取り巻く環境たち
特にないです。今回も楽しんでいただければと思います。
「テア・フォース」。それがかつての戦争で開発された武器や兵器の総称である。
異星から運ばれる「コア」というエネルギーがベースとなっておりそれがテア・フォースに組み込まれている。
またその中でも「オリジナルコア」と呼ばれるものがあり、それに適合した者にしか扱えない代物である。適合しないものが持ったとしてもそれは何の変哲もない無機質の塊となるだけだ。
適合しなかった者や、警察、警備などの人々が使用している一般用のテア・フォースは異星でオリジナルコアが発掘される際に出てきたコアのカケラを地球で加工し、増殖させたものである。それらはオリジナルコアのように好き嫌いが無く、誰にも簡単に使えるよう改造がなされている。
その誰にも使える方を「コア」、適合者のみにしか使うことの許されない方を「オリジナル」と呼ばれている。現在地球人でオリジナルを扱える者は20人いるかいないかぐらいだと言われており、その適合者たちが中心となってかつての大戦を終わらせたという話だ。
戦局は押され気味で地球の約30パーセントも異星人に占領されていたにも関わらず、適合者を戦地へ投入すると瞬く間にその領地を取り返し、約2か月足らずで前線を宇宙へと移したと言う。
そんな英雄たちは今もなお地球で暮らしていると聞くが関係者を除いて誰一人そのメンバーを知るものはおらず、公表もされていない。戦争参加者でさえも知らない人がほとんどだったらしい。
オリジナルのパワーや出力は一般的なコアとは比べ物にならないが、もし適合したとしても長期間に渡って特訓しなければその武器の本当の能力を引き出せないという。
またオリジナルとコア両方に限らず発動させた場合の身体能力の強化がなされ、テア・フォース発動時の人間の運動能力は通常時と比べ単純計算で2~3倍に跳ね上がると言われている。九条の腕力がさらに増えたのがいい例だ。
俺の在籍している神辺学校では誰もが使用可能なコアの方で造られた武器を使い、訓練や授業が実施されている。
この学校は特殊で世界で初めてテア・フォースを授業に組み込んだ学校でもあり、ある意味試験も兼ねたカリキュラムである。そう遠くない将来、誰もが護身用などで武器を所持する時代が来るかもしれないという考えの元、この学校は設立され運営されている。
そのためか敷地内の作りは一般的な学校というより大学のような雰囲気があり、開放感といったものが敷地内にはあった。そしてこの学校に入っていれば大学に行かずともそれなりの就職先が見つかるという事で倍率もそこそこ高い。新設の高校という事で校舎もきれいで、設備が充実しているのも理由の一つかもしれない。
だがやはり人気の一番の理由は「武器を扱えるから」との声が多いらしい。
俺は就職の道が最短で行けるなら、との理由でこの学校を選んでおり他はどうでもよかった。
「アキトー、今から帰り?」
放課後、まだきれいな黒塗りの正門近くで後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには一年の時同じクラスだった雨野がカバンを後ろ手に持って立っている。
「いや、今日は事務室の方で課外ミッションだ」
実践演習の成績優秀者、つまりレート上位者には課外ミッションといういわゆる特別な宿題が学校で課せられる。
それはいつも警察署と連携して行われておりそこの事務室(俺たちが勝手にそう呼んでいる場所)で指示されるため、週に三日程度こうして警察署に向かうわけである。
「私もついて行っていい?グレイさんに出さなきゃいけないレポートがあって」
そう言ってトコトコと近づいてくる。肩につくかつかないかぐらいの黒髪に真ん丸な黒目。年相応のキレイな顔つきでかわいらしい女子である。雨野結唯。
