前提都市伝説:狐狗狸さん
ドッペルゲンガーに殺されかけて2週間が過ぎた。
あいつは姿を表していない。あの時起こった出来事は俺の中で少しづつ薄れてきている。高校の友人も俺が体調不良になった時は心配をしてくれたが、そんなことは彼らの中では些細な出来事のひとつなのだろう。
変わったことは無かったが、妙な噂が流れ始めていた。
1限目を終えた、短い休み時間の間でもその噂の話でクラスはもちきりだ。俺は噂話も怖い話も好きだったが、件の事であまり参加はしなかった。だから、俺が知ってるのは噂話の断片だけだ。だが、詳細を聞きに行く気は一切起きない。
「二身ー!噂話しようぜ!」
・・・噂話から来た。だか、聞く気も一切起きないので。軽く睨んで、そんな気分では無いということを伝える。
「色々あるぞ!呪われたお嬢様や、人の消えるアパート。さらには、クラスの恋愛事情まで!」
「・・・前半と後半が、落差ありすぎるだろ・・・」
どうやら噂話をしたくてたまらないようだ。人の目線に気づかないほどに。無視とは恐れ入った。まぁ、こいつ1人なら、こちらも聞き流せば問題ないのだが・・・
「まじで?俺あれ知ってるぜ!人を閉じ込める駅!」
「あ!私は山の社のことの噂知ってるよ!」
増える。増えた。増えている。確実に増えていく。誰が話すとそれに吸い寄せられるのが普通にと言わんばかりに、クラスの人間が集まる。
「何!?何!?集まって何してんの!?人狼!?人狼やるの!?」
「ちげーよ。落ち着け。雨鐘。」
「違うの!?なんで!?人狼楽しいよ!?」
・・・関係ないのも寄ってくる。雨鐘君いつも人狼やってるね。・・・ここまで人が寄ってきて、話が盛り上がってるなら、諦めて噂話を聞くことにするしか無いようだ。かといって、古い噂話を聞いても楽しくない。1番最初に話しかけて来たやつに、話をふる。
「なぁ。1番新しい噂ってないのか?」
彼はそれを聞くと、待っていましたとばかりに目を輝かせる。
「ふっふっふっ・・・それはもちろん・・・k」
「『コックリさん』だね!」
邪魔された。どうしたの雨鐘君。人狼じゃないって言われてちょっとシュンってしてたじゃん。
「邪魔すんなよ!俺が話してんの!」
「コックリさん?今時?」
「あれ?二身君?進むの?俺は?」
「そうだね!今更だけど流行ってるんだって!」
「あの・・・おr」
雨鐘の話によると、今最新の噂はコックリさんらしい。コックリさん・・・名前は聞いたことがあるがやったことは無い。使うのは五十音と「はい」、「いいえ」、鳥居が書いてある紙と10円玉だったはずだ。一種の降霊術だったかな。いくつかルールがあり、それを破らない限りコックリさんが質問に答えてくれるらしい。
「それでね!それでね!それがただのコックリさんじゃないんだって!最初から『怒ってる』んだって!」
「怒ってる?」
「そう!ルールを破った時みたいに!それで何人もの生徒が呪われて、大変なんだって!」
最初から怒ってるとは随分と理不尽なものだ。唐突に殺されかけるよりはいいかもしれないが。
チャイムがなる。2限目が始まるのだろう。10分という短い時間で、集まっていた生徒達は自分の席に戻る。まだ話している者、スマホをいじる者、教科書をめくる者など席に戻ったあとはそれぞれだ。次は数学で、担任が担当をしている。そのせいか、皆他の授業より空気が緩いのはいつものことである。
・・・しかし、今日は先生が来るのが遅れた。来なかったわけでは無いのが残念だが、授業が短くなったと考えると少し得をした気分である。
「はぁい。お待たせ。みんな大好き数学の時間だよ。」
担任が来ると、話し声が少し小さくなる。押した時間は10分ほどだろうか。
「待たせてごめんね。実は僕達、職員全員が職員室に呼ばれてね。」
「神原先生?何やらかしたんですか?」
「職員全員だって。僕じゃないよ。あとやらかすんなら、もっと儲けてからやらかすよ。」
神原先生は授業の準備をしながら、話を始めた。先程聞いたばかりの噂話の事だった。
「いやねぇ?なんか最近『コックリさん』なるものが流行ってるらしいじゃない?それで夜遅い時間にこの学校に忍び込もうという肝の座った子達がいるらしくてね。ちょっと問題になってるんだよ。」
「夜に忍び込む?なんでですか?」
生徒達から疑問の声があがる。まぁコックリさんするのに夜である必要は無い。それに、学校に忍び込む必要も無いわけだし、当然の疑問だろう。
「あ!俺知ってるぜ!怒ってるコックリさんを呼ぶには、夜に学校でやるんだってよ!」
1人が声を上げる。さっき雨鐘に、話を邪魔されたやつだ。邪魔されて拗ねてた分なのか、声がいつもより大きかった。
