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第三百五十三話 訪問 その4



 午後、改めてエドワードの母君のもとへご挨拶に伺ったところ。


 ……別に、個人的には気にしないんだけどさ。客あしらいは主人の自由ですし? ただアカイウスとかその辺がやかましいから、どうにかしてくれないかなって。

 下座も下座って、どういうこと?


 「分かれよ。近づけるわけにいかないだろ? 親父どのの手前」


 人目に触れる機会も多かったエドワードの母君は、美女として名高い。

 そして背が高い、のだそうだ。千早と同じように、とのこと。

 しかも私、宮中では年上との交際やりとりばかりをしているものですから。


 だが非礼は非礼なのである。女主人としては見過ごしにできない。

 

 「かりにも上官でしょう、エドワードさん!」

 

 少々意外にも、張りの強い声だった。

 エドワードめが常々口にする「日陰のなんとか」的な湿度は感じられなくて。

 

 ほっとしながら顔を上げ、「構いません」とか何か口を動かそうとしたその時。

 目の前にはみどりなす赤髪。跳ね除けられた御簾の起こす風に広がっていた。

 豪奢なはずの衣裳も、艶麗を以て知られる造作もまるで印象に残っていない。

 ただただ一面のオレンジ色が目に焼きついたことだけを覚えている。

  

 「おうわさはかねがね、息子エドワードより」


 灼熱を思わせるその色に呑まれた気。

 帰ってくるなり、寒気を覚えた。 

 

 「驚かせてしまいました? せっかちだおてんばだって皆にも言われるんですけど――おてんばって年じゃありませんね、ごめんなさい?――お端女だった頃の癖が抜けなくて」


 せっかちとか、気質の問題じゃない。身体能力のほうだ。

 顔を逸らした一瞬で、障害物へだてを跳ね除け5mやそこらの間を詰める?

 この体格と瞬発力を受け継いだところに、霊能の倍率レバレッジがかかったからエドワードは……。


 「こんな調子ですから、ご紹介いただいたユラさんとも気が合って。人を見る目がおありですのね」


 ユラ、女子修道会で知り合った穴掘り修道女シスターズのひとり(実働隊長)だが。

 こちらのお宅に推薦していたのである。

 うわなり打ちがあった直後だし、体力自慢が良いかなって。

 それに彼女たちの立場は、その。エドワードに近いものがあるから。「かけ違い」とか「不用意なひと言」とか。そういうのも少ないんじゃないかなって。

 

 「今さら文句言う気はねえが、一時期大変だったんだぞ?」


 すわカレワラ家の諜報部員かと。

 なにせ盛り上がった肩、穴掘りで鍛えた背筋。

 これはヒロめが愛人を送り込んできたか!?……と、まあ。


 カラダで女性を選り好みしているかのように言うのはやめてもらいたい。

 間違い()の起こる前に、他家に就職してもらおうと思っていたことは否めませんけど。

 

 「かわいらしいお友達も紹介していただいて。何でも熱病が流行っているのですって? 一生懸命に説明してくださるようすが、それは愛らしくて」


 この訪問、カストル&ポルックスの初お披露目も兼ねていた。

 彼らはおそらく、聖神教との関わりが深くなってゆくはずだから。

 幹部として迎えられるならば、多少の社交を知る必要もあろう。

 ……万が一に備え、後ろ盾のネットワークを築いておく必要も。


 「カストル君、エドワードさんによく似ていて。乱暴者にならないよう、気をつけてくださいね。あらそう言えば、ポルックス君はヒロさんに似ているかしら」


 そんな目で眺めたことは無かったな。

 男女の違いか、親の目線か、立場の違いか……持って生まれた人品の差か。


 それにしても。初対面から「ヒロさん」、か。

 御簾の内で女性どうし語り合っているうちにそう決まったんだろうけど。

 別に構いつける気はない。むしろ快さを感じていた。

 侯爵閣下が魅かれたのも当然……


 (よく見てるわねえ、エドワード)

 (会わせるわけに行かないわ、そりゃ)


 立場は弁えておりますとも! 

