第二十九話 天真会 その2
「姐さん」ことロータス。
まさに「あらあらうふふ」系の美人であった。
落ち着いたおとなの女性。
「姐さん」ではなく「お姉さん」だろうと思う。天真会の言語感覚は、よく分からない。
「お土産を持ってきてくださったの?ありがとうございます。それじゃあ、中庭でさっそくお茶にしましょうか。アラン支部長とヒロくんは、机を出すのを手伝ってくださる?」
「某はお茶を入れるでござるよ。」
「では私も、千早さんと一緒に、お茶の支度を。」
「口」の形をした、子供たちの宿舎。
その真ん中にある「中庭」に、机と椅子を並べ終える。
もうそろそろお茶の支度もできるであろう。
ロータスが話しかけてきたのは、そのようなタイミングであった。
「ヒロくん。」
はい?
顔を上げる。こちらをじっと見ていたロータスと、目が合う。
「ヒロくん。」
なんでしょう。
「ヒロくん……。」
くらっ と来た。目が回る。
「うふふ。」
引き寄せられるような感覚。
ロータスの美しい微笑みと、決して露出度の高くない豊かな胸が、大きく目に映る。
二、三歩前に出る。さらに引き寄せられる。
再び、 くらっ と来た。逆向きに目が回る。
肩を後ろから引き戻されるような感覚。
ふと気づくと、ずいぶんとロータスに近づいていた。
これ以上近づくのは……まともな儀礼上は絶対にマズイ。そんな距離まで。
必死に後ろへと下がる。
フィリアと千早が現れたのは、ちょうどそのタイミングであった。
「ヒロさん?」
「姐さん、またでござるか!ヒロ殿は客人でござるぞ!アラン兄さんも、何ゆえ止めぬ!」
「ごめんなさい、かわいらしい男の子だったから、つい。それにしても、効きが悪かったわね。」
「試すようなことをしてすみません、ヒロさん。」
アランも口を出す。
千早は真っ赤になっている。
「言い訳はそれだけでござるか?」
霊力が集まる。地団太でも踏んだら、それだけで建物が崩壊しかねないぐらいの勢いで。
「やめてくれ、千早。俺は大丈夫だ。とにかく落ち着いて、霊力を解放してくれ。宿舎が壊れるぞ。」
「むむう。」
納得できない、という表情ではあったが、子供たちの家を壊すわけにもいかないことは理解してくれたのだろう。しゅるしゅると霊力が抜けていった。
「霊力の流れも見える、ということですか。やはり優れた霊能をお持ちなのですね、ヒロさんは。」
アランはどこまでも、これだ。肝が太い。
「説明は、していただけますね?」
さすがに俺も、少し腹が立った。
「かわいいんだもん。まだお昼だけど、夜の準備と思って。」
ロータスさん、肉食系過ぎます。見た目にだまされた俺も俺だけどさあ……。
「姐さん!」
「『失礼なこと』ではないでしょう?自然の営みですもの。」
「異能、ですか。」
フィリアが口を開く。
「ええ、そう。私の異能は『誘惑』。異性をとりこにする能力。」
「言ってしまって良いのですか?その異能は、隠し持っておくべき性質のものでは?」
フィリアは驚いている。
「大丈夫。分かっていても防げないぐらいには強力なの。千早の剛力と同じようなもの。……それにしても効きが悪かったわね。私の異能が通用しない男性は、私よりも『魅力』の点で大きく上回っているか、完全な同性愛者。」
ロータス姐さん、首をかしげている。
「『通用しないわけではなかった』ということは、ヒロくんはこの二つにはあたらないわ。精神系攻撃への抵抗能力が高いか……神の加護を受けているか、どちらかね。」
恐らく両方なんだろうな。
「ヒロさん、身に覚えは?」
フィリアの声は、心なしかやや冷たかった。
「学園には最近提出したんだけど……時々、女神に会うんだ。頭を打って気絶した時なんかに。何の意味もなさそうだったから、今までは特に言っていなかったけど。」
「それでござろう。水臭いでござるなあ、ヒロ殿は。」
確かに、水臭い。フィリアにも千早にも、隠していることがいろいろある。
でも、まだ言えない。ここはごまかすしかない。
「正直、加護だなんて思えなかったんだよ。まともな会話が成立しないし、女神が俺で遊んでいるとしか思えないんだ。」
「その通りよ。加護なんて、呪いみたいなものなのよ。」
ロータスがつぶやいた。
「姐さん……」
千早は、何か知っている。あるいは、思うところがあるのか。
「それはさておき、アランさんも、事情をご存知だったのですよね?」
フィリアも、やや怒りを覚えているようだ。
「千早の教育のためよ。」
答えたのは、ロータス。
「私たちは、『ウラがある男』対策を千早に施していたの。ただ……『ウラのない男』対策をするのを忘れていたことに、気づかされたのよ。ヴァガンとまっすぐに向き合い、千早にもまっすぐに向き合う。そんな男の子がいるとは思っていなかった。私たち皆、そんな男は見たことなかったから。……異能者って、そういうものだから。」
異能者って、優遇されているわけではなかったのか。
「千早の様子をアランから聞いて、これはまずいと思ったの。だから、ね。どんなに『まっすぐ』で、『きれい』な男の子でも、男は男。性欲には勝てない、しょーもないところだってあるんだーってことを、千早の前で見せようと、アランとそう話し合ったんだけど……。」
「抵抗されてしまったというわけです。」
アランがため息をつく。
「あのクソ女神に指差されてぷぎゃーってあざ笑われるかと思うと……。行動には相当慎重にならざるを得ないものですから。」
「神……ではないにせよ、精霊のような超越者の存在を意識して自戒する。すばらしい心がけだと思います、ヒロさん。」
「全くでござる。姐さんはいつものこととしても、アラン兄さんまで!らしくないでござるなあ。なにゆえそのようなことを!」
「あら、千早。らしくないって。アランだって老師だって男なのよ。」
「まさか、姐さん……。老師まで!? それにアラン兄さん!?」
天真会極東総本部の三巨頭。アランと老師と姐さん。
期せずしてその力関係が、ここに明らかになったのであった。
同じく期せずして……。
「男ってのはしょーもない生き物だ」という認識を千早に植えつけようとしたアランとロータスの意図も、みごと達成されたのであった。