校則通りきちんと女子用の制服を着用しているのだが、控えめに、その存在をしっかりとアピールしている膨らんだブラウスに朱色のスカートがよく似合っていた。少し首をかしげて俺の顔を覗いてくる。夕日から指す光が木々の合間を縫って彼女の肌を照らしていたのが少しだけ色っぽく見えた。
「別にいいけど・・・それぐらいだったら俺が渡しておこうか?」
「ううん、私こういうのはちゃんと手渡ししておきたいから」
彼女は首を横に振り俺の提案を優しく断った。昔からこういうところはしっかりしているやつだったことを何となく思い出す。
「じゃあ、一緒に行くか」
「うん!」
小さな頷きと共に、雨野の嬉しそうな返事が返ってきた。
■ ■ ■ ■ ■ ■
「もう戦闘記録見たのか」
「うん、みんなの調子はどんなかんじかなーっと。私以外あんまり気にする人いないでしょ」
学校から警察署への移動中。俺と雨野は実戦演習の話題でそれなりに盛り上がっていた。
実践演習の戦績記録は授業が実施されるたびに結果が更新される。
そして雨野に言われた通り、レート表を見たのは久しぶりかもしれない。
「そういう雨野はどうだったんだ?」
「私は誰とも当たらなかったから、テキトーにやってもらったよ」
少し気落ちしたような声のトーン。雨野も俺や九条と同じく上位者である。
しかし今日は上位者がいるクラスに当たることが無く不完全燃焼らしかった。口にはしなかったが、彼女の表情がそう物語っている。
「もし時間が余れば署の訓練室で相手するけど」
「え、ホント?」
「あぁ。今日の任務が簡単だったら、の話だけど」
課題任務はその都度違っている。それこそ10分で終わるものもあれば2時間以上かかるものもあった。だからこの口約束はあくまで運頼みである。
「うん、それでお願いしてもいい?」
隣で同じペースで歩く雨野が首を傾げて聞いてくる。それが彼女の聞いてくるときの癖だった。
「構わないけどその分帰り、遅くなるからな」
「それは大丈夫。親にもきちんと連絡するし」
雨野の表情は少し嬉しそうであった。
一時期、帰りが任務や皆で居残り訓練をしていたせいで極端に遅くなった。それが原因で雨野の両親が彼女の放課後の寄り道を禁止したことがあったのだ。以来、横を歩いている彼女も反省した様で遅くなる時は必ず連絡するよう心掛けている。
「アキトはハルちゃんに連絡しないの?」
時計型デバイスから長方形の電子パネルを開き、メッセージを打ちながら聞いてくる。視線はパネルに向けたままだ。
「朝、家出る前に言ってるからな」
「おー、さすが。きっちりしてる」
「もうこの生活も長いし」
そう言うと雨野は少しバツが悪そうに黙り、電子パネルを打つ手が止まった。
少ししまった、と思った。
俺の家庭事情を知る人間は、家族以外だと昔から付き合いのある雨野家と事務室のメンバーだけである。それなりにいろいろ事情があるためみんな気を使ってくれているみたいで俺たちの前では家庭の話はしない。
いや、しないように心掛けてくれている、と言った感じだ。
それなのにも関わらず俺が何となく発した言葉で台無しにしてしまった。
俺も雨野も足だけは止めることなく着々と目的地へと向かい、その足音だけが俺たちの空間に響いていた。空は青から朱に少しずつ変えつつあった。
不意に隣の彼女が展開していたパネルが消え、顔をこちらに向けてくる。
「そ、そう言えばさ、今日何で沙良ちゃんに負けたの?」
急な話題転換。沈黙に耐えきれなかったのだろう。笑顔で問いかけてくるが、その笑顔が少しさみしそうに感じる。
「あいつさ、一昨日事務室で試験用の新しいデバイスを借りてたみたいでさ、それで負けた」
その気遣いに感謝しつつ、会話を再開させる。
「新しいのって・・・あのコンタクト型の?」
「そうそう、見事に熱探知でやられた」
今思い出しても悔しさが心の中でわだかまる。今日の戦績は1勝2敗。2戦目は勝てたが、3戦目で力負けし総合結果は負け越してしまったのだ。その時の九条の表情と言ったら。まるで小学生が誕生日プレゼントでずっと欲しかったものを買ってもらったような無邪気さと嬉しさを振りまいていた。
