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第三百五十四話 ロリ難の相ふたたび その2



 休みを取った。必要に駆られて。

 意味が分からない? 俺もだ。いや、分かるが理解したくはない。


 だから郎党衆に必要な指示を出し、せめて待機時間ぐらいはと庭に歩み出れば。


 「どうぞ」


 控えめな笑顔に迎えられてしまう我が姿、まるきりバカ殿ではないか。

 エサの準備に始まって、仕掛けから投げ込み(キャスティング)まで任せて、あとは竿の傍らに座るだけなどと。

 だがどれほどマヌケでも、ひとりの時間を作らなくては保ちそうになかった。

 何も言わずここまでしてくれたピーターに、感謝をどう伝えれば……


 (気を使わないの。この時間を満喫することが何よりの報酬、そういうものよ)

 

 鏡のごときと評する他にない湖面が、弱い陽射しに鈍色を見せていた。

 時折り訪れる風に寄るさざなみ、ぽつりと湧く同心円。

 眺めるにつれ、どうにか焦燥も去り、考えをまとめる余裕も生まれたところで。


 しかし水面を眺めるその姿とは、脇から見れば放心しきった間抜け面で。

 これは仕事をしてないらしい、なら話しかけても良かろうと。

 遠慮を知らぬ小娘が駆け寄ってくる。

 

 「あちらの離れ、すごい霊気ですね! 幽霊屋敷と伺いましたが、待ってる間に見に行っても良いですか?」


 当主がひとり佇んでいるならば、周囲はそれを妨げてはならない。軍人貴族の常識だ。虫の居所が悪けりゃ命に危険が及ぶ、分からないか?


 だが子供を……それも他家育ちを怒鳴りたくはない。

 

 ダツクツ家では奇跡が起きた。

 全人口のおよそ1/10と言われる霊能が、同腹兄妹に続けざま現れたのだ。


 悪びれもせず、むしろ褒められるとでも思っていそうなその笑顔。

 目の前に立つ少女が歓喜をもって迎えられ、愛情をもって育てられたことがよくわかる。

 とがめだてしても仕方無い。

 霊能研究を全てに優先させる、それが彼女を育てた家の風だもの。

 

  

 だがひとりを許せば、またひとりと敵は現れるのである。

 

 「引きが来ております!」

 

 知らせてくれたは良いけれど。

 「ご無礼を」と、そのまま竿を引き上げてしまうのだからどうしようもない。

 霊能持ちとは聞いていないが、そうとうな鍛錬、いや力仕事への「慣れ」を感じさせる動きであった……って、そうじゃなくて。

 

 俺に時間を、休息を与えようとした忠僕いや戦友ピーターの心尽くしを――たとえふたりの関係を知らなくとも、およそひとの心尽くしを――踏みにじるようなまねはいかがかと。

 だが口を開くその前に割り込まれてしまうのも、これ毎度の仕儀で。

 貴族の強さとは我の強さ、しみじみ思い知らされる。


 「これは……アオヤマメですか。王都では珍しいですね。磐森は東川水系と伺っておりましたが?」


 ええまあ。東川本流は、領地の外縁を流れているだけでね?

 館前の湖は、領北の山塊を水源としているから。 


 などと説明する暇もあろうことか、どこから持ってきたものやら――いや、湖に向かう当主の後ろ姿に、これはチャンスと見定めていたに違いない――投網を打つや、これも馴れた手つきで引き上げて。


 「スッポンはともかく、淡水海老にミヤコサンショウウオ。清流に恵まれているんですね。それとこれ、シマカジカ?……水温の高い地域には住まない魚のはず……稲の作柄、極東に比べ見劣りするとお考えでは?」


 二度あることは三度ある。

 彼女もまた、カレワラ家に押し込まれた「子女」のおひとりであった。

 いや押し込まれたというより、こればかりは自業自得。



 五日前のことだった。

 要職・蔵人に任ぜられてからというもの絶好調の――そも星回りが大殺界か何かに入ってさえいなければ、ゆうにイセンと角突き合わせることぐらいはできるのだ――コンラート・クロイツ氏が、この日も肩そびやかして近衛府を闊歩していた。


 侯爵の嫡男ともあれば当然の姿ではある。

 だがこれでは誰が中隊長リーダーだか分かったものではない。

 ここは一番、軍規を引き締めねばならぬかと立ち上がったところに。

 

 「ああヒロ。右京への『迂回融資』、ありがとな。礼だが、前に頼まれてたアレで良いか?」


 などと言われてしまえば、途端に頬が緩んでしまうのだから俺も弱い。

 

 なおアレとは、その。

 農政指導員の派遣、できることなら永続的な移籍をお願いできないかと。

 

