第三百五十四話 ロリ難の相ふたたび その1
歳末の宮中行事について、陰陽寮へ打ち合わせに出向いたところ。
いや、本来ならばあちらがこちらに来るはずなのだ。
なるほど今年は疫病が流行の兆しを見せている。だから行事は略式で済ませず厳粛に(?)挙行すべきだと、その理屈は分かる。それならそれで格式作法に則って行えば良いものを、横槍を入れて来た方がいるものだから……と、小さな苛立ちを抱えていたところに。
「我ら陰陽寮が八百年の鬱憤、ご理解いただけましたでしょうか……(略)……厳粛ながらも変格の行事とあれば、なお綿密な打ち合わせが欠かせぬところ……(略)……時間もかかりますし、いかがでしょう。一席設けましたので」
とか何とか、副官にあたる陰陽助テラポラ氏を使いに立てて、丁重なるお誘いがあったもので。
好奇心の赴くまま、ノコノコ出向いたが運の尽きでもあったものか。
それでも行事の打ち合わせがてら、愚痴をこぼしあう内に憤懣も収まってしまえば、そこはそれ。情報を無料配布するにもやぶさかではないのである。
何といっても近衛府は治安維持組織、危険は未然に防ぎたいのだから。
「野良(笑)陰陽師の『取締り』、強化してくれるか? 四公爵家の一角がお冠だ」
「野良」とは、陰陽寮もよくぞ名づけたものだと思う。脅威は小さいと聞こえるのだから。
実のところ、連中を現代社会における「なにものか」に擬えるならば。おそらくは潜伏工作員あるいは武装民兵に近い。職能の代わりに霊能を売りにしているだけのこと。
だいたい、野良と言いつつウラでは陰陽寮の指示を受けて活動しているのだし。
「その、叔父は」
不安げに尋ねる少年もそのうち無表情を覚え、周旋に走り回るようになるのだろうか。
……なるんだろうなあ、現に俺がそうだもの。
「もはや陰陽師に非ず、A・I・キュビ家の郎党と聞いている。近衛府としては(犯罪に手を染めぬ限りにおいて)管轄外、だがその理屈が公爵家に通ずるか……いずれにせよ、そちらにお任せするよ」
彼の叔父、リョウ・ダツクツとは後ろ暗い取引をしている。
だが目の前のマサキ・ダツクツは――少なくとも今のところは――尊敬すべき叔父の抱える闇を知らず、優雅な近衛中隊長の栄光を疑っていない。
そんな少年を正視する気にもなれず、部屋に掛かる垂れ幕に目を遊ばせれば。
染め抜かれた彼らの家紋を――外側に各様の意匠が施された六芒星だった――眺める近衛次将、その視線の苦さに何か誤解をしたらしく。
「存じております、我ら一族の評判。その、やり過ぎであると……」
それこそファンタジーものの人気キャラ・オークか触手モンスターかと。
いや、伝奇ものに欠かせぬ外道密教やら淫祠邪教の徒と言えば足りるところ。
鍛え抜かれた不思議パワーも相俟って、冷たい目で見られているのが陰陽寮の連中で。
「そこで、その。どうかお聞き届けいただきたい願いが!」
つい今年「おとな」になったばかり、15にも満たぬ少年には似合わぬ言葉。
だがやめてもらいたいなどと思うのはたぶん、俺が恵まれているからで。
「妹を預かってはいただけないでしょうか。思春期に入りおかしなところを知る前に、軍人貴族の剛爽なご家風を学ばせたいのです」
末席から跳び退りそのまま縁に出て、土下座まで。
掴み起こして席に放り戻した。見ていられたものではないから。
だがそんな腹心のマサキ・ダツクツをよそに、陰陽頭のコーワ・クスムスは涼しい顔。
毎度のことながら小面憎い限り……と、そんな反応には慣れたもの。
