再会の夜①
「やっほーただいまひさしぶりーっ!」
……と。
そんな、テオの明るい挨拶は、冷えた目つきでもって迎えられた。
クーガとの決闘から、およそ一ヶ月。ようやくの帰還である。まだ左腕は肩から吊ったままであるが。
時刻はもう、深夜に近い。明朝の退院と予定されていたのを、ただ寝るだけなら騎士団寮で寝ると強引に出てきたのだった。
そのまま詰め所へ直行したテオは、ロビーにいた騎士達の冷たい反応に首を傾げた。
「……なんだ?」
「お帰り。ティオドール」
見かねたらしい、緑の髪の騎士が微笑んで迎えてくれる。
「でも、ちょっと、退院おめでとうと大声ではいえないんだ。例のテロで……二日前、騎士がひとり、亡くなって。いま、彼の私物を遺族に渡したところだったんだよ」
「ああ……」
さすがのテオも合点がいき、頷いた。
入院中もニュースは聞いていた。騎士団長の活躍によりようやく終焉を迎えたと思いきや、宇宙船を奪われて亡命されたということも。それが二日前のことである。その犠牲者に、騎士がいたというのは初耳だった。
ならばこのムードも理解できるというもの。たった二百人、騎士達はみな一緒に暮らす同胞であり、友人なのだ。
正直、テオはまだその感覚を共有しえなかった。騎士になり日が浅く、知った顔が少ない。
テオがよく知るメンツといったら、団長クーガとシェノク、同室のミルド、それから、行き違いのようになってしまった新人のアレイニ――
(俺が入院して一ヶ月、あのミルドと二人だったのか。仲良くやってるかなあ)
ミルドは少々マイペースで愛想には欠けるが、気のいい奴だった。甘党の彼のために、見舞いのフルーツは食べずに持ち帰ってきたのだ。右手に下げたフルーツバスケットはずっしりと重く、彼の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
もちろん一人で食べるには多すぎる。アレイニと共に、明日のおやつにしよう。
うっかり口元に笑みが浮かんだ。それを見咎めた緑の髪の騎士が眉をしかめる。
叱られるかと身をすくめたが、彼は何か、悲しげに。
「……部屋へ戻りな。きっと、アレイニが待ってる……」
テオは再び首を傾げつつ、ひと月ぶりに、三人部屋へ向かっていった。
扉を開けて――テオはすぐに、理解する。
二日前に死んだ騎士が、ミルドであると。
すっかり日の落ち、暗闇となった部屋の隅でうずくまり泣いているアレイニ。
共同クローゼットの三分の一が空白になっている。
喪布の掛けられたベッド――テオの寝床の上段は、ミルドが使っていたはずだった。
テオは明かりをつけ、フルーツバスケットを抱えたまま、アレイニのそばに腰を下ろした。
立てた膝に顔を埋めたアレイニ……彼はいつからそうしていたのだろう。小さくしゃくりあげている――丸めた背中を、テオは黙って軽く叩いた。
それでも顔を上げない。今度は頭を撫でてやる。
とたん、強く振り払われた。
「私のことを慰めてる場合!?」
手を引くテオに、アレイニはさらに叫んだ。
「あなたは私よりも、ひと月も前から一緒に過ごしてた仲間でしょう! どうして私を慰める? あなたこそ、私よりも泣きわめきなさいよ!!」
アレイニの頬は濡れていない。だがその皮膚は真っ赤に擦り切れて、腫れていた。
テオは表情を変えなかった。ただ、静かに、事実だけを口にする。
「俺は、仲間が死ぬのは初めてじゃないから」
アレイニが喉を鳴らす。
美しい青い目が潤む。それでも涙はこぼれてこなかった。かすれた声で、彼はうめいた。
「私だって……両親が死んでも泣きませんでした」
とんちんかんな反論であった。眉をしかめるテオに、彼は顔を背ける。
また膝の中に埋めて、
「……。騎士は……兵隊とは違う。貴族の称号であり、政治家というほうが近いんだって……将軍から、聞いてました」
「ああ」
テオが頷く。
「じゃあどうして戦うんですか」
「……一般兵や、警察では手が出せない場面ってのがある。相手が政治犯だとか、王都の法律の及ばない外国、異星への潜入は、自分自身に政治介入権がなくちゃいけないんだ。だから――」
「だから、戦闘集団を貴族階級にしたと? それじゃ順序が逆じゃないですか」
「俺はそう思ってた。でなきゃ俺が入団できた理由にならねえ。……たぶん、両方あるんだ。その両方が正解なんだろうな」
