」
「・・・でも妖怪とかなら別に魂取れるならならなんでもいいんじゃ・・・?」
猫がため息をつく。
「人間様の感覚だと、生贄は分かりにくいですかね?」
猫が欠伸をしながら続ける。影が小さく「あくびしてる・・・」って言ってるが気にしない。
「賭博でスった奴が何も知らない男女二人連れてきて、『コイツら俺の友人だから!コイツらが金払うから!』って言って賭場に入ろうとしたら了承します?」
「・・・しない。」
「でしょう?」
猫がまた歩き始める。でも疑問は解消していない。
「・・・じゃあ、何で俺たちを直ぐに帰さない?」
猫は歩みを止めない。それに慌ててついて行く。
「規則ですので。」
「ルール?」
「えぇ。残念ながら、迷い家に来たものを直ぐに返す訳には行かないのです。試験を受けてもらわないと。」
試験?その言葉に思い描いたのは学校のテスト。しかし、まぁこんな所じゃそんなわけないだろう。
「・・・どんな?」
「お答えできかねます。」
猫はそう答える。
「なぜ?」
「人間様は寺子屋の試験に出る内容を先生から教えて貰ったことは?」
・・・無いけど。神原先生だってテスト範囲くらいは教えてくれる。
「というのは建前で・・・」
猫が歩みを止めて振り替える。その表情は・・・嗤っていた。こちらを見下すように。品定めでもするように。
「私も腹が空くのでねぇ。食材をやすやすと逃がす訳にはいかないんですよ。」
その目線に背筋が凍る。さっきまでの穏やかで淡々とした口調では無い、威圧する声が頭に響く。
「・・・冗談ですよ。」
しかし、猫はまた淡々とした口調に戻って言う。尻尾を俺たちを弄ぶかのようにユラユラと揺らしながら。
「まぁ、人間様と影になりきれぬ影の味は気になりますが。」
そういうと猫は尻尾をタンっと床に打ち付ける。・・・今なんて言った?偽・・・?
「着きましたよ。」
いつの間にか猫の後ろには障子があった。さっきまで暗い廊下が広がっていたはずなのに。猫は再び尻尾を床に打ち付ける。障子が開く。
その先にいたのは、黒い、鎖を垂らした怨霊だった。
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《きたタタタタタタあああアァ》
怨霊が声をあげる。猫は煩わしそうに声を出す。
「五月蝿い。」
部屋は広く、先程まで俺たちがいた部屋の2倍から3倍はある。部屋の中は蝋燭がある訳でもないのにまるで蛍光灯があるかのように明るい。もちろん窓は無く、外の様子を伺うことは出来ない。怨霊はそんな部屋の障子とは反対の壁にはいた。興奮したように涎を垂らし、鎖をジャラジャラ鳴らしている。猫はそっちを見ることなく、部屋の中へと入っていく。
「ご安心を。アレは動けません。どうぞ中へ。」
猫の言う通り、怨霊はその体をグルグルと鎖で巻かれている。鎖の先端は何処も壁の中へと埋まっており、まるで壁から鎖が飛び出て怨霊を縛っているかのようだ。猫は部屋の中央に来るとこちらを見て座る。出来るだけ怨霊を見ないように、俺たちも部屋に入る。俺たちが入り数歩進むと、後ろで障子が閉まる音がする。振り返るとそこには障子は無く、壁があるだけだった。・・・逃げられないということだろうか?部屋の中には、猫と怨霊。それに人間とドッペルゲンガー。・・・どんな状況だこれ。怨霊は相変わらず声をあげて壁に拘束されている。猫は部屋の中央にいてこちらを見つめている。怨霊と猫を挟んで対角線に俺と影。
「さて、先ずは御二方にお詫びを。」
猫が頭を垂れる。
「アレが御二方をいきなり連れてきたのは、私たちの責任です。まさか、そんな余計なことをするとは思わず。」
言い訳になってしまいますがね。と猫は言う。
「ですが、御二方にはどうしても試験を受けてもらわないといけません。それはこちらの規則ですので。破ったら・・・嗚呼、言わない方が宜しいですかね?」
怖いんだけど。
「しかし、それはあまりにも不公平。ですので、御二方には少々有利となるように条件を。」
「ハンデ?」
猫が微笑む。
「えぇ。・・・おい。」
猫が後ろの怨霊に声をかける。同時に尻尾を床に打ち付ける。
「お前からだ。」
猫の両隣にはいつの間にか葛篭があった。大きい葛篭と小さい葛篭。
「選べ。何が欲しい?」
猫は不機嫌そうに怨霊に声をかける。・・・選べ?