「我ら嫌われ者ゆえ、なかなか修行先も見つからず。かと言って身内だけで回しても、なおさら孤立するばかり」
かわりに陰陽師を各家に派遣してるくせによく言うわ。
集め回った貴族の「ご内緒」、それを原資に貴族たる地位を贖うから蔑まれるのだ。
「私の若い頃には、ちょうど良い家――格が高い割に軽やかなご家風をお持ちの家――がなかったもので」
軽やかな(重みに欠ける)家ですね、分かります。
おっしゃいますがね、ならば軽輩すら弾き返せぬ君たちは何者かと。
「私など、軽やかでも蓋は無いほうがマシだと思うのだが。やはり陰陽師の諸君とは風儀が違うようだ」
ついこの間も、エミール・バルベルクから「付き合う相手は考えろ」と忠告されたばかりで。
ならばここで突き放し、交渉を断つのもひとつだが。
しかしその調子で、陰陽寮の嫌忌施設ならぬ嫌忌官庁化が進んでしまえば……宮中行事は回らない、霊能研究、いやむしろ実践だな。霊能関係の事案は頻発するだろうし。ストレスを抱える貴族達のメンタルクリニック、その一端も滅び去る。いやそもそも、地学天文どうすんだって話で。
そんな己の強みと存在意義を知り尽くしているクスムス氏。
皮肉に腹を立ててはいても、流す余裕はあるようで。
「誰しもその若き日、一度は思うのです。『我が家の旧弊なる風はどうにかならぬか』。おとなが叱りつけ、押さえつけても逆効果。存分に試みれば良い」
これでいちおう、同族の願いにフォローを入れてるつもりらしい。
素直じゃないヤツめ。
と、眼前にイヤミの応酬と近衛中隊長のしかめ面を眺めていたテラポラ氏。
間を取ろうとでも思ったか、がさごそ道具を取り出してきた。
「迷っておいでならば、いかがでしょう。占いでも」
珍しいことを言うものだ……あ、やべ。
そう思ってしまったら、断れる流れではない。
「君は学術担当じゃなかったか? 異能系は……」
返って来る、満面の笑み。
「学術担当」、その評価にこの男はこだわり、しがみつき。
そのために厳しい研鑽を重ねている。
「ええ、当たる当たらぬで言えば頭どの(コーワ・クスムス)のほうが」
……研鑽してると思ってたんだけどなあ。
「しかし解釈運用の正しさにおいては、助どの(テラポラ氏)に勝る者はありません」
素直な少年の断言、信じて良いような気はするが。
言ってる意味がまるで分からない。
どうやらきょうは彼らのホームゲームらしい。
終始余裕をもって振舞うクスムス氏が、またも笑顔を浮かべていた。
「例えば。『あなた地獄に落ちますよ、一家離散です』……私が占った結果、そう出たとしましょう。大概言葉通りになります。それでも占いを枉げることは許されません」
ええ……
「助が占うと、例えばこうなります。『何だか危ないように見えますね。部下の裏切りに注意、などと言われる卦ではありますが……よろしければ生活全般、教えてもらえませんか? リスクをひとつひとつ、検討していきましょう』と。占いとは、当てるためにあるのではありません。当たらず済むならそれに越したことは無い」
おしゃべりしている間にも、カシャカシャ音が鳴っていた。
お隣の助どの、「ゾーン」に入り込んでいる。
やがてため息をひとつ、初冬の寒さに大汗拭き拭き。
「出ました……『謙』です」
何だか良さげな響きだけど?……と乗り出した我が半身。
困ったように下げられた眉に迎えられ。
「この件については、むしろ不吉です……『一陽五陰』、いわゆる『女難の相』ですから」
続けてテラポラ氏の言うことにゃ。
陰陽はご存じですね?