「あぁ。それそれ。なんか妙な噂流してる子がいるらしくてね。みんな夜に忍び込むのよ。まぁ、それだけならめっちゃ怒るだけでいいんだけどねぇ・・・」
神原先生は少し言いにくそうにしている。言うかどうかを迷っているような感じだ。だが、興味がわいている者が多いのと噂話の広がりようを考えてか、話を続けた。
「・・・忍び込んだ子。皆、昏睡状態なのよ。」
教室が静まる。皆予想していない事を言われた顔だった。神原先生は「やっちまったかな・・・」という感じで、頬をかく。昏睡状態?コックリさんで?そんなに危ないものなのか?神原先生はそんな教室を安心させようとしたのか、再び口を開く。
「まぁコックリさんっていうのは、集団催眠みたいなものだって見たことあるからさ。そんな類の話だろう。君達がそんなこと無いようにっていうので職員に通達があったんだよね。幸い、この学校ではそんなに数は多くないんだ。安心してくれ。」
多くないっと言っても、昏睡状態の生徒がいるという事実にゾッとする。が、皆自分の知り合いがそうなっていないのか、先生の言葉に少しづつ声が戻る。
「集団催眠だって。」
「怖いね。」
「先生。その子達は大丈夫なんですか?」
「ん。命には別状は無いらしい。」
それを聞いて、皆ようやく本当に安心したのか、声が大きくなる。神原先生もそれを見てホッとしたのか、続ける。
「だいたい、コックリさんなんて流行ったの何年前の話だってのよ。懐かしいものにハマるね君達は。まぁ、忍び込んだら相応の処置をして良いって職員に言われたのでそのつもりで。」
「相応の処置?なんですか?」
「親に連絡した後、三者面談に加え、放課後指導とついでに宿題増量だ。」
本当に嫌な処置だった。それを聞いて忍び込もうなんて考える生徒はいないだろう。
夜ね。
教室は、「それは嫌だ」という空気で溢れている。安心したクラスがいつもの緩い担任の授業前の雰囲気に戻る。先生はそんな様子を見て「良し」と声を漏らす。クラスの雰囲気が完全に戻り、安心したのか声を出す。
「よーし。それじゃあ授業だ!大分押したから、いつもの3倍くらいのペースでやってくぞ!」
クラスの雰囲気が若干悪くなったような気がした。
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4限まで終わり、屋上に出る。今日も屋上には誰もいない。
コンビニのパンにかぶりつく。結局あの後、みんな噂話をすることは無かった。1度安心したとはいえ、「昏睡状態」が気になっているのだろう。集団催眠と言っていたが、恐ろしい事もあるものだと、ボーッ考えていたのだが・・・
「『コックリさん』ねぇ?本当に今時だな・・・。」
いつも間にいたのだろうか。女子が俺の横に立っていた。屋上に人がいるのも珍しい。なんだろうか。告白とかする予定でもあるのだろうか?それくらいでないと、こんな人気のない屋上に来るはずが無い。邪魔しちゃ悪いから、別の所に移動するか。
「何処へ行くんだ、衛?座れよまだ昼休憩は始まったばかりだろう?」
・・・黒く長い髪に、青い瞳。この学校の「女子」の制服を着た少女。俺じゃない俺。二身影がそこに立っていた。
「・・・お久しぶりです。」
「なんで敬語なんだ?お前と俺の仲だろう?無礼講といこうじゃないか。」
「・・・殺されかけたやつに、そんなフランクに話せる奴はいないと思うぞ。」
本当にいつの間に立っていたのだろうか。全く気配を感じ無かった。影は俺が食っていたパンと同じ種類のパンの袋を開けると、かぶりつく。美味しいのか、ちょっと笑顔だ。・・・殺されかけたやつでなければ、可愛かったかもしれない。
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。今回俺が気になってるのはな・・・」
「よくねぇよ。俺今殺人鬼と二人きりだよ。心臓の鼓動がいつもより早いよ。」
「思春期男子の大切な感情だ。覚えとけ少年。」
「こんな感情抱く思春期男子はそうそういねぇよ。」
影はパンを食べ終える。パンの袋はいつの間にか消えていた。
「進まないから続けるぞ。俺が気になるのはその『コックリさん』だ。」
「・・・いつの間に聞いてたんだ?教室にはいなかっただろ?」
「言ったろ。お前の影にいると。・・・それで、気になるのはその『コックリさん』と『俺という存在』の共通点だ。」
「共通点?」
影は俺を見つめる。その青い瞳に俺の姿が映る。身長は同じはずなのに、少しあちらが小さく見えるのは何故だろうか?
