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第三百五十二話 王の影 その3



 最初の打診先では、案の定。


 「宮さまの地位が落ち着くまでは……」


 刑部権大輔が穏やかな笑みを返してきた。

 だが細くなった目に湛えられた光は、少しばかり鋭くて。


 「内匠寮にある息子もいまだ『じょう』ですし。結婚してそちらから後見うしろみを得られるまでは、今しばらくと。零細トワのつらいところです」


 中流文官貴族は、つねに競争を強いられている。

 これがインディーズ四家ならば、例えば親が早世しても後継者を支え助け合うところだが。

 「カレワラ党における、ユルのようなもの」とはつまり、「君主の信頼に基づく寡占状況。競争から保護されているゆえ、滅亡や凋落の危険が低い」という意味でもあって。

 トワ系にしても最高峰はガチガチの「互助会」であること、今回の動きでも見て取れたところ。


 ――降りて来るな。せめてにこにこと、上品に笑っていてくれ――


 「私にできることがあれば」

 

 申し出ても、片腹痛いと嘲笑される地位ではなくなった。

 庇護はできなくとも、小さな後押し、提携ぐらいならば。

 

 「これは失礼を。なに、もっともらしく聞こえる言い訳を口にしたまで。シアラ殿下のご降嫁をお認めいただきたくて、しがみついているところです」


 逆だ。ご降嫁など事実上ノーチャンだもの。

 典型的中流貴族・刑部権大輔にしてなお、「建前は風雅にありたいもの」と思っているだけのこと。それでも本音を伝えてくれた、そのことに感謝……する前に、俺は安心を覚えていた。

 この男は、「与党」だと。


 早期退職・再就職あまくだりに応じてくれるベテラン中堅官僚を探し回るなど、上流貴族にあるまじき、そう、「野暮」なのだろうと知る。

 四公爵家の肝煎りゆえ、天下り先としては格も高ければ実入りも良い。余裕をもって勧めることができる。と、それが救いではあるけれど。



 馬の背に揺られ、王宮へ向かえば。風に乗り近づいて来るは横笛の音。

 やはり鞍に身を任せたシメイ・ド・オラニエであった。


 徐々に大きくなるその姿に、ふと思う。

 彼を「押し込む」ことなどできない、当然として。だが追々、どこへ天下るものやらとか。シメイなら、誰か伝手があるだろうかとか。

 互いに会釈を交わしてからも、そんなことばかりがぼんやりと頭を駆け巡り。

 

 「さながら大銀貨を握り締め、娼館前に佇む少年に似る……どうしたよ、ヒロ君」


 想像がつくかつかないか、微妙な線を突いて来た。

 しかし俺はどこまでも大銀貨がお似合いらしい。


 「なにをがっつくと言っている。品定めなら、もう少し包みたまえ」


 品定め、棚卸し。間違っていない。

 よほど余裕無く見えるらしい。


 「その顔で『奥』に伺候するつもりではあるまいね。玲奈のところに顔を出したら出禁を食うぞ?」


 たまらず馬を下りた。

 非礼への詫びと、感謝の意を込めて。


 まためんどうな……と愚痴りながら、しぶしぶ鞍から身を離している。

 答礼せずに済まされる者など、王国には数えるほどしかいない。俺はそこまで来てしまった。

 だがその不器用な騒動に、背を煩わされた彼の愛馬までがだるそうなツラを見せていて。

 謙虚とは時に迷惑なものと思い知らされる。


 「近衛の中隊長ともあろうものが何を? いや、よほど厳しいものかねえ。オサム伯父なども相当に苦労したらしいから……またなんだい、気味の悪い笑みを浮かべて」


 たまらず笑顔になってしまった。

 伺候するつもりはなかったけれど。そうだ、奥があったと。

 奥だけに、奥の手ってね。

 

 「いや、近衛中隊長を下馬させたこと高くつくぞと」


 「オサム伯父につけておきたまえ……悩みは晴れたようだが、その報酬は?」


 「娼館前の童貞などと言ってくれた無礼と相殺だよ」


 



 「意外と交友関係広いんだね、ヒロ」

 (そこ(・・)と付き合える格とは、知らなかったなあ)


 「そうでもないさ、クリスチアン。元・極東道典礼部長だって言ったろ? 新都の学生だった時分に、行き来があった()だよ」


 白い歯が見えたのは、一瞬だけのこと。

 「者」ではなく「人」と告げざるを得なければ、皮肉めいた笑いを返されても仕方無い。

 当時の俺なら、「方」と言うべきだった……そういう力関係の人物。


 「僕から補足するよ。元極東道内閣学士だったデュフォー男爵の、これまた()・腹心と言ったほうが通りは良いだろうね」


 イーサンの笑みは、苦かった。

 デクスター家の思惑通り、違ったかい?