「あー、熱感知か~。それ厄介そう」
「いや、お前の武器だったら大丈夫だろ」
雨野の武器は電撃系である。そう言った属性みたいなのが付与されているテア・フォースも少なく無い。他にもオーソドックスなものとしては炎や水なんてものもあり、上手く利用することで戦局をより有利に進めることもできる。
「それでも視界不良の時は対処できないなぁ、悪あがきの攪乱程度に電撃流すぐらいかな」
「ソウジさんに聞けば、なんか教えてくれるかも」
「あいつ、勘とかテキトーな事言いそうだな」
「そんなことないと思うよ。あの人あんなちゃらんぽらんだけど実力は確かだし」
軽くけなす雨野。
「さらっとひどいこと言うな」
「そう?間違ったこと言ったつもりはないけどねー」
少しこちらに顔を向け、いたずらっぽく笑って見せる。
「でも剣の腕は紛れもなく凄いんだけどな」
「アキトもそう思うんだ。同じ剣士として尊敬してたり?」
「それは無いな。人格破綻者だし、あの人」
「私よりひどいよ、それ・・・・・・」
呆れた物言いだが否定しないところを見ると雨野も同意見みたいだ。
「でもさ、ソウジさんやその他の人たちはともかく、私たちみたいな学生がこんな簡単に人を殺すことが出来る武器を所有してていいのかな?」
少々雨野の表情が曇った。彼女の言いたいこともわかる。いくら訓練室内のセーフティモードで使用していても一歩外に出れば立派な凶器だ。
「そんなことにならない様に俺たちは今の学校に通ってるんだろ」
どんなことも若いうちに正しい知識と使用方法を学ぶ。いつの世もそうしてきたことだ。
「うーん、私は、ただ・・・・・・アキトと・・・ごにょごにょ」
うつむいて、しかも消える様な小声で言ったため途中から何を言っているのかさっぱり聞き取れない。タイミング悪く車が通った事も重なったからだろう。
「最後の方よく聞き取れなかったんだが・・・。俺が何だって?」
「なんでもない!・・・・・・そんな事よりもう着いちゃった」
只でさえ夕日で照らされた肌は赤く染まっているのにそれよりも真っ赤になって声を大きくして言い返してくる。が、すぐに元のテンションに落ち着いた。
「ま、学校からそんな遠いとこにあるわけでもないしな」
俺たちの目の前に広がるのは25階建てのオフィスビル。
これが現在日本の治安を管理、維持している日本県警の総本山である。昔は東京の方にあったらしいのだが、現在は位置的な事により日本の真ん中である関西地方にその場所を移している。
この神辺市ドーム内で一番高いビルであり、その存在感を一際アピールしていた。正面玄関は2か所あり、そのまままっすぐの平地での入り口に一か所。もう一か所はビルの右正面にあるエスカレーターと階段を上がってそこから入る入口。平地の方は業者などが行き来するためのもので、その隣にある大きな出入り口からはトラックなどの車が出入りしている。直接地下の駐車場に繋がっているのだ。
雨野ともう一つの入り口に向かうためエスカレーターを上がると多くの人が出入りしていた。警察官の人たち、黒のスーツに身を包んでいるサラリーマン風の人たち。メディア関係なのだろうか首からカメラをかけ、重そうな脚立を持っている人も見受けられる。
そんないつもとは少し違った風景に戸惑いながらも俺たちは人ごみを縫いながら受付へと向かう。いつもより疲れた顔で受付のお姉さんに対応してもらい、建物の中へと入っていく。
入ると、広いロビーは出入り口で待機していた人よりも多い人だかりでごった返していた。
各々自分たちの目的の場所へと向かっているのだろう。ロビー内の熱気も人の多さでいつもの時とは比べ物にならない。ここは空調がきいているはずだが外よりも熱く感じる。
俺は制服の第2ボタンに手をかけ、それを外す。隣の雨野も暑そうに胸元をパタパタとしている。その顔は人の多さでげんなりしていた。
