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第六話

「このような素敵なものを見せてくれて、どうもありがとうございます」

 私の横でショーを見ていた祭司さまが労いの言葉をかけてくれた。

「い、いえ」


 私は反射的に頭を下げ、子供たちに囲まれている少女の方はひとまず一定のアルゴリズムで対象と交流を行う自律モードに移行させておいた。

 

「私もその、満足できました。来てよかったと思います」

 

 私は何の社交辞令でもなく、本心からそう言った。マウ君らは少女のちょっとした反応や動作に喜んでいる。今は言わば手放し状態なので会話まではできないが、まあ自分たちの言葉に反応する精霊人形というだけでも子供たちには新鮮な経験だろう。

 

「あなたとそのお人形さんのことはマウから聞きました。なかなか興味深い趣味をお持ちなのですね」

 やはり皮肉を感じさせない口調で祭司さまは言う。

 ただ、それでも私は勝手に自虐的な気分になった。

「あはは。あまり理解には苦しむでしょうが……」

「そうでしょうか……これはあくまで私の経験と直感による解釈なのですが」

 

 そう前置きをして、祭司さまは穏やかな面持ちを崩すことなく告げた。


「あなたは過去に辛いことがあって、あのお人形さんでそれを清算しようとしているのでは?」

「っ……!」

 

 一瞬、時が止まった。

 

 それほどに、衝撃的に、祭司さまの言葉は私の本質に迫っていた。

 恥ずかしくなったからなのか、ただ純粋にびっくりしたのか、分かってもらえたことが嬉しかったのか、はたまたデリケートな部分を暴かれて怒りを覚えたのか。私は私がどうして固まってしまったのか、私にもよく分からない状態で、何も考えられなくなって。あれ、私はいま何をしているのだったか。

 

「……ごめんなさい。少し無遠慮が過ぎたようですね」

 

 固まってしまった私を見た祭司さまが申し訳なさそうな表情で頭を下げた。

 違う、別に謝らなくてもいいんです。いや、でもあんまりびっくりしたから謝罪の一言くらいあっても。……いややっぱり違う。そんなこと求めていない。

 ひとまず、何か言わないと。


「びっくり、しました」

「え?」

「だって、そんなに核心を突いてくるとは思わなかったもので。ええ、その通りです」

 

 私は一呼吸置くように少女やマウ君の方を見遣った。どうやらボール遊びを始めたらしい。自律モードの少女で満足に動けるだろうか。


「どうしてそう思ったんですか?」

「長いことこういう勤めをしていますとね、直感的に気付いてしまうんですよ。あるいは私の魂が内からささやくのでしょう」

「そういうものですか」

「ええ。それとも、理論的な根拠が欲しかったですか?」

 

 何この人こわい。

 

「……いえ、結構です」

「何か悩みや、吐き出したいことがあれば遠慮なく仰ってくださってよいのですよ」

「仕事だからですか?」

「いいえ、今日のお礼です」


 私は浅くため息を吐いた。正直、マウ君たちと少女を交流させることができた喜びと、ショーが成功した達成感に私は酔っていた。そして人は酔うと饒舌になる。だから今の私は舌がよく回る。


「……何から話せばよいか。確か――」

 

 中庭に差し込む山吹色の日差しに促されるように、私は己の過去をぽつりぽつりとかいつまんで語り始めた。

 

 

 

 

 父の顔は知らない。私が物心ついた時にはもういなかった。母が「じょーはつ」とよく言っていたことを覚えている。当時十歳だった私にはその言葉の意味など分かるはずもなかった。ただし母が言わんとしていることは子供心にも理解していた。

 

 そんな母もその冬に死んだ。お金も頼れる者もなく、限界が来たのだろうと今は思っている。少し内気だが優しい母だった。悲しくて寂しくて、そして言いようもなく不安で、私はそれからの三日間あまりで一生分の涙を流し切った。

 だからだろうか、その後に待ち受けていた数々の仕打ちに対しても、私は一滴の涙も流さなかった。


「何度言わせれば分かる! こんな雑な仕事で食っていけると思うのか!」

 

 私は親戚の精霊人形工場で働かされることになった。身寄りのなくなった私には一人で生きていく術などあるはずもなく、私を引き取った親戚もその時初めて会った人だった。神経質で怒鳴ると怖い人だった。

 仕事はまだ幼い少女には酷だった。パーツとなる木材を削り、箱から箱へと移していく作業。彫刻刀は思うように入らず、削り過ぎたり、粗かったり。自分の指を切った回数は途中から数えるのを諦めた。

 

 辛うじて母の死を悲しむ暇はあったが、学校に行けなくなったことを悲しむ余裕まではなかった。心を殺して、ひたすら耐えて、時は空虚に、しかも緩慢に過ぎていった。

 そのころの私の心に唯一活力を与えていたのは、精霊人形の完成品だった。工場にあるのは服も着せられず、乳首と性器のない裸の義体が無機質なものばかりだったが、あそこにある人形が実際に動くところをこの目で見てみたい、あわよくば自分で操ってみたい。そんな好奇心と欲求が既に芽生えていた。

 いつも夜眠る前に屋根裏部屋の粗末なベッドに仰向けになり、私が人形遣いになって華麗に人形を操っている光景を夢想するのが、私の数少ない楽しみだった。

 

 その後紆余曲折があって、私が十七歳の時にその夢へと続く道を歩き出すことになった。それから七年間、私は人形遣いとしての道を歩み続けてきた。取り立てて才能がある訳でもなかったが、仕事は楽しかったし、今ではここまでの実力をつけるに至った。

 

 

 

 

「――だから、私が失った少女時代をあの子に埋めて欲しかったんです。そして同時に自分への慰めにもなる。こんなところです」

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