「微妙な『ズレ』だよ。本来の俺達の特性とのな。」
『ズレ』と言った。そういば教室でも疑問に思ったことだ。「最初から怒ってるコックリさん」。ルールを破らなければ怒らないと思われるコックリさんが最初から怒ってる。普段とは違う、微妙な『ズレ』。・・・それはまるで、『性別の違うドッペルゲンガー』のような。微妙な・・・微妙・・・
「いや性別は微妙な『ズレ』じゃないだろ。生物学的に。」
「・・・・・・・・・そこで思いついたことがあってだな。」
「無視すんな。」
影は俺の前に歩み寄る。光の中の俺と、影の中の俺が向かい合う。
「・・・そいつ、調べてみよう。」
「は?嫌だよ。」
「なんで!?」
影が驚愕の表情を浮かべる。いや、だって先生が「相応の処置をとる」って言ってたもん。俺だって優等生とはいかずとも、不良に扱いは嫌だ。
「えぇ・・・。無いわー。女子から夜のお誘いあって乗らないとか無いわー。」
「行きたくない理由を1から説明してやろうか。この野郎。」
ただでさえ、殺されかけた相手だ。行きたくないのは当たり前だろう。俺は、こいつと今後も一緒にいたいわけじゃない。出来ればさっさと消えて欲しいぐらいで・・・
「・・・ほう?ならばこう言おうか?」
影はニヤッと笑い、俺に告げる。
「もし、これを調べれば『俺』が消える可能性がある。」
・・・魅力的な話であった。確かに今回の件を調べて『ズレ』の原因や、内容を知ることが出来れば、目の前のこいつが消える可能性がある。だが、問題は今回の件で何も分からなかった時だ。その場合、俺は先生の信用と学友と、ついでに命を奪われかけない。・・・頭が痛い。どっちみち「死」の可能性は避けられない。・・・どうすれば良いのだろう?
「早くしろよ、本体。もうすぐ昼休みが終わる。」
「・・・後日返答は・・・?」
「駄目だ。今決めろ。」
無茶な要求だ。命に関わることをその場で決めろと言う。・・・だが、もしこの悪夢が消える可能性があるなら・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった・・・やろう。」
「えー。めっちゃ嫌そうだな。」
「シバくぞ。」
おちょくってくるのが腹立たしい。が、影は笑っていた。嬉しそうに。年相応の少女が友達と話すように。
「良し!やろう!俺とお前で噂調査だ!今日の放課後、教室集合な!」
青い瞳は、日陰だというのに輝いているように見えた。遊ぶ約束をするかのようなフランクさで、約束をしてくる。・・・こいつ、普通に楽しんでないか?
と、影は自らの顎に手をあてる。
「・・・噂はなんかダサいな。なんか良い言い方無いか?」
「・・・もう決めてんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・都市伝説調査だ!!」
「結局ダサいじゃねぇか。」
「シバくぞ。」
どうやら、俺達の雰囲気も少し和らいだようだ。と、授業開始5分前の鐘が鳴る。急いで教室戻らなければ。階段への扉を開け、ふと疑問に思ったことを述べる。
「そういえば、お前は・・・」
授業どうしてんだ。その言葉が口から出る前に、影は消えていた。・・・・・・まぁ、良いか。ドッペルゲンガーだし。
俺は、急いで階段を降りる。
放課後教室で。本当に、ドッペルゲンガーでなければ、ワクワクしてたんだろうな。
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コックリさん。コックリさん。おいでください。
さぁ仕事の時間だ。
恨め。恨め。恨め。恨め。
お前とは関係の無い生命を。生者を。
祟れ。祟れ。祟れ。祟れ。
お前のことを知らぬ生命を。生者を。
怒れ。怒れ。怒れ。怒れ。
お前のことを知らぬ生命を。生者を。
十円玉如きでお前を縛れるものか。
五十音のみでお前を表せるものか。
線の鳥居如きでお前を縛れるものか。
是非のみでお前を表せるものか。
さぁコックリさん。おいでください。