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第三百五十話 嫌な話 その2



 「ジーコ殿下を通じ、鎧ギルドの親方と話を詰め……いえ、予備会合を持ちました」


 言い換えるあたり、相変わらずの慎重居士。

 そんなランツが世間向きに見せている顔は、「シンカイ工房から、どこか貴族の家に就職したらしい」ぐらいの、いかにも彼らしく冴えないもので。

 カレワラ家の幹部と知っているのは、ごく一部の知人だけ。

 

 王妃殿下にも知らせていない。「かつての部下が、外から協力している」体を取らせている。俺の都合で王妃殿下を動かすための仕掛けだ。

 ランツを板ばさみにせぬよう、両者の利害が一致するケースでのみ動かすようにはしているけれど。

 これも嫌な話だ、間違いなく。


 ともかくも。案外重い身分の割に、職人衆の間で立ち回れる自由を持っている。

 これはランツの「売り」、そのひとつであろう。

 


 「あちらにとって最も『ありがたい』解決は、くだんの職人が作った鎧を当家で高く買い取ること……かな?」


 ミーナの親父さんにすれば、「貴族から見舞金を得た」と周囲に吹聴できる。

 カレワラの名を出すか、そこはひとつの考えどころではあるが。 


 そんな主君の見立てに、ランツが珍しく笑顔を浮かべていた。

 上長の機嫌を損ないかねぬ言動は厳に慎む男だが……?


 「それは、『こちらにとって』ありがたい解決です」


 希望的観測が先走ってしまったようだ。

 今度ばかりは相手が悪い。いわゆる敵対派閥である。

 「見舞金を肩代わりしたんだから貸しイチな」と呼びかけられるはずもない。


 つまり一番楽な解決・「金を出す」でも、出しただけ損するほかはないわけで。

 損しかせぬなら、せめて小さくならぬかと……欲目が入るものだから、つい見通しが甘くなる。

 

 「向こうが最初に提案してきたのは、『件の職人を当家へ雇い入れること』。かなわぬならば『長期の継続的な受注』です。言うことが良い。『若い職人が急に大金を手にしては……喜びと、妻に対する罪悪感と、喪失感と。何もかもが一緒くたにやって来て、生活が無茶苦茶になってしまいます』と」

 

 だから、見舞金を少しずつ分割で渡す建付けにしてくれと。

 まさに親方おやじらしい、一歩引いて見守る愛情……が、無いとは言いませんけれど?

 工房として、親方として。貴族に何か要求できるチャンスが来たならば……それは「切れずに続く仕事」を望むに決まっている。経営者なら当然だ。


 「職人の腕、鎧の品質」


 こちらも領地の経営者、決まりきった要求だもの。言葉を省略したくもなる。

 

 「そこです。職人と認められるだけの腕はあります。が、当家の若衆が身を預けるには明らかに不足。もう何年か経験を積まぬ限りは」


 再びの笑顔、自信満々。今度こそ見たことのない顔だった。

 彼も刀鍛冶の職人……どころか親方資格持ちだけに、目利きには一家言あるらしい。


 つまるところ、ミーナの親父さん。「在庫」を押し付けに来たのである。

 こと人間にその表現を使うのは、この上無く嫌な話ではあるけれど。

 しかし「こと経営となればからい」という、その事実。経営者カレワラ男爵として眺めた場合、嫌悪が信頼へと変わってしまうわけで。

 一事が万事、これだから。

 どうにも肩が重い。

 

 

 「ランツさん? あなたの上品さは買いますがね。笑っている場合じゃない」


 温厚な長老……と言ってもまだ五十代だが。カイ・オーウェンの目が尖る。

 それはまあ、ね? へっぽこ職人を押しつけようなどと言うなら、そこは怒りも露に「貴族の威」を見せねばならぬところではある。

  

 「言い返しましたとも。『買い取った鎧はすべて潰すが構わぬな?』と。通じたはずです」


 勝手知ったる職人街、胃痛の中年おっさん絶好調。


 「鉄くずを買い取ると思えばよろしいのです。安い買物ではありませんがカレワラは子爵格のお家、この程度は必要経費でしょう。まして今は大切な時期、ご憂慮を後腐れなく『お祓い』する代償と考えれば……」

 