「……。ミルドは……」
「あいつは強かったよ。俺にも態度を変えなかったし、鼻持ちならねえ貴族共を嫌ってた」
「それでも、彼は死んでいいひとじゃなかったはずです……」
拗ねたような、アレイニのつぶやき。テオは笑った。
「俺は『死んでもいいひと』か?」
「! ……そういうことじゃ、ない。……ごめんなさい」
存外、アレイニはすぐに謝った。どうやらこれは本心らしい。
不安定で、矛盾しているアレイニ。テオにはその真意がなんとなくわかってしまった。
アレイニの善悪観念は、かなり本人の主観でもって作られている。
喪布のかかったベッドを見上げる。
(よかったな、ミルド。おまえの好感度は結構高かったみたいだぜ――)
アレイニは再び、顔を伏せてしまった。さすがに二晩泣き通して、もう涙は枯れ果てたらしい。
彼も本当はわかっているのだ。殉職と隣り合わせの仕事、ミルドはそれだけの覚悟をして騎士となり、そして現場に向かった。可哀想にと嘆いては、それこそ彼への侮辱になる。
アレイニは大人であった。二日もあれば、それなりに消化できるだろう。
それでも気持ちが収まらない。
いや、収める理由が必要なのだ。すぐに切り替え、立ち直っては、死者への不義理になると考えている。
テオは少年兵時代で、こうなった人間を何度もみてきた。
仲間の死に不慣れな新兵はたいてい一度、この病に陥る。
テオはフルーツバスケットを漁り、とりあえず、バナナを差し出した。
「食べる?」
アレイニは動かない。さらに漁る。
「じゃあこれは」
リンゴ、オレンジ、砂糖漬けのイチゴと、次々と出し、突きつけては床へ並べていく。甘瓜、かぼちゃ、山芋――
とうとうナスビを出したところで、アレイニが絶叫した。
「なんなのさっきから、いりませんよ!」
「お、おお」
思わずのけぞるテオ。
「すまん。甘いもの食ったらちょっとは元気でるかなと思って」
「出るか! ていうかそれならちゃんと甘いもの出しなさいよ、なんなのその個性的なアソートセンスはっ」
「いや母ちゃんが……たぶん見舞いの行き道で安売りでもあって、買い物カゴ代わりに上に載せたんじゃないかなぁ。んでそのまま忘れてったんだと思う。さすがにこれは俺もどうかと思うもの」
「だからそれを、私に差し出すなって言ってるんですっ!」
眉をつり上げて絶叫するアレイニに、悪ぃ悪ぃと適当に手を振って、ふと、テオはいきなり気がついた。
さんざん泣きはらし、真っ赤に擦り切れた目元に、ヒステリックな怒号。鮮やかな青い髪、瑠璃玉色の美しい瞳――
テオはアレイニの顔を指さした。
「なあ、あんたって雌雄同体?」
「……なんですか? そうですけど」
「やっぱり。じゃあ三年くらい前さ、会ったことあるよな? 俺たち。俺の部屋の前で――」
めそめそ泣いていた、という言葉は、飲み込んでおく。
テオとしては最大級の気遣いだったというのに、アレイニは目をつり上げた。
「そうですよ。……そう、あのときもあなたはいなかった。それですっかり涙も枯れた頃にヒョッコリ現れて。二日も出遅れるなんて、ほんと、肝心なときに役に立たないんだから」
「……なに? 何の話」
「なんでもありませんっ!」
いちいち絶叫するアレイニ。そして立ち上がり、軍服を脱ぐ。
簡素な服装となり、なにか荷造りを始めた。
「どうした、どこ行く?」
「共同浴場シャワールームです。混雑を避けて、いつもこの時間なので」
「あ、俺もっ」
アレイニはジロリとにらみつけた。
「……なんで?」
「なんでって、入りたいから。入院中、洗髪と清拭せいしきはしてもらってたけど、頭から湯をかぶるってのは出来てねえもん。背中がカユくてよぉ」
「まだだめでしょう。その包帯は」
「はずしてまたつけるよ。下手にぶつけたり動かすなってだけだから」
「……。だからって、私とタイミング合わせなくったって……」
「もうじきシャワールームが閉まる時間じゃん? そっちこそ何ごねてんだ。一緒に行く理由をいえって、なんだよ一緒にいっちゃいけない理由があるのかよ」
「……ありません。勝手にどうぞ。背中は流しませんからね」
「頼んでねーよ。変な奴だなあ」
そんなにつれなくされる理由も思い当たらず、テオは頭を掻いて、アレイニに続いて部屋を出ていった。




