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第三百五十四話 ロリ難の相ふたたび その4

 

 カレワラ館・奥は東の対……とでも称すれば良かろうか。

 ちうへい・エイヴォンの娘アンジェリカの居住空間に皆を集めた。

 初寒の訪れに暖を振舞えば、俺の目の前にも愛用の火鉢が運ばれていて。


 館の片隅に転がっていたそれを初めて見た時には、なんたる贅沢と思ったものだ。

 ケヤキの火鉢と言えば板を組み合わせたものであるはずが。樹齢幾年だか知る由もない大木、その幹を掘り込んだ一木造(?)。大きさに開いた口も塞がらなかった。

 

 (バカねえ。材を取った後の切り株よ。廃物利用じゃない)


 アリエルは軽く流していたけれど。

 後から思えば、小市民の感性が抜けていなかった俺に対する方便だったに違いない。

 

 だがまるきり臼にしか見えない武骨で素朴なこれが逸品だった。使いだしたらやめられない。

 歴代当主も愛用したに違いない。それが証に、この大火鉢。手前側ばかりが艶々と光っている。

 座ってみてすぐわかった。気楽に対面できる相手の前で頭を働かす時、人は何かしら小さな動きを見せてしまうものだけれど――ペン回しであったり、貧乏揺すりであったり、あるいは歯噛みに鬚いじりなど――だがこの火鉢を前にすると、その丸い側面をぴしゃぴしゃやらずにいられないのだ。


 (そうしてるとね、「先代に似てこられましたな」って老臣が目を細めるのよ)


 その伝統が途絶え、累代の老臣が消えてしまった今のカレワラ党。

 なぜまたそんな家に、侍女修行などしに来るものやら。


 緊張をほぐそうと、まずはこちらの一党から自己紹介を始めていた。

 みなみなうまいこと話をまとめていたけれど。

 俺としては、ねえ。しじゅう面突き合わせている連中ですから。


 手持ち無沙汰にちょいちょいと、炭火をつつく黒鉄は鋳鉄製の焼け火箸。


 素朴なようで、つくづく考えて作り込まれている。

 掘り込みは非対称、円心の置かれてあるは向こう側。

 炭火をつつくにも灰に線なり描くにも少しばかり肘を伸ばさねばならぬところ、手持ち無沙汰にはまたこれがちょうど良い加減なのだ。

 掘り込みが遠いとはつまり、そのぶん手前は広い理屈で。書き物にもお茶なり載せるにも、またこれがしっくりはまる。

 立てた左膝に肘を置けば、底には寝かせた右膝を入れるようにあつらえた刳り込みまで施してあると来た。


 非の付け所が見当たらない大火鉢だが、この日は五徳が邪魔だった。視界の隅をちらちらと遮っている。とりあえず灰の中に半ばほど沈めておくかと、寝かせた火箸に力を込めて上から押さえつければ……

 

 場が静まり返っていた。

 肘を伸ばし眉をしかめ、ぐいぐいと五徳を押さえ込む火箸の先を向けられたとあれば。

 なるほど不快の情を示したと見られても仕方無い。


 火鉢を抱え込んだ男というもの、どうしたってじじむさ……おっさんくさくなるもので。

 若い当主にとってそれは、おとなをアピールするに最適の小道具と思っていたけれど。

 やはりまだまだ貫禄不足、いや経験の不足だろうなあ。

 それをいまさら取り繕っても仕方ないが、取り繕わないという選択肢も無いわけで。

  

 (浮気の言い訳みたいなこと言ってんじゃないわよ)


 とにかく笑顔だ笑顔。客人を歓迎しているのだから。

  

 「終わったか? それじゃ皆さん、続いてもらえるかな」  

 

 

 作り笑顔に励まされて口を開いた――いや、そもそも場の空気など読む経験をせぬまま育ったに違いない――ナオ・ダツクツが曲者であった。

 

 「子を生すために参りました!……『これからの陰陽師はやくしょに留まってはいけない。外の社会と交流しなければ』と兄に言われて」


 少年の理想論と子供の素直が組み合わさると、破壊力ばつ牛ンなんやなって。

 とにかくマサキ少年は家から妹を解放したがっている、そのことよく分かった。

 だからお兄さんの希望通り、君は自分の夢を追いかけても良いのよ?