 鎧あるいは防具というもの、感覚的には日本における自動車のお値段に近いものがある。ハッタリとは言えランツにしては珍しく強気に出たものだ。

 このあたり根が小市民の俺、いや、浪人むしょく経験のあるアカイウスやカイもなかなか口にできないところで。

 「物は大事に使いましょう」、その美徳は時として経営の足枷へと変ずる。

 どうにも肩が凝って仕方無い。


 ランツが見抜いた「ことの本質」、これなのだ。

 捨て置くべき事件、だが捨てられずにいる俺。先ほど来の「一事が万事」。


 「さすがに相手も激昂しましたが、ユウ君が睨みを利かせてくれたおかげで事無きを得ました。なお、そのユウ君からも報告があるそうですが、いかがいたしましょう」


 ランツめ、「私ひとりでは不安ですので……」と、若い侍衛を依頼していた。

 そのくせ幹部会議に出席する資格が無いと、この場に連れて来ない。いかにもランツらしき、あるいはトワ系らしき配慮だが……どこか間怠いうえに、小さな抵抗も感じざるを得ない。

 言葉を発する億劫に軽く手を振れば、扉が開いた。

 

 「ユウ、頼む」

 

 なかなか颯爽としたその姿に、くだくだしい言葉をかける気にはならない。

 笑顔を浮かべる後ろの幽霊ははおやにも、軽く会釈を施したくなる。


 「幽霊が出ていましたので、『今回の件が片付くまで』という条件で契約してきました。離れにおります」


 それは無念に違いあるまい。悪霊化しなかっただけでも御の字だ……と思っていたのが拍子抜けで。

 「被害者」(の幽霊)、離れの幽霊たちとおしゃべりに興じていた。


 (何が腹立つって、あたしがいなくなった途端に近所の娘っ子どもが!)


 徒弟から職人に上がった男。

 普通にしていれば、「食いはぐれる」恐れのない、そう、優良物件だから。

  

 (ウチのダンナが、まさかそんな良い男だったなんて……気づいた時には遅い、そういうものですかねえ。まあこうなっちゃ仕方ありません。ダンナが元気になって、安心できそうなら逝きますけど)


 ウチで鎧を買い付けてやると告げさえすれば、その場で光と化すに違いない。

 でもそこは、「当家に鎧を卸すには未熟!」と主張させてもらいますけれど、ね?

 

 (え? 恨み? 言われてみたら腹が立ってきました……けど、ねえ。相手が貴族じゃどうしようもないでしょう? 見舞金をくれるってならありがたい話です。それよりダンナが心配で。あの人、不器用で。「そのぶん俺は時間をかけないと」って、仕事を家にまで持ち帰るんだから。ちゃんと食べてるのか……)


 そういう話を聞かされると、ね。

 やっぱり「このまま済ませちゃいけない案件」に聞こえてくるけれど。

 二度目の会合ともなれば話をほぼほぼ纏め終えてしまうのがランツ氏であって。



 「いけそうです、ご主君。『工房で品質を保証する、腕の良い職人に仕事をさせるから長期の買い付けをお願いしたい』と」


 件の職人も参加させるが、難しい工程は担当させないから……と。

 徒弟から職人に上がって来た男だもの、「やれない」わけでは決してない。

 

 「王都北郊の民心を買う、当家としても悪くない話です。ここは手早い解決のため、また、ジーコ殿下との関係を考慮すべきところかと」 


 ケチのつけようもない。

 

 「よくやってくれている。……それだけに、言ってはならないと分かっているが」


 「ええ、あんまりです」


 ユウが吠えた。吠えて、くれた。

 このあたり、付き合いが長いからか。いや、俺と彼の間に、どこか似たようなところ――王国の男が言うところの「気弱さ」――があるからか。

 顔を突き合わせてしまえば、甘えも出る。口にせずにはいられない。


 「僕ら『家名無し』が貴族を受け入れるのは、『それだけのことをしている』からですよ。戦争になれば真っ先に体を張る。今年みたいに不作なら、どこかから食糧を融通して、飢え死にだけはしないようにしてくれる。だから僕らも税を払う。まともな家名無しなら、それぐらいは理解しています」


 ああ、天真会だなあ。

 いや、天真会も何も。貴族制と言うなら、それが道理とか正義とかわきまえとか、「そういうもの」でなくちゃいけないと思うよ俺も。

 