床は滑りやすそうなきれいなアスファルトで出来ており、所々でライトを反射しているはずだが今は人が多すぎて下があまり見えない。そして上を見上げると1階から5階までが吹き抜けとなっており、ある種の商業施設を彷彿とさせる造だ。とても警察署とは思えないような内装である。
帰りたい気持ちをぐっと抑え一切の迷いなくロビーの端に設置されているエレベーターのところへと向かった。背中を見失わないように雨野も付いてくる。
全てで4基あるエレベーターは忙しなく動いており、現在もエレベーター前では一階に来るのを待っている人が多い。少し待っていたら一基が到着し、そこから数人が出てきたところで俺たちはそのエレベーターになだれ込む。運よく壁側に立つことが出来たため、そこに備え付けられているパネルの20階のボタンを押す。それなりに広かったはずのエレベーターはすぐに満員になり、中がぎゅうぎゅうのまま扉が閉まり移動が開始された。
さて、雨野はどこにいるのかとエレベーター内を見渡す。
「ちょ、ちょっと・・・・・・」
彼女の恥ずかしそうな声がした。案外近くにいるようだが肝心の姿が見えない。真後ろにでもいるのだろうか。
だが俺の周りは人でいっぱいのため、方向転換することが出来ないし、移動もできない。顔を精一杯後ろに向けると、男の人の背中らしきものが俺の後ろに当たっていた、少々嫌な感じがしたがこれを堪える。探す手立てが無く困っていると。
「ど、どこ見てんの。前だよ、前」
「前?」
そう言われ真正面を見ると雨野がいた。行先変えボタンを押し、すぐに視線を辺りに移していたために全く気が付かなかった。
現状を確認。俺と雨野は向い合せになり俺が両手で所謂壁ドンをしているような状態となってしまっている。両腕で彼女の顔を挟んでいるような形で、後ろからは大きな荷物を抱えた警官の背中が当たっており、かなり俺の方に重心がよっているため少しでも力を抜いてしまうと雨野との距離は一気に縮まってしまう。つまりお互い気まずい状況だった。
声を掛けられた拍子で目が合ってしまい、数秒見つめあったが二人とも顔を真っ赤にして、あっていた目を互いに即逸らす。
それと同時に8階に着いたランプの合図が出て、数人が出て行く。
そこでゆとりが出るかもと少しだけ思ったが、出て行った分人が入ってきたようでこの狭さがまだ続いていく。
しかし俺は雨野に迷惑にならないよう必死に耐えた。腕が多少しんどくなってきたがまだいける。そう思い腕に更なる力を込め、雨野との距離を死守する。
一方で雨野は少々、顔を赤くしぎこちなさそうに目をキョロキョロさせている。
目を合わせまいとしてくれているのかどうかはわからないが俺に今できることは雨野とのこの距離を保つことであった。
階が上に進むにつれ、人が減っていくと思っていたのだが世の中、中々自分の思い通りにはいかずに、止まる度に出てった分だけ人が入ってきている。後ろに立っている男性も、降りる気配を一向に見せなかった。
17階に到達し、そこで人が一気に抜けてエレベーター内は俺たちを含め数名程度となった。人がいなくなった分新鮮な空気が入り、熱かったエレベーター内を換気していく。
どうやら後ろのお兄さんも降りたらしかった。
俺は急いで出入り口へと姿勢を向け、それに合わせるように彼女も横に立った。顔はまだ少し赤いまま。
「人、すごかったね」
周りの人がまだいるので、俺にしか聞こえない程度の小声で話しかけてくる。
「さすが日本警察の総本山だな。なんかロビーも人多かったし」
「何かあったのかな」
確かにビルの自動ドアから出入りする人が多かった。加えてロビー内の人数もいつもの数倍はいただろう。メディア関係っぽい人たちがいたことも気になっている。
何か大きな案件でも入り込んだろうか。
「ま、それも今から聞いたらいいだろう」
「そうだね」
雨野の返事と同時に目的の20階にエレベーターがついた。
ほかに降りる人はいなかったらしく、俺たちを吐き出すとエレベーターはすぐに扉を閉じ、上の階へと去って行った。