 そうだ、人品じゃない。立ち位置の違いだ。

 だからいちいちの発言が新鮮に映る、それだけのこと。 


 「もうおひとりのお嬢さんも、聞きましたよ。お母様が病気だからカレワラのお家で保護して、天真会とお館を行ったり来たりなんですって? ヒロさんまだ独身だとか、女の子のお世話は大変でしょう? 何ならウチで、私が親代わりを……」


 双子とは別に、天真会に縁が深い娘も連れ出しておく必要があった。

 陰陽師の一族から預かった、幼き女説法師(モンク)

 5年後あるいは10年後、カレワラ家の中核を担う戦力だからこそ。

 そういうわけですので。ヘッドハンティングするのはやめていただきたい!


 「お袋にそんな理屈は通用しねえよ、ヒロ。……あのな、お袋。磐森にいるヒロの愛人が母親代わりを務めてる。『男爵家のお身内(ファミリー)』なんだから心配いらねえよ」


 「あら。それならただの愛人の子になるよりずっと『カタい』ですわね。失礼いたしました」


 「いえその、奥方様。侯爵家の愛人と子爵格の愛人なら……あ! えー、その」

 

 フォローのつもりで失言を上塗りした潮焼け氏が大混乱を来たしている。

 この問題については、男は何も言わないほうが良いのである。

 

 「だからお袋! 頼むからそういう言い方やめてくれ! B・T・キュビ家の重鎮に迷惑かけんな!」


 会わせられないって、案外そういうこと?

 「やめてくれよ母ちゃん、出てくんなよ、恥ずかしいだろ」って?


 「親に向かって何ですエドワードさん! さきほどフィリアさまから聞きましたよ! ヒロさんは独身(・・)でも養女を迎えてそろそろお孫さんができるとか。危ないお仕事なんですから、きちんと後継を作って、郎党衆を安心させようって……独身(・・)でもしっかりされているのに! ご家庭でも独身(・・)をかえりみて愛人に孤児の親代わりを任せていらっしゃるのでしょう? それをあなたと来たら同じ独身(・・)でもいつまでも腰の定まらない、いいかげん妻や孫の顔を見せようって気にはならないんですか!?」


 やっぱり「そういうこと」らしい。少なくとも一面においては。

 だけど。

 独身連呼はやめてください。マジやめて。

 俺が説教されてると嵩にかかって挟撃してくるアカイウス君まで下向いてるから! それも俺が悪いんですけど! 良いところとご縁を作れない俺が悪いんですけど!


 「立派な皆さまにおいでいただいた、せっかくの機会ですから申しておきます。良いですか、エドワードさん。愛人を作るとは、そういうことです! お世継ぎを求めるとか、軍人ならばダーリ、いえ侯爵閣下のように身内の将校を作る必要があったとか。あるいは他家から人を迎えて縁を結ぶ、独身(・・)でも家庭に、『奥』に芯を立てる。そうした理由と目的がなければ……いえ、最低限それがなければ、女は納得できません!」


 思わず漏れ聞こえて来た、侯爵閣下おやじどのの半身の事情。

 友人の前で知らされて、エドワードが再びやさぐれなければ良いのだが。

 いえ、すみませんでした。

 「独身でも」って、俺のほうを見てから言うのはやめてください。


 「それを何ですあなたは! 理由も無く身内に愛人を作って他に目を向けない。十五十六なら大目にも見ますがいい年をして! それでは先様も不安で話を持ち込めない。良縁を結べないでしょう!?」


 DTでないことは確信していましたが。

 従姉妹がいるって、そういうことでしたのね?


 「隠れて遊ぶ男でしたか」

 「秘めたる恋とも申します」

 「これは失礼を……なるほどひと筋とは彼らしい」

 

 潮焼けと三白眼はやけに楽しそうだが。


 「ヒロさん!?」


 ウェーブのかかった、燃えるが如き赤髪。

 振り返った勢いで、ふたたび鮮やかに広がっていた。


 「エドワードさんは一切話してくれませんから……この子に来ている縁談、いえこの際艶談でも構いません! 何かありませんの?」

 

 脇を、アバラを小突くのはやめろ潮焼け! 