陽は充実、剛強、男性などを象徴します。陰は空虚、柔軟、女性です。
何も陰が悪いわけではありません。女無くして男は生まれません。柔よく剛を制す。空虚は、そうですね。例として刀の鞘が挙げられましょう。「うつろ」なればこそ役に立つ。鞘無き刀は身を滅ぼす。
と、それぐらいの基本なら。まあまずまず。
アニメやRPGが文化の基幹にまで浸透した国の出身ですからね、私も。
「一陽五陰は……すると、ひとりの男に五人の女?」
女難ではなくモテ期と言ってはもらえませんかね、それ。
「五は象徴ですが、多数の女性という意味に違いはありません。これは、あるいは……ダツクツ家の如く、中隊長どのに若い子女を預けようとする機運が高まっているものかと。『近衛中隊長の地位を、権勢を考えれば当然だ、それのどこが占いか』とおっしゃいますか? 占いとは本来、理と知を以て当然の趨勢を読み取るものです」
実際、エドワードの従姉妹を引き受けた直後なんですよねえ。
今のところカレワラ・キュビ・メル以外には漏れていないはずで。
すると彼らの占いも、これ案外バカにしたものでもないような。
未然に危険を避けるため、理知をもって……か。
それにしてもさあ、コーワ・クスムスさんよ。
お前、笑いを堪えてるだろ。自分が薄い顔だからよく知ってんのよ。
「『謙』は、『男子裸形の相』とも申します。陰は虚、『なにも身につけていない』。陽は『存在する』……その理解の上で、図を人体に見立てていただければ」
描き出された図を眺める。
実線が一本、破線が五本。なるほど一陽五陰であった。
――上から破線がみっつ、実線が一本、その下に破線がふたつ――
「腰の位置に『陽物』、あとは『虚』」
防御力ゼロ、フル○ンじゃないですかやだー!
「恐れることはありません。間違いを起こしやすい状況だからこそ『謙』、『地山謙』なのです。女性に囲まれても調子に乗らない。地(女)に山(男)がひざまづく。低きに高きがへりくだる。その『ありよう』を心していただければ、危険は去るかと思われます」
(ひざまづくって言えば、こないだヴェロニカ姐さんがヒロ君にしようとしたアレ。その逆を行けば良いんだね?)
などと言い出すふざけた幽霊に比べれば、なるほどまっとうな占いではある。
と言いますか、私の場合周囲の女性が高位高官、地力で上を行っていますので。
へりくだらざるを得ないんだよなあ。
「心の底からへりくだってこそ、真の『謙』……などと申しますなあ」
おれたち顔が薄い者どうし! 何考えててもお見通し!
(ヘタレな孫を支えるあたし! 覚えとけお前らso アリエル!)
(面悪いし! 死んじまったし! だけど弓と馬なら負ける気しねえし!)
(え、え、え、えと、そうだ! とりあえず絆とか言っときゃいいし?)
(わ? わふー ふーfuー wow あおーん)
(占いごときに動揺してんじゃねえ!)
「『山を削って地を埋める』。すなわち、富者が貧しきに施しを為すこと、また土木工事などは吉です。上が『地』、地は陰ですので陰天、これは日照不足による凶作の象徴です。しかし下が『ちりも積もれば』の山ですので、力を溜めてあれば恐るるに足らず。また山は突き上げるもの。来年に向けて力強き動きが予想されますが、いまだ焦りは禁物です」
陰陽助はどこまでも厳粛であった。
「以上、『もしお心当たりがあるならば』、その限りで参考にしていただければ幸いです」
「まっとうでありましょう? これで忌み嫌われる我らの哀しみ、ご理解いただければ」
それで取り入ったり、情報引っ張ったり、高い金せしめるから嫌われるのだ。
だいたい、今は陰陽頭どのの評判などより大事なことがある。
「だが、マサキの妹を受け入れることについては不吉と?」
「『謙』の道をこころがければ幸いに転じます。大まかに『謙』とは、いわば『末吉』。またあるいは『底は打った。弱含みで先は長いながらも反騰気配』です。繰り返しますが、焦りさえなければ……」
反騰気配なら、中吉とでも言っておけば良いものを。
「占いを枉げることは許されない」から、か。
彼らも彼らなりに、職務や家業には真剣に取り組んでいるんだよな。
わかったわかった。
ひとり引き受けるもふたり引き受けるも同じだ! こうなったらどんと来い!
……と、さように大雑把かつ強気な態度こそ、「謙」の道にもとるのであった。