 「ユウ、君の非礼を咎める気にはなれない。その通りだ。遊ぶなとは言わないが、『おもちゃ』の使い方ぐらいわきまえろ。それで貴族全体の信用を落とす連中など……」


 すみません、スゥツ君。そのおもちゃを作って、真っ先にはしゃいだのは私です。

 ……などと笑って口に出すのだから、実のところ俺は反省など(少ししか)していない。

 どう考えたって、混雑した公道で遊ぶ連中のほうが悪い。


 だがランツはそうもいかないらしい。青い顔で胃をつかみしめている。

 「王妃殿下とその実家は、郎党にどういう教育をしているんだ」、「お前の後輩だろうが」とか何とか、年少者ふたりに責められている気分なのだろう。

 


 「しかし何が腹立つと言って、カレワラからは連中に手を出せない。だろう、スゥツ君?」

 

 表沙汰になれば、まさに王后閥カレワラVS王妃閥。

 表沙汰にしなければ、民衆の溜飲を下げることができない。いや、正義はどこにあるという話だ。


 アカイウスも、分かっている。よく分かっている。

 話し相手にスゥツを選ぶあたり。 



 「ともかく、見舞金は出す。一括で親方に先払いせよ」


 先に「実弾」を見せるべきだ。民衆の不満を収めるために。

 払ってしまえば、「済み」。もはや煩わされることもない。

 

 当主の裁定に、皆が立ち上がった。各々日常業務へと戻ってゆく。

 捨て目に眺めれば、スゥツとユウが何事かを示し合わせている。

 詰め寄られるランツ、ふたりに比べて「くすみ」がやけに目に付いた。

 当然か、ふたりの祖父と言っても通ずるほど年が離れているのだ。

 

 視界の端に見える上目遣いに背を向けた。

 俺は動けない、「下」に任せる。そう言ったはず。


 「行って参ります」


 上ずっていたけれど、ま、大丈夫だろう。

 当時の俺に劣らぬ腕を持つユウに、フィリアやイーサンにも並ぶスゥツが付いている。

 ランツにせよ、もとは後の王妃殿下(おひめさま)の侍衛なのだし。分別盛りのおとなだもの、「適切な振舞い」の線引きを誤るはずもない。


 

 ……誤った。いや、程度問題ではなく。


 地位の重みに身動きできない当主のもと、分別盛りで腰の重い郎党ではどうしようもない。

 いたずら(・・・・)を仕掛けるチャンスは、颯爽たる王子殿下に潰されてしまった。


 「スレイマン殿下、母君の郎党を追放処分」 


 知らせに、北郊の民衆が沸き立つこと。


 「見舞金は、地元カレワラ男爵閣下より……」

 ミーナの親父さんは必死に宣伝してくれたけれど。これではいかにも「王子さまの下働き」で。


 まあいいさ、職人の悲憤も多少は晴れたはず。幽霊も安心して逝った。

 民衆は溜飲を下げた。

 どうあれ「道理すじ」は通された。



 「道理にもとる。罪刑の不均衡も甚だしい」

 「民に媚を売るような真似をなさるとは……品位をいかにお考えか」

 「郎党を簡単に追放するご主君にあらせられる、ね。これは恐ろしい」


 ……何か事を為せば、善きにつけ悪しきにつけ、反応がある。

 そういうことだ、まあいいさ。

 



 「良いと言っている。王妃殿下ご一党に自浄能力があると知れたのだから、君は喜ぶべきだろう?」


 告げているのに、退がらない。

 

 「申し上げます。まさに『まあ良い』という結果です。どうかお怒りを……」


 「退がれ!」

 

 郎党に対して声を荒げたことは無い。荒げるまいと心してきた。

 自分なりの決め事を守れなかったのは……ランツでは無く、俺の問題だから。

 見透かされたことに、恐怖を覚えたから。 



 焚きつけたのは、俺だ。


 新都にあった頃。いや、王都でも身分軽き頃。年長者は常に俺を焚き付けていた。

 挑発に応じ、遠慮なく殴り飛ばして、後は……アレックス様や立花伯爵が尻拭いしてくれた。


 いまや俺の身が、少しずつ重くなっている。

 己が動くべきでないなら、下を動かす――嫌な物言いだとピンク? なら動いてもらう、動いていただくとでも言い直すか? 言葉遊びだが――べきなのに、それができない、させられない。

  

 もう少しやれると思っていた。

 いや、思い返せば中隊長就任直後。まともに立ち回れていたはず。


 なぜかその後、うまく行かない。

 事態の多くは「まあ良いさ」……及第点に落着しているはずなのに。

 ほんの少しの「いまひとつ」が積み上がり、圧し掛かるような。

 嫌な気分が拭えない。


 

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