 

 「異能者が生まれる確率は約10%と言いますが、11%なのか9%なのか、分かっていないでしょう? 両親が霊能者なら確率は上がるのか下がるのか、片親が霊能者の場合は? ひとりめの子とふたりめと、確率が高いのはどちらか。まだまだ謎は多いんです! 一族総出でサンプルを取らねば……」


 持って生まれた霊能に磨きをかけてこその陰陽師。

 研究熱心はすばらしいことだと思います。

 ですからこの話はそのへんで……


 「ですから作りましょう!」


 告げねばならぬ言葉がある。引き受け先、あるいは親代わりとして。

 だが苦悩するあるじの代わりに泥を被る、これぞ郎党衆の仕事であるからして。


 「ナオさん、子供の作り方はご存じですか? どうすれば生まれるか、分かっていらっしゃる?」


 「え? 侍女になればできるんじゃないんですか? テラポラの叔父さまの家に入った侍女の皆さん、次々と……」


 ねちょい話は嫌いだと、その心持ちはよく分かる。

 少年ならばなお耐え難い、容易に予測もつくところ。

 ふた親を早く亡くしたマサキ・ダツクツ、妹付きの侍女は厳選したのだろう。余計なことを吹き込まぬようにと。

 だが9歳にもなるのに教えないって、それ王国基準でも本当にギリギリ……


 (余裕でアウトよねえ)

 (庶民だって、その年には知ってないと。だいたい貴族は婚約早かったりするんでしょ?)

 

 ああキュベーレー・クロイツさん、家畜を引き合いに出すのはやめてあげてください。

 引き受け先として当家で、カレワラ侍女衆がどうにかしますから。

 


 そこに遅れて入って来たユースフ・ヘクマチアル氏のご息女マージダさん。

 着替えれば見違え……男装束、それも軍服のほうが似合ってるな、どうにも。

 

 「ナオさんのお心持ち、痛いほど分かります。私も父から言い含められました。『兄ターヘルと共倒れになろうと、ヘクマチアルの血脈はムーサが繋いでくれる。だからお前は家のことなど気にしなくて良い』」


 重ぉい! 案外良い父ちゃんできもぉい!

 などと混ぜっ返したくなったのは、どうもマージダが芝居がかっているからで。

 いや、気になるのはあの目つき。芝居というより、酔っているかのような。

 どこか狂気を思わせる、父譲りの……。


 「私に負担をかけまいとする父の心を無にする行いとは存じますが、なにとぞ……父をお助けください。どうかお味方を!」


 それは思い違いだ。

 ユースフは、他家の力を借りずターヘルをぶちのめさなければいけない。

 マフィア政治家から脱却すべく、ヘクマチアル家のリーダーシップを取るために。

 

 そこを分かっているのか、いないのか。

 娘にとって男親は特別だなんて話も聞くけれど……。


 「そこ! 主君のご厚情に付け込まない!」


 さっそく教育的指導入りました。でも侍女長じゃなくヴェロニカさん?

 うーん、認めて良いものかなあ、その叱責。

 そういう何だ、序列管理の問題もあったよな……奥に一任ってわけにもいかないし、また話し合いの時間を取らないと……。


 あ、もの凄まじき目つきで何か言い返してる。やっぱ父ちゃんそっくりだ。根性据わっていらっしゃる。まだ13歳だってのに。


 (フィリアちゃんも千早ちゃんも13歳だったわよねえ?)


 ……お姫様とか令嬢って大概そういうものよね。雌虎の如し。


 などと、評論している場合ではない。諍いを仲裁してこそ主君なのである。

 こんどこそ間違いなく不快の情を示すべく。

 火箸で叩く炭燠火。小さく起こる灰神楽。熱っつ!煙っ!


 マージダの目から狂気が去っていく。見透かされたのだ。

 そうそう。かっこつけるだけ無駄なのよね、お互いに。


 「失礼をいたしました……が、覚悟を疑われるのは心外です。なんでもしますのでお申しつけください」


 なんでもするって、安売りするものじゃないと思いますよ?


 (安売りされても買わねえくせによく言うよ)

 (買う根性、いえ気力かしらね足りてないのは。懐にゆとりが無いって、ほんとこれ)

 (ひとり敵地に身を預けてる女の子なんだから、もう少しあるでしょ)

 (お前ら極東組は分かってない。言うてヘクマチアルの娘なんぞ毒饅頭だぞ)


 ともかく! 侍女として引き受ける以上、仕事をするなとは言えないし。

 どうすりゃいいのよこれ。


 とりあえず次の方、どうぞ……と、お願いしたは良いものの。

 武家の風儀をご存じのレイラ・(略)・キュビさん、その口数は少なかった。


 「ひとりで考える時間を賜りましたこと、皆さまに感謝申し上げます」


 ツクツクツクテーン テーンテンテンテンテン

 泣きが効いてますわ、もうこれ。

 

 「時満ちるまで、誠心誠意あい務めます」

 

 刑期とか女郎の年季奉公とか、そういう話ではありませんから!

 それもこれも、ヘクマチアルがおかしな空気を醸すから!

 

 ほら、皆さんもざわつき始めた!