《ふヒヒヒひひひワかってルぜえぇエエエちいさささササササいいいホウをヲを》
怨霊はそう言って笑っている。猫は呆れた様子で怨霊に問う。
「小さい方で良いんだな?」
怨霊は《そうダ》と言ってまた笑っている。猫は大きくため息をつき、小さい方の葛篭にその前足を置く。葛篭は猫の前足が置かれたところを中心に光の線が走り、やがて葛篭全体を包み込んだ。猫が前足を外す。
《キタキタキタキタきたキタキたきた!アタリだろおおお》
葛篭には既に蓋がなく、その中には暗闇が広がっている。猫が再びため息をつく。
「ハズレだ馬鹿者。」
葛篭から大量の鎖が飛び出る。それは怨霊に向かい、やがて怨霊を包み込む。
《ああああアァあ!?ナゼだああああ!?ちイサいほうはあたリだろウううう!?》
「お前がその選択をするのは45回目だ。」
猫が怨霊に背を向けたままそう告げる。怨霊は疑問の言葉を吐き続けていたが、やがて鎖で覆われ声も姿も無くなった。残ったのは、猫と俺と影。そして蓋の空いた小さい葛篭と蓋のしまった大きな葛篭。
「・・・さて。では人間様。選択のときです。」
猫が告げる。
「お選び願います。」
そういうと猫は大きな葛篭に目線を向ける。
「こちらにあるのは大きな葛篭。そして、先程のアレを封じたため、蓋の空いた小さな葛篭。何を欲しますか?どれを選択しますか?」
・・・。少し考えて、影に視線を向ける。さっきまでの猫を見続ける呆けた顔じゃなく、真剣な表情でこちらを見ている。さっきまでの出来事を見て、流石に真剣になったのだろうか。影を見たのは確認したかったからだ。今考えたことが合ってるかどうか。
俺も同意見だ。
そういう意見が頭に流れ込む。猫に視線を向け、告げる。
「要らない。」
葛篭は要らない。そう答えた。猫は目を細め俺たちに聴いてくる。
「要らない・・・。理由をお聴きしても?何を根拠に、要らないと言う結論に至ったのですか?」
理由は簡単だった。猫が何度か言ったこと。「欲深い者を閉じ込める」「欲を出さぬよう」この二つ。まぁ、これは大きな葛篭小さな葛篭からもわかる通り、大きいのを求めたらいけないって意味もあるだろう。しかし、それに加えて・・・
「ハンデがあるって言いましたよね?」
「言いましたね。」
そうハンデ。その事を告げた後に猫は怨霊に葛篭を選ばせた。そして怨霊が選んだのは小さい方。もし小さい方を選んで正解なら、怨霊はその時点で解放される筈だ。しかし、怨霊は鎖に飲まれて消えた。つまり、「欲を出すな」とは・・・
「そもそも求めるなということ。」
「・・・。」
猫が笑う。ニタリと。
「素晴らしい。えぇ。素晴らしい。理由まで完璧なのは六十年と少しぶりです。嗚呼。お若いのに。実に素晴らしい。」
猫が尻尾を床に打ち付ける。葛篭は消え、部屋には猫と俺と影が残る。
「『迷い家』とは。欲する者を戒める場所。ここにたどり着いたものは、多くの誘惑に耐えなければなりません。」
猫は真っ直ぐこちらを見つめ、話を続ける。
「昔はもう少し意地の悪い試験だったのですが・・・。こういう方が公平かと思いましてね。誰もが知るであろう大小の葛篭。加えて道中の説明と手引。ここまでやって気づけないのなら、世間にいてもそれは毒となるでしょう。」
あの怨霊のように・・・。猫は悲しげに伝える。
「あれも百数十年前までは形を保っていたんですがね・・・。」
あいつは百年以上、ここであの選択をしてたのか・・・。しかも毎回葛篭を求めて・・・。猫が尻尾を床に打ち付ける。その瞬間、俺の手に何かが入ってきた。これは・・・お守り?
「其は景品のようなものです。どうぞご遠慮なくお持ち帰りください。」
影も同じ物を貰っているようだ。お守りを軽く見せてくる。
「其は幾つかの災厄から御二方を護ってくれるでしょう。」
また猫は笑う。慈愛に満ちたような黒い瞳でこちらを見つめる。
「えぇ。えぇ。残念ながらお時間です。もう少しお話したかったのですが・・・。」
俺たちの体の周辺に光が浮かぶ。それは俺たちを包み込み、やがて浮遊感と共に目の前に覆い被さるように広がる。
「また機会がございましたらお越しください。」
その猫の声を最後に俺たちは迷い家から消えた。
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気がつくと自販機の前にいた。あの怨霊に見つめられていた時の自販機の前に。どうやら時間は経っておらず、あんなに長くいた筈なのに日は一切傾いていない。白昼夢を見ていたのかと思うほどに広がる日常の風景。けれど、俺の手の中に握られているお守りが迷い家の存在を証明した。
「影・・・?」
影がお守りを見つめ立っている。その目は真剣で何かを考えているようだった。
「・・・おい?影?」
「にゃんこライフ・・・。」
ほっとくことにした。どんだけ猫好きなんだこのドッペルゲンガー。
ふぅとため息をつく。時間は経っていないらしいが、精神的にはすごく疲れた。お守りを制服のポケットに突っ込み、家へと足を動かす。数歩してから後ろを見ると影の姿は消えていた。そしてまた家を目指す。できることなら、もう二度と余計なことに巻き込まれないように願いながら。
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「さて。」
猫が尻尾を床に打ち付ける。誰もいない部屋にタンっという音が響く。
やがて鎖が床から一本、二本・・・と生えていき、やがて大樹の様な太さになった頃に鎖の中央が開いた。鎖の大樹の中心には怨霊が一匹。
《もうイチどただただだダダ・・・つぎコソソソははは・・・》
懲りもせず、喚いている。
「いや、もう仕舞いだ。」
猫がゆっくりと鎖の大樹に近づく。一歩事に猫は大きくなっていき、やがて大樹の直径よりも遥かに大きい体となった。それは猫と言うにはあまりにも凶悪で、強烈な化け物だった。
「もう食べ頃だろう?」
化け物は口を大きく開くと大樹に噛み付く。途中、怨霊の叫ぶ声や骨の折れる音が聞こえたが、化け物は気にする様子もなくバリボリと咀嚼する。
「ご馳走様でした。」
化け物は猫の姿に戻りゲップをする。猫の目は黒く、そして冷たく輝いていた。
「嗚呼、不味い。やはり地獄行きはこんなものか・・・。」
猫は一匹てニタリと嗤う。
「次の食材はどんな味だろうか。」
部屋の中には何も無く、殺風景な内装があるだけだった。灯りはなく、薄暗い。どんよりとした空気だけが部屋の中で渦巻いていた。
リアルが忙しくて前回から1年近く経ってました。ビックリしました。