エレベーターを出た先小さな踊り場と、長い廊下が俺たちを待っていた。
20階の内装は事務室、応接室、男性用、女性用の更衣室が一つずつ。あとはこの長い廊下を挟むようにして両脇に2つずつ広い訓練室があるだけで他のフロアに比べるとかなりシンプルな構造となっている。この訓練室は学校のような電子的に領域を拡張させるものではなく、実際にだだっ広い訓練室となっており電子的な拡張ができない分頑丈さではこちらの方が上だ。廊下は赤色の繊維マットが敷かれており、そこからは控えめな高級感が醸し出されている。一階とは対照的にあたりはシンとしていて、同じ建物だろうかと少し疑ってしまう。
現在訓練室は使われておらず、廊下の窓から見える訓練室はもぬけの殻。
「直、もう来てるのかな」
「多分、いると思うけどな」
教室を覗いた時は机の横にはすでにカバンはかかっていなかった。寄り道をしていなければすでに到着しているはずだ。学校をでてまっすぐこちらに向かったので遅くなったつもりはないが待たせては悪い。歩くスピードを速める。隣に立っていた雨野も少し遅れてついてくる。事務室に近づくにつれ、騒がしさが増し合間には笑い声が聞こえる。
俺は止まることなく、歩いてきた勢いのままノックもせず入ろうとする。
「え、ちょっ・・・」
考えを察したのか、雨野が制止しようとするが無視。
今更ノックを気にするような間柄でもあるまい。このフロアで一番賑やかだと思われる事務室の扉をガチャッと力強く開いた。
するとそこに広がっていた光景は・・・・・・。
虚空を漂う大量の紙だった。
「は?」
俺はドアの取っ手をつかんだまま呆然とする。訳が分からない。どうして紙が空を舞っているのだろう。
後ろにいた雨野も同じ心境のようで黒い瞳を大きく開け、ぽかーんとしていた。二人とも目の前の状況が全く理解できなかった。
「はっはっはぁ!仕事なんてクソくらえぇ!」
「そうだぁ!なんで戦闘部隊の余たちがこんな面倒くさい紙切れを相手にカタカタとみみっちい事をせにゃあならん!こんなものは小童たちのする仕事よぉ!」
すると事務室内の右側からダメな大人たちの高らかな宣言と笑い声が聞こえる。振り向くとそこには片手で抱え込んでいる書類の束をもう片方の手で天井に向けばらまく諸悪の権化たちがいた。
ばら撒かれた大半の書類はそのダメな大人たちのそばに落ちていくが、うまいこと浮遊してきた紙が出入り口付近にまで飛んできていたのだ。よく見ればデスクも機械類の上、そして床も一面ばらまかれた書類で真っ白になり、まるで室内に強風でも入ってきたかのような惨状だった。
「もー!なんでこんなことするんですか!せっかくまとめてたのに!」
そのそばで必死に止めようとおろおろとしている薄紫のくせ毛の女性。きちっと黒基調の制服と眼鏡を着用し、いつもならば「デキる女性」感が醸し出しているが、今の状態はそんなイメージとはかけ離れていた。彼女は二人の勤務態度に対する怒気と、まとめていた書類をパーにされた嘆きが入り混じったような悲痛の声をあげ、面持ちはダメ大人たちとは対照的に涙目である。
しかしそんな彼女を無視して二人は並べられている事務デスクの周りを走って逃げ、女性はそのあとを追う。
走っている間もばらまき続けているため、さらに被害は拡大していく。これは本当にグレイさんがかわいそうだな、と心の底から本気で思った。
「おいソウジ、何やってんだよ」
声をかけると、この犯行の首謀者である黒髪の男がようやくこちらに気づき、逃げ回ったまま手を振ってくる。相変わらず制服を着崩し、さっきまで寝てたのではないかと思うぐらいぼさぼさの頭。その姿からは、グレイさんとは正反対で性格がズボラであることを証明している。
「おうアキト、遅かったな。あんまり暇なもんで書類ばらまいて遊んでた」
悪びれもなくそう答えてニヤニヤしているソウジに対し、俺は呆れるしかない。後ろで同じように紙をばら撒くチャイナ服の女性も笑いながらこちらに手を振ってくる。雨野は苦笑いながらも几帳面に手を振りかえしていた。