 現代の知識(それも実践寄り……と書いて我流と読む部類の)を持っているとは言え、「お館さま」自らが指導に乗り出しては角が立つ。

 それに一般論はともかく王国の、磐森の地勢に合った農法となると、そこまで口出す自信は無い。

 だいたいガチ農家の三男坊だったマグナムをして「王畿で田畑やれって言われたら自信無いな。たぶん親父でも難しいと思う」と言わしめる、それが農業だ。


 だから専門の指導員を、全国に家の子郎党を派遣してはデータを集めたクロイツ家のノウハウをと。

 不作を経験して身につまされた、これはちょっとした渇望で。

 借りのひとつやふたつで済むなら安いものだと思っていたのだが。


 「郎党にしてくれるなら、喜んで。プロフィールはこんな感じだ」


 「いや、こちらこそ。助かるよコンラート」

 

 履歴書でなくプロフィールと言われた時点で、怪しまなくてはいけなかった。

 焦りは禁物。「謙」の卦が示す道を、俺はさっそく踏み外していたのである。

 

 「いやー、ありがたい。『行政だの田畑だのは女が心配することじゃない、刺繍に音曲でも習って嫁に行け』って叔父に言われて、ヘソ曲げちまったんだよ」


 なるほど俺は軽率であった。軽率であったが、しかし。

 もみ上げの中に指突っ込んで、ケツアゴぷにぷに言わせたろかいコラ!


 「お前が懇意にしているドクター・インテグラ・メルだって女性だろうが。メル家を野蛮だのと言うヤツもいるが、女が自由に学問するのを許す、清新だと思ったよ。その点ウチは古くてダメだ。親父もどうにかしたいと思ってるらしいが、なかなか」


 家風の刷新。

 それはマサキ・ダツクツも、若き日のコーワ・クスムスも願ったところ。

 そういやイーサンも、磐森高速道の工事を羨ましげに眺めていた。


 「もちろん、そうだな、幹部郎党衆が嫁にほしいって言うなら喜んで。ヒロなら、夫人として扱ってくれさえすれば第二・第三でも文句は無い」


 やっぱり在庫の押し付けかよ!

 ……だがしかし、「格」を要求するその言い分。

 叔父とはつまりクロイツ家中枢、件の彼女はその家に生まれた農業マニア。

 断るには惜しい話を持ってくるあたりが貴族、我意押しつけのプロなんだよな。


 プロフィールを眺めるにつけ、目に止まる堅実な実績。やはり欲しい。

 そして目に止まると言えば、その似顔絵。およそウソや詐欺にならぬ程度に美化するのは当然だが。

 若草色のドレスによく映える造作は華やかでありつつも、その澄んだ瞳は明らかに、ただ美人と言うだけでは済ませぬ強烈な魅力を映していた。

 なお扇の先でアゴを隠している点は、見なかったこととする。


 「クロイツの名にこの顔で嫁の貰い手が無いあたり、察してくれ」


 などと、言葉の端から美女美少女の匂いが漂えば。

 近衛府の独身連中が寄って来るのである。


 「お前、田畑あるか? 山は用水路は? 誤解するな、財産の問題じゃない。むき出しの地面を与えておかないと、欝からのヒスを発症するんだ……いやその、磐森ぐらいの広さがあればそれはもう魅力的な笑顔を浮かべること間違いなし! 頼むから引き取ってくれヒロ!」



 改めて思い出さずにはいられなかった。

 しっかりと張った(そして先の割れた)顎から搾り出されたその叫び声を。

 

 「へんなの。太ったイモリみたいです」


 「ミヤコサンショウウオは初めて? 見た目は悪いけど、清流の証なのよ」

 

 キュベーレー・クロイツ。地面があればゴキゲンな、芳紀まさに16歳。

 学術の家系に生まれた9歳のナオ・ダツクツを前に優しく話しかけていた。

 またたくまに打ち解けるそのさま、尊いわー。心のささくれも癒えるわー。


 「うわあ、ぬめぬめしてる。ってことは、強精薬の材料になるかも。手紙でお兄ちゃんに教えてあげよっと」


 しゃがんだままこちらを見上げて――目の高さはあえて指摘するまい――食べますか? と、はにかんだような純真な瞳をこちらに向けてくる。


 ……多様なる観点は、家業ごとに異なる価値観は、尊重されねばならぬ。

 いや、受け身ですませてはイカン。この笑顔を守ることこそ軍人たる我が責務。

 だからお願い。待機時間は休ませて。整理しなきゃいけない問題が山積みなの。

 

 「報告! 武具糧食の確認終わりました」

 「申し上げます! 待機命令、各家に伝達し終えました」


 よし。

 あとは留守を任せるアンジェリカと令嬢がたの顔合わせさえ済ませれば、近衛府に戻れる。今回はどうも王都待機を期待されているらしいけど、とにかく情報集めて風向き読まないと……。


 「伝令! 当家を目指すヘクマチアル家令嬢ご一行に対し襲撃あり!」


 その危険はあらかじめ聞かされていた。立花邸にて。

 断りにくいスジ、厄介な案件であること重々承知。だから迎えを出してある。


 「シスル隊長も手傷を負い、なおも戦闘中!」


 アカイウスが手を焼く!?



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