 

 「えーその。きょうもエスコートを務めておいででしたし、レディ・ベアトリスとはご懇意であると伺っております。ニコラス家のレディ・ハンナと王宮内を散策されていたことなどは我ら近衛将兵の記憶に新しいところ。ほかに中務宮家のご令嬢とは度々親しげに会話を交わされているとか……主に鍛錬場で。ほか、トワ系からも打診が。こちらは兄上・ジョンさんの方が多いところではありますが」


 恨みがましい目で見るなよエドワード。

 デートは俺が仕組んだわけじゃない、頼まれただけだ!

  

 「エドワードさん!」


 ふわりと、ふたたび視界一杯のオレンジ色。

 陽を透かして、輝いていた。


 「女性に気を持たせるばかりで、何です!……あのは兄夫婦の形見、自分の娘とも思いお世話して参りました。エドワードさんとのこともご縁と思っていましたが、お互いのために良くなかったようですね」


 説教しながら、なぜこちらを?

 咳払いされても分かりかねますが……あ、赤髪が逆巻いた。

 エドワード君との付き合いも長いから分かります。苛立ってらっしゃいますね?


 「お預かりくださいますわね、ヒロさん。わたくし王都に知り人が少なくて。最初にできたお友達、ドミナ様とイライザ様には大変よくしてもらっておりますが、キュビの女がメルのお世話になるわけには参らないでしょう?」


 メルの女がキュビに突貫かけたのか。

 改めてドミナさんの怖さを思い知らされますわこれ。

 公爵閣下が何かと可愛がってお小遣いあげちゃうらしいけど、分かるわあ。


 「キュビの端にぶら下がっている零細豪族では、トワの大族に頼むこともできませんし。だいたい武家と文官貴族では風儀から違います」


 おっと、それどころではない。

 面倒を押し付けられるか回避するかの瀬戸際であった。

 

 「ならばあの、B・T・キュビ家……」


 「憎いわけではないのです。姪ですもの」


 あ、そうだった。

 姫君の恋敵……郎党の暴走……見て見ぬふりの幹部……。

 人を「材」と捉える視点こそ欠けているけれど。この人はこの人の世界で戦い抜いてきたわけで。


 「断ってくれヒロ!」


 畑違いの戦場に、赤髪の戦鬼も形無しで。

 対する母君、絶好調は良いけれど。


 「ヒロさんに断られたら、あら、あとあなたのお友達と言ったら、シメイさんにお願いするほかありませんけど?」


 そんな、猫にかつおぶし預けるような……。

 男の理性やジェントルマンシップをですね、試すような真似は如何なものかと。


 「それだけはやめてくれ! 分かった、ヒロで良いから」


 「その言い草は何です! こちらから無理を申しあげているのに」


 意地っ張りのエドワードめが、驚くべきことに頭を下げた。


 「頼むこの通りだヒロ!」


 毎度思い切りが良いことは知っていたけれど、それほどかと。

 

 なにをどう「頼む」なのかは分かっているつもりだ。

 裏切ったりしたらそれこそ殺し合いになること請け合いだから。

 ……押し切られざるを得ないでしょう? 他にどうしろと?


 「養女アンジェリカ付きの、侍女待遇。役割は侍衛で良いでしょうか? バヤジット、ほかカレワラの男どもにもよく言い含めておきます」


 なお。

 幼子は母だけを見ている。……が、長ずればよそに目を向ける。

 だが母が子から目を離すことは無い。そう、何をするかはお見通し。


 「エドワードさんが磐森に遊びに行っても、会わせないでくださいね? 期間はエドワードさん……息子が身を固めるまで」

 

 駄目押しの厳しさに、男共のため息も絶えてしまえば。

 聞こえて来るはさやさやと、御簾の向こうの音ばかり。

 無理難題を押しつけるならヒロに限るとでも言ってるんでしょうね。


 「お噂どおり頼り甲斐ある紳士ですのね。独身(・・)でもエドワードとはまるで異なる懐の深さ。わたくし教育を間違えましたかしら」


 そうでした。訪問の目的。

 息子・平太や生まれてくる養孫について、王国男子の育て方など伺いたかったのですが。

 こうなっては致し方もなし、教育論はまたいずれということで。


 だいたい分かった気もしますが。

 面と向かって煽られたエドワードが凄い顔してますので。 


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