だがその隙にチャイナ服はグレイさんに羽交い絞めにされ、ようやく確保される。
「はは、相変わらず発想が最低ですね」
「およ、優依も一緒か?今日は雲井兄と直が当番だったと記憶しているが?」
雨野にそう聞いてくるのはグレイさんに捕まったもう一人のダメ人間であるワンさん。
ピンク色のショートボブを一つで小さく結っている。そして服装はチャイナ服。
だがこれは一般的な肩から足まで布があるわけでなく赤系統のチャイナ服の下胸部から下まで前中央を開けており本来足まであるはずの布は太ももあたりの長さで終わっている。胸部はさらしを巻いているため見えはしないが腹部は丸出しである。
今は、グレイさんから逃れようともがいているためより健康的な腹部があられもなく見えている。それは程よく引き締まっていて、肌はもっちりとしていそうだ。下半身は白のホットパンツをはいている。一般のチャイナ服姿と比べるとかなり扇情的な気もするが、初めて会った時から服装は色を除いて全く変わっていないため何も驚くことは無い。
ただワンさんと共に行動することもあり、そのたびに周りの人がギョッとする顔や街中で二度見されているところを見ると、俺の感覚は順調にワンさんの手によって破壊されているということがわかる。
そんなワンさんの陽気な声を聞く限り、グレイさんは全く反省していないと感じ、その目を閉じ大きな嘆息をついていた。根負けしたのはグレイさんのようで紙束だけをさっと取り返し、ワンさんを放した。
「グレイさんにレポートを渡しに来たんですけど・・・・・・これじゃあ無理そうですね」
雨野の言葉で事務室内を確認する。床もデスクも、一面紙で真白であるが、所々カーテンの隙間からの夕日でオレンジ色になっている。
5人は何も言わずにただ目を合わせ頷きあう。
主犯である二人もうなずいている。
何頷いてんだ、原因はあんたたちだろ。
「あれ、そう言えば原田は?」
先ほどから姿は見当たらない。まだここに来ていないのだろうか。
「直ちゃんなら今、シリンダさんと別フロアで新型デバイスの調整をやってくれてるの。そろそろ戻ってくると思うので掃除、手伝ってください」
よく見れば事務室内の左側に置かれているソファの上には原田のカバンがあった。紙が覆いかぶさってさっきは見えなかった。
にこやかにほほ笑むグレイさん。心なしか俺に対しても機嫌が悪いことが隠れていない。一見微笑んでるように見えてかなりどす黒いオーラを辺り一面に放っている。グレイさんこれ相当腹立ってるな。何も悪いことをしていないのに、背中に寒気を感じる。
「じゃあ後よろしくな」
「うむ、余たちは腕がなまらぬよう、訓練をしてくるぞよ!」
そう言って鮮やかに立ち去ろうとする主犯二人をグレイさんは逃がさなかった。すぐに二人の後ろ首を引っ張りその行動を止めさせる。
「なーに言ってんですか?人手はあればあるほど困りません。さぁさっさと作業に取り掛かって下さい」
それも笑顔のまま。しかし淡々と。逆らうものは容赦しないと言っているようだった。
『はい』
2人は青ざめた顔で、シュンとする。
ここに今のグレイさんに逆らえる人物は誰一人いなかった。
どうだったでしょうか。今回は少し説明が多かったかもしれません。
そのせいで読みづらいと思われた方、申し訳ないです。
ただこう、なんて言ったらいいんでしょう。SFモノはどうしても色んな背景や設定があるので説明しなければ面白いと思ってもらえないし……。
あ、説明文でも面白いと思ってもらえるような文章で書ければいいのかも?
少し研究してみようかな。相変わらず人の姿形も背景描写も難しい!
そこはどんどん色んな本を読み進めていくしかなさそうですね。
頑張ります!
今回も読んでくださってありがとうございました。
まだまだ物語は序章もいいところですが感想、レビュー(低評価でも嬉しいです)ヨロシクお願いします!
次のお話でお会いしましょう