 いや、ね? 女性におしゃべりを禁止するなど犯罪に等しいと思ってる。

 だからその辺、当家は割りとゆるくしていることは確かだけれど。

 片隅でさらに誤解を広げるような会話が繰り広げられてしまっては、もうどうしたら良いものかと。


 「マージダさま、なんでもって例えば……ええ!? 男の人の、その、そんなところに指を! 必ず反応するんですか!? え、経験はない? ならなぜ断言できるのです? いえしかしなるほど、仙骨に近いですものね。人体の構造、霊気を廻らす経絡との関係、いろいろ気になるところです」


 毒饅頭だ、間違いなく。


 「こちらはフィリア様、インテグラ先生とご懇意と伺っております。ぜひご意見を伺わなくては! お館様、ぜひお目通りの機会を……何でもしますから! お出かけの際は馬の口輪取りでも良いから連れて行ってください!」


 何でもするって、大安売りされてもダダこねられても買いませんからね?


 それにしても、改めて思う。千年の歴史を誇る王国では、あらゆるところに知識の蓄積が為されていると。それに触れるたび衝撃に心震わせていることも認めるけれど。

 おかしな融合を果たすのはやめていただきたい。だいたい、ねちょい話を避けるために来たんでしょうに。いや何より、そんなことをカレワラ家(うち)で教えたなどと吹聴されては、外聞に関わる! ナントカ腺のせいでメル家との関係が断絶、あまつさえ王位継承レースの結果が変わるなんてほんと、困るから! 末代までの恥だ!


 まさかそこまで狙ってやしないだろうな、ヘクマチアル……って、微笑まれても困るんですよマージダさん! 

 

 

 「報告! キュビ権中将さま、ご来着! 近衛府の官印を提示のうえ『極秘連絡事項あり』とのこと。ただいま客舎におとどまりいただいております」


 エドワードを素通りさせる、良い気分ではないけれど。

 さりとて門衛を責めるべきでもない。空気を変えてくれたのだから。

 もとい、官印を示した以上は公務であり、通さざるを得ないのだから。

 

 そして近衛小隊長の来訪とあれば、茶なり酒なり出すのも分かるけれど。

 ちょっと待てば良いのになぜ宴会おおさわぎ? 奏楽までおっぱじめよって。


 しかし空気が乾燥しているせいか、よく徹ること。

 この響き、あいつの郎党には出せないな。近衛の楽人を語らって来たか。

 ああ、この鼓は間違いなくエドワード。上手いんだよなあ。

 俺は笛と、弦を少々……まあいちおう、「弾けはする」って程度なもので。

 こういうところに付け焼刃の弱さが出る。武骨で通せる軍人だからマシだけど。

 

 それにしても見事なものだな……想夫恋……。 


 舌打ちが出る。公務を騙って館に侵入? 

 排除だ排除。骨は折れるが、これはこちらのホームゲーム。

 

 だが「失礼、すぐ済ませて来るので」と、一同を見回したところで。

 冷たい視線が刺さる刺さる。

 ただひとり、レイラが下を向いていた。涙を堪えている。

 

 侍女の皆さん、いくらこっちを見てもダメです。 

 エドワードを奥に入れることは許しません。


 ひとりが立ち上がった。そっと、いやあからさまに。

 手紙でも受けてくるつもりか? 

 そこまで止めたら野暮どころか不人情の極みだけど……。



 「式!?……じゃないか。うわあ、ちょうちょ!?」


 白い何かが、空気をすっと切り裂いたと思いきや。

 やがてそのまま、ひらひらと。

 

 「ええ、蝶です」


 極東なまりの消えた霞の里の楓が、ナオ・ダツクツに笑顔を見せたのも束の間。

 こちらに鋭い視線を送ってきた。ひらひらと、紙の蝶を示しながら。


 防諜強化の必要あり、ね。

 外部から客人を受け入れる以上は。


 そもそもここ4年で侍女の数が増えていた、当然通う男の数も増えるわけで。

 これまではヒュームから預かっている楓にアウトソーシングしていたけれど。

 ふたりが極東へ帰る前に、どうにか形にしておかないと。


 そして楓の符牒ほのめかしに気づいたのがふたり。

 キュベーレー・クロイツと、マージダ・ヘクマチアル。


 彼女たちには内向きより外を、郎党仕事を任せたほうが良いかもしれない。

 少なくともキュベーレーはそのつもりで受け入れたのだし。



 ……ともかくエドワードを叩き出さねば。


 正直申し上げてしんどい奥向きとは違う、勝手知ったる本来業務。

 大股で歩むうちにも、頭が冴えてくる。 

 

 エドワードの従妹、マサキ・ダツクツの妹、コンラート・クロイツの従妹と来て、ユースフの娘(ムーサの養女)と。

 よし、4人ぐらいならまあいける……そういう意味じゃなく、扱いを、枠を決めればどうとでも回していける……だからローテとか、そういう意味じゃなく。


 一陽五陰にも至っていない。

 なにが「謙」じゃい、強気で押してなんぼなんだよ王国貴族は!


 (忘れてない?)


 フィリップ・ヴァロワのご息女を預かっていたのでしたね。

 婿取り騒動真っ最中の。


 一陽五陰、女難の相……チカチカと、まぶたに浮かぶ六芒星。


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