 「俺の格では参加が厳しいようだが、せっかくの新組織設立と聞かされては。友のために協力できればと思ってね? デュフォー侯爵家との橋渡しを務めようと」


 「奥」の手があったと。

 寵姫尚侍の祖父にあたるお方、王室ご出身でもある。格は十分だろう? 


 「それほど懇意にしてたのかい?」


 クリスチアンの澄んだ目が横を向いた。俺から顔を背けている。

 さすがに意地を張りたくもなるか。


 「少なくとも男爵閣下は、ヒロ君に対してあまり良い感情を持っていないように見えてたけどね」


 「後継の地位をほぼ固めたと聞いている……そういやニルス・デュフォーを近衛府から追い出したのはヒロ君だったな」


 「なるほどね、理解できたよイセン。ああ、橋渡しだ」


 寵臣・寵姫が「次代」に擦り寄る、保護を求める。「橋渡し」役を通じて。

 人類史上「枚挙に暇が無い」って、こういう時に使う言葉だよなあ?


 「政策目標達成のための組織なんだ、ヒロ。履き違えてもらっては困る」


 「真面目な政策提言だよクリスチアン。上流貴族と呼ばれる各位から広く拠出を仰げば、財務の基盤がより安定する。違うか?」


 「『俺では参加は厳しい』とはよく言ったものだ。いっちょ噛みどころか発起人のセリフじゃないかヒロ君……だがデュフォー閣下が参加をお望みなら、ご遠慮いただくわけにも」


 「イセン、だから我らデクスターは最初から主張していただろう? 噛み付かせておくべきだったんだよ」


 デクスター党の若君も、打つ手が嵌りすぎてはさすがに呆れ気味で。


 「野良犬は追い払うと、仲間を連れて戻ってくる。軍人貴族の常識さ」


 だから「徹底しなさい」と……その幻聴を振り払い。

 しかしその幻影に似せて、間髪入れず背を伸ばす。

 

 「インディーズ四家、また立花からも拠出いただける旨、話はすでに纏めて来た。なお西海道の部長級を出せるとも言ってきたが、推薦者がニコラス家では格不足かい?」





 そのニコラス家は快諾してくれた。当主に諮るまでもなく、ハンナが即答した。


 「『王の足』ニコラスですもの。新しき試みあれば、王に代わりまず踏み出して確かめる。それが務めと心得ております」


 オーウェル子爵は、目を背けた。


 「四家また立花へのよしみによって、資金拠出には協力する。だが『王の臂』オーウェルは敵を禦ぐもの。我らの目は外を見ている。背後で起こることに口を出すつもりはない」

 

 現状もっとも接触が密なウォルターさんは、笑っていた。


 「『王の友』立花が陛下の肩から降ろした荷を背負うのが我らリーモンだ」


 ゆえに紛らわしいと笑い話にもなるのが「王のとも」、リーモン子爵家。

 歴代当主、みな穏やかなる容貌を以て知られている。

 

 「立花が『善し』と判断したなら、従うさ」


 紛らわしいほどの一体性を持つと、うそ寒さをも感じさせる存在。


 「国家予算に負担をかけぬ代わり、国家を離れて実行する組織……難しいところだ。だがだからこそ『噛んでおくべき』、理解はできる」

 

 盲従はせぬくせに、しかも判断を立花に委ねる。決めれば絶対に退かない。

 柔和な笑顔が、だからこそ恐ろしい。





 四公爵家の若君と改めて対面したのは、それを目にして旬日も過ぎぬ折のこと。

 翻っていま目の前にあるのは、ノーフォーク公爵家の正嫡であっても、15にもならぬクリスチアン。その軽口など、何ほどの震えももたらさなかった。


 「ニコラスにケチをつけても別の西海閥……前帥の宮(バヤジット)のお名前を借りるだけだろ白々しい」

 

 実のところ、バヤジットの名を使うつもりは無かった。

 ……差し止められたから。


 「近衛中隊長の地位を活かしたご活躍、さすがは『王の影』と言うところか。後学の参考とさせてもらうよ」


 面と向かって暗躍とは、さすがに言えないらしい。

 だが実際、「王の影」。その程度の話ではない。


 「しかしヒロ君、ギメ家当主とは……さすがに後が怖くはないか?」


 ああ、怖いさ。外した時の反動が。

 息子を――ガイ・フーシェと名を変えたエリク・ギメを――この手で社会的に殺しておいて、その親を動かすのだから。

 覚悟の上さ。外道を為すからには、当然だろう?

 


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