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アレイニとクーガ①

「あら? 博士、お出かけですか?」

「ああ、セガイカン砂漠地帯まで」


 あっさりと返ってきた答えに、アレイニはぽかんと口を開けた。


「……セガイカン? 王都の外じゃないですか」


 アレイニが正式に、キリコの助手として就職した初日である。

 まるで自分を避けるように、と、アレイニは思ったが、それは被害妄想と言うものだろう。

 遠征はラトキア軍部からの指令だろうし、昨日今日決められたことではない。

 キリコの仕事は兵器開発だけにとどまらないのだ。フィールドワークがあることは知っていた。

 だがなにもよりによって、この日に出発をぶつけなくてもいいじゃないか――


 さすがにキリコも、ド新人をラボに置いてけぼりにするのは悪いと思ったらしい。やわらかな口調で日程の説明をしてくれた。


「セガイカン砂漠地帯に、害虫をいっさい寄せ付けないオアシスがあるんだ。そこの植物を調べて王都の観葉植物に遺伝子を組み込めたら、帝都ももう少し華やかになるだろう」

「お帰りは、どのくらいになるのですか?」

「採集して、解析だけ出来たら帰ってくる。往復だけで少なくとも二十日……ひと月はかからないと思うのだけど、何とも言えないね。留守を頼むよ」

「……行ってらっしゃいませ」


 さて、なにもする事のない日々が始まる。アレイニは嘆息した。といっても、キリコがいたところで、コーヒーを汲むくらいしか役に立たないのだけど。


 身支度をすませたキリコがラボを出ようとした、その扉の向こうに、客がいた。


 少女――いや、少年? ――やはり少女であろう。

 アレイニは一度眉をひそめて、すぐにアッと声を上げた。


 ひと月前に見かけた、あの被験体の少年だった。黒髪を持つラトキア人は多くない。切れ長気味の群青色の瞳、輝く真珠のような白い肌。間違いなく彼だった。たとえ性別が変わっていても。


(雌体……雌雄同体だったのか――)


 もともと中性的だったが、より女性的な丸みを帯びている。

 なるほど、男の時も相当な美少年であったが、雌体化するとことさらに、美しい。


(本当に綺麗な子……)


 キリコは目を細めた。優しい声音で、少女へと囁く。


「クゥ。遠征から戻っていたんだね。お帰り。行き違いですまないが私は出かけるから、しばらく実験は休みだよ」

「知ってる。オストワルドから聞いた」


 ぼそり、と、呟く。凛とした見目に反し、陰鬱な声音であった。


「キリコがいない間、睡眠薬がほしい。ちょうど今日から連休なんだ」

「ああ――そうか、でもだめだ。今クゥが飲んでいる毒は眠剤と相性が悪い。永遠に目覚めなくなるぞ」

「……わかった」

「ホットミルクなら大丈夫だよ。……やっぱり団長室は落ち着かないかい? どうしても眠れなければ、実験室のベッドを使うといい」


 キリコは優しく諭した。そしてアレイニを振り返り、


「君、勤務時間が終わったら、この子にラボの鍵を届けてやってくれ。団長室は棟の四階、一番奥だ」

「私がですか?」


 アレイニは反射的に反論した。

 口調から、ただの面倒くさがりだけではないのはちゃんと伝わったらしい。だがキリコはなおさら眉をひそめただけだった。


「研究者になれば、戦場にいく機会は何度となくあるぞ。夜の騎士団寮ごときでなにを騒いでいる。男所帯に飛び込むのは覚悟の上ではないのか?」

「そ……それは……でも、今はそういう緊急時ではない、その子の、まったくの私用ではないですか」

「それがどうした? ラボでは何の役にも立たないのだから役目くらいは与えてやろうと思ったのに、子供の使いも出来ないのか」


 ぐっ、と、のどの奥が震える。よほど、ひっぱたいてやろうかと思った。

 それでも拳を握ることしかできないで、アレイニは唇をかみしめた。


「キリコ。俺、自分で取りに来る」


 静かに、だがきっぱりとした声があがった。


「別に、騎士団寮でなにが起こるということはないと思うけど、たしかに夜に歩くなら、この人より俺の方が安全だ」


 キリコは目を細め、囁いた。


「……おまえのほうが綺麗だよ、クゥ」

「俺の方が、この人よりも強い。土地勘も慣れている」

「ああ――そうだね。クゥなら自分の身は自分で守れるだろう。まさか騎士団長を襲う輩もおるまいしね」


 頷いたキリコ、しかしやはり、眉はしかめたままである。


 クーガの髪を撫で、優しく囁いた。


「だけど、気をつけなさい。お前はたしかにそこらの男よりずっと強いけど、他の騎士もまたただの暴漢とはわけが違う。複数人で不意を突かれたらかなわないぞ。雌体の時は、戦闘力は半分以下なんだから」

「……キリコ。俺、いつになったら、完全に男になれるんだろう」


 少女は呟いた。唇を尖らせ、甘えるように、キリコへと身を委ねる。キリコは少女の背中を撫で、優しく慰めた。


「そんなに男になりたいか、クゥ」

「……強くなりたい。女の身体は面倒くさいよ」


 ふむ、と、キリコは唸る。そして簡単に、その手を少女の胸へと押し当てた。

 少女の肩がビクリと跳ねる。アレイニは息